ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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パリ行き(11年10月)③―エルダー指揮パリオペラ座「タンホイザー」
10月9日午前11時前に、ホテルをチェックアウト。なお、このホテルには2泊したが、小さいながらも、よく行き届いていて、受付の対応も感じがよく、値段を考えると、満足度は高かった。
パリ市内は、小雨交じりの曇り空で、気温もぐっと下がってきた。シャルル・ド・ゴール・エトワール駅からメトロに乗り、オルセー美術館に向かうも、入場待ちの長蛇の列を見て、あっさり断念。結局、コンコルド広場からバスティーユ広場に移動し、広場に面したカフェで時間を潰す。

午後2時ころ、オペラ・バスティーユへ。この日は、パリ国立オペラ「タンホイザー」。直前に購入したので、平土間中央25列目の通路に面した補助席のような座席。何とも座り心地が悪い。

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オペラ・バスティーユは、3年ぶり2回目だが、改めてその大きさを実感した。ハイテク設備に支えられた近代的な大劇場ゆえ、平土間の25列目でも、舞台はよく見えるし、音響のバランスも適度に整えられている。ただ、これだけの大劇場となると、どんなに音響が優れていたとしても、舞台上で発せられる歌声に関しては、PAをフル活用してかなりの増幅をかけないと聞こえないはずであるし、それに伴って、ピット内のオーケストラに関してもそれ相応の増幅が不可欠となる。実際、舞台上の歌唱に関しては、どちらかというとPAで増強された響きの方が強く感じられるため、臨場感は弱く、舞台との距離を感じた。無論、充実したハイテク設備が創出する舞台空間は、それ自体が非常に刺激的なので、見ていて飽きがこない。オペラ・バスティーユでは、音楽を鑑賞するというよりも、舞台を観るという方に焦点を合わせざるを得ないのかもしれない。

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ロバート・カーセンによる演出は、2007年3月の東京オペラの森と同じもの。タンホイザーが画家に置き換えられていた。赤に染まった絵画を官能の世界の象徴として位置づけることにより、全体に統一感をもたらしていた。そもそもなぜ絵画なのか、また、絵筆を上下左右に大きく振りかざすアクションはこの作品の音楽にマッチするのか、といった疑問もないではないが、コンセプトの分かりやすさという意味では、こういう演出もありかなと感じた。奇抜な読み替えではなかったので、十分許容範囲内である。また、オペラ・バスティーユのモダンでスタイリッシュな舞台を十分に活用できていた点でも、印象は良かった。なお、この日の演奏は、ドレスデン版ではなく、パリ版によるもの。

第一幕は、赤く染まったアトリエが舞台であった。ヴェーナス、そしてバッカナールに登場する画家たちが露出度の高い衣装で、エロチックな官能の世界を描き出す。もっとも、エロチックな要素は、第一場のみであったため、目を覆いたくなるような状況には至らなかった。舞台装置は、斜めに立てられた黒い大きなパネルのみで、最初は閉じていたパネルが、第三場になると、中央から二つに分かれ、背後から明るい陽の光が現れるという設定。それ自体は良いアイデアだと感じたが、いかんせん役者達の動きが乏しいため、劇として退屈であった。

これに対し、第二幕は、劇場空間をフル活用した演出であった。他の幕とは異なり、休憩中から幕が開いていて、客席の照明を落とさずに演奏が開始された。

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何かが起きそうな予感が走る。冒頭は、エリーザベトやタンホイザーらが平土間後方から客席内を走りながら登場するという設定。エリーザベトやタンホイザーが、舞台上を離れ、オーケストラ・ピットの前やその脇で歌ったことで、ようやく彼らの肉声を聴くことができた。肉声のみであれだけの響きが得られるのであるから、やはりオペラ・バスティーユの音響は優れているといえるのだろう。
有名な大行進曲でも、客席を活用した演出が続く。トランペットのファンファーレは、バルコニー後方から聞こえ、合唱団のメンバーは平土間後方から続々と登場。今もパリのどこかで行われていそうな現代版のパーティーをイメージさせる演出は、非常に華やかだ。歌合戦の参加者らと共に、多くの取材カメラマンらが登場し、フラッシュを光らせる。
その是非はともあれ、エンタテイメントとしては、効果満点の演出であった。

第三幕は、全体の構成は第一幕と同様で、ヴェーナスとタンホイザーのペアが、エリーザベトとヴォルフラムのペアに変わったという設定。エリーザベト役のニーナ・シュテンメの歌唱は、迫るものがあったが、巡礼の合唱は、第一幕と同様、きめが粗く、いまいちな仕上がり。
続く第二場ないし第三場は、タンホイザー役のクリストファー・ヴェントリスの歌唱にそれほど深みがなく、また、ヴォルフラム役のステファン・ドゥグーもこじんまりとまとまっていたため、冗長な印象であった。
ヴェーナス登場後は、舞台上にもよい流れが出てきた。なお、巡礼者たちの合唱の直前は、エリーザベトとヴェーナスが二人並んでタンホイザーと対峙するという設定になっていたが、その演出的意図はよくわからなかった。また、救済の実現が高らかに歌い上げられる幕切れも、あまりに楽観的で、もう少し含みがあってもよかった気がした。

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前述したが、キャスト陣の中では、やはりエリーザベト役のニーナ・シュテンメが、深い表現力と適度な存在感で、特に素晴らしかった。その他も、概ねバランスは良かったが、タンホイザー役のクリストファー・ヴェントリスが、よく歌ってはいるものの、一本調子気味であったことと、また、ヴォルフラム役のステファン・ドゥグーの存在感が薄かったことから、全体としては、まずまずといったところ。

パリ・オペラ座管弦楽団は、厚ぼったくならず、色彩感を伴ったキレイで健康的な音色で、それなりにまとまってはいたが、ただの音の羅列のようにも聞こえ、音楽的にワクワクする瞬間は一度もなかった。終始冷静で、高揚感が全く感じられない。また、集中力が続かなかったためか、和声が定まらなかったり、難所で綻びが見られたりと、惜しい箇所も散見された。オーケストラがもう少し熱くなる瞬間があれば、この日の公演の印象も、より良いものになったのではないかと感じた。

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この日の公演は、一つのエンタテイメントとしては、成功の部類に入ると思われる。筆者の好みではないが、娯楽としてのオペラというスタンスも一つのあり方といえるだろう。終演後のカーテンコールは、非常に盛り上がっていた。

終演後は、パリ北駅近くのマクドナルドで時間を潰し、午後10時発のタリスでブリュッセルに帰る。


(公演情報)

TANNHÄUSER
RICHARD WAGNER
Opéra Bastille
09 Oct 2011 at 14:30

Sir Mark Elder Conductor
Robert Carsen Stage director

Christof Fischesser Hermann
Christopher Ventris Tannhäuser
Stéphane Degout Wolfram von Eschenbach
Stanislas De Barbeyrac Walther von der Vogelweide
Tomasz Konieczny Biterolf
Eric Huchet Heinrich der Schreiber
Wojtek Smilek Reinmar von Zweter
Nina Stemme Elisabeth
Sophie Koch Venus

Paris Opera Orchestra and Chorus
Maîtrise des Hauts-de-Seine/Paris Opera Children'S Chorus
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[2011/10/10 04:23] | 海外視聴記(パリ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
パリ行き(11年10月)②―アバド指揮ルツェルン祝祭管
10月8日正午すぎ、ホテル近くのビストロ・アガペでランチを。5品メニューをチョイス。ここで修行中の吉富力良さんがわざわざ厨房から出てきて親切に対応してくれた。なお、このレストラン、日本人シェフが腕を揮っているとのことでパリ在住の日本人の間で評判だったが、数ヶ月前にシェフが代わったとのこと。どの料理も、見た目は鮮やかで、ベースはしっかりしている印象だったが、それ以上の驚きは特になかった。味のコンビネーションに若干のムラも感じられた。もっとも、コースの価格設定は控え目なので、パリの相場に照らすと、CPは良い部類に入るだろう。サービスは一流で、気分良くランチを終えることができた。

パリ市内をしばし散策し、いったんホテルへ戻る。やっぱりパリは大都会。現代的で機能的なロンドンとも異なり、ファッショナブルで刺激的な街だ。ただ、さすが世界を代表する大都市だけに、全般に道路は広くてそこそこキレイだし、メトロも機能的。同じフランス語圏でも、ブラッセルとは異なり、ここには「サービス」という概念が存在する。もっとも、こういう感想を持つのは、稀有な存在らしいが、ブラッセルに比べれば、まだマシだ。

さて、午後6時ころ、パリに留学中の高校の後輩と待ち合わせて、凱旋門から徒歩数分のアルザス料理のレストランへ。それぞれの近況や欧州生活の話題で盛り上がる。実に久しぶりだったが、お互いにほとんど変わっていないのが面白い。

午後8時半ころ、サル・プレイエルへ。この日は、クラウディオ・アッバード指揮ルツェルン祝祭管弦楽団のパリ公演。ルツェルン祝祭管弦楽団は、この日を皮切りに、パリとロンドンでツアーを行うことになっている。

筆者に割り当てられた座席は、平土間のT列だったが、前の数列が空席であったため、開演直前に、係員の誘導により、2列前に移動(パリでは、開演時に空席であれば、そこに移動してよい、という暗黙の了解がある。そのため、客席の明かりが落ちた時点で、ごそごそと民族の大移動が起きる。)。なお、もともとの座席は、雨宿り寸前の位置であったため、2列前に移動するだけでも、音響はだいぶ改善される。昨日とは異なり、音の分離も良く、まっすぐな音と、天井を介した響きとが、適度にブレンドされた状態で、鑑賞することができた。サル・プレイエルの音響に関しては、色々と言われているが、少なくとも平土間の中央からやや後方にかけての座席であれば、鑑賞に支障はないと感じた。

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プログラムの前半は、モーツァルト/交響曲第35番「ハフナー」。アッバードが若い時代に録音した演奏に通ずるような、まっすぐな音楽。明るく開放的なモーツァルトであった。1stヴァイオリンを5プルトに絞ったルツェルン祝祭管弦楽団も、実に冴えた響きで、これに応える。16分音符のキレと煌きは見事。機動性の高さも遺憾なく発揮されていた。ただ、臨時編成のオーケストラゆえ、響きが滲んでしまう箇所が多少見られたのが残念。

プログラムの後半は、ブルックナー/交響曲第5番。ルツェルンにおける8月の名演がパリの場でどのように再演されるかが最大の関心事である。

ルツェルン祝祭管弦楽団のメンバーは、リラックスした表情で、伸び伸びと演奏していたように見受けられた。ただ、ツアー初日ということもあり、8月の名演と比べると、響きの洗練度は幾分後退していた。
また、場所が変わったためか、響きがなかなかまとまらない。演奏者側も、絶えず響きのツボを探っているような感じであった。
会場の雰囲気も、音楽祭期間中のようなピリピリとした空気とは異なり、カジュアルな感じであったため、静寂における集中度と緊張感は薄かった。

楽章別にみると、第一楽章に関しては、8月の演奏と比べると、勢いがあり、より豪快な語り口であった。アッバードによるドライブも、心持ち強めであったように感じられた。ただ、その分、大味な仕上がりになってしまったことも否めない。
この日、最も秀逸であったのは、第二楽章。弦楽合奏による深い趣をたたえたコラール風の旋律が始まると、会場の緊張感は高まり、8月の名演が蘇る。徐々に楽器が重なっていくオーケストレーションであるため、響きを創りやすいのだろう。第一楽章とは異なり、響きにどんどん艶と輝きが増していった。
第三楽章は、スケルツォ主部の提示部では、響きのまとまりがいまいちであったが、再現部では、それも解消され、華やかな響きが広がった。
第四楽章は、悪くない流れだが、他の楽章と同様、響きがなかなか伸びてこない。コーダに入って、ようやく響きが集合し、壮大なクライマックスが形作られた。

終演後は、パリっ子らしく、非常にノリノリ。最後の和音に被さるようなタイミングでブラボーと拍手が始まってしまった。せめて1秒くらいは待って欲しかったが、余韻の乏しいサル・プレイエルでは、そもそも余韻を楽しむという概念が成立しないのかもしれない。

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筆者個人としては、カルチャー&コングレスセンター(KKL)で聴いたときとは異なり、舞台からの距離も近く、よりクリアな音像を楽しめるポジションにあったため、色々な発見があり、興味深かった。とりわけ、会場が変わったことによる影響は、筆者が想像していた以上に大きいものであった。音楽は生モノだと痛感した。

会場を後にし、ホテルに戻り、この日記のドラフトを作成して就寝。


(公演情報)

Lucerne Festival Orchestra - Claudio Abbado
Concert de gala
samedi 08/10 2011 21:00

Lucerne Festival Orchestra
Claudio Abbado : direction

Programme
Wolfgang Amadeus Mozart / Symphonie n°35 "Haffner"
Entracte
Anton Bruckner / Symphonie n° 5
[2011/10/09 09:28] | 海外視聴記(パリ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
パリ行き(11年10月)①―チョン指揮フランス国立放送フィル
10月7日午後5時前にオフィスを出て、ブリュッセル南駅へ。午後5時半すぎに出発するタリスでパリに向かう。列車に遅れが生ずればアウトというギリギリのスケジュールだったが、特に問題は生じず、午後7時半すぎにサル・プレイエルに到着した。

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この日の座席は、平土間のF列の上手側。サイドに伸びるバルコニー席が右手上方に迫っており、右側からの響きが若干減殺されるように感じた。また、この場所だと、舞台上の音は、筆者の頭上を飛び越えて、平土間後列で着地していると思われる。舞台からの距離が近いにも関わらず、弦楽器の響きはダイレクトには届いてこず、舞台の中央から後方に陣取る管楽器に至っては団子状になって聴こえてくる。いまいちなポジションであった。

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さて、この日は、チョン・ミョンフン指揮フランス国立放送フィルの演奏会。ベルリオーズ/劇的交響曲「ロミオとジュリエット」(抜粋)、メンデルスゾーン/交響曲第4番「イタリア」、ロッシーニ/「ウィリアムテル」序曲というなかなか凝ったプログラムだ。

プログラムの前半は、ベルリオーズ/劇的交響曲「ロミオとジュリエット」から第2部、第3部及び第4部。

ロミオの孤独な姿を描写する第2部冒頭は、動きを伴わない弦楽器によるシンプルな和声進行ゆえ、逆に綻びが生じやすい場面だが、チョン・ミョンフンは、場面を完全に掌握しており、一瞬の隙も感じさせない。高度の緊張感と完璧なバランスにより、静寂の美を浮かび上がらせていた。冒頭の音色を聴いただけでも、この日の演奏に対する期待は高まる。
遠くから舞踏会のざわめきが聴こえてくる場面における遠近感は、自分がコンサートホールにいることを忘れさせるほどにリアルであり、また、舞踏会の場面における艶やかさとしなやかさを兼ね備えたキレのあるダンスは、目が覚めるほどに鮮やかだった。いわゆる貴族的な社交の場ではなく、知性と気品に溢れる現代版エリート達の集まりの場を感じさせた。

澄み切った夜を描写する第3部冒頭も、音楽的に非常に純度が高い。ワーグナーが「今世紀における最も美しいフレーズ」と称した愛の情景の旋律は、ソフトな語り口で、抑制が効いているが、どこかにラテン系の血が騒ぎ、聴く者の心に迫る。言語のニュアンスにも通ずるところがあるが、彼らの醸し出す音色は、押し付けたり、力技になったりすることはなく、あくまでもソフトで色彩的。ごく稀にポルタメントを忍び込ませたりするなど、エスプリも効いている。イントネーションのツボが、拍頭よりも若干後ろに置かれるのも、興味深い。チョン・ミョンフンの持ち味である構成力と歌心との相乗効果により、聴き応えのある仕上がりであった。

愛の妖精の女王マブを描く第4部は、派手ではないものの、煌くような精妙な色彩感が印象的だ。フランス系のオーケストラは、ドイツ系やイギリス系のオーケストラのように拍子単位でアンサンブルを構築するのではなく、口調やニュアンスを軸に合わせる傾向が強い。上昇音型における湧き上がるような色彩感は、このオーケストラならではといえる。スケルツォという速いテンポ感で、細かい動きがアクロバティックに組み合わさるため、合奏の難易度は高いが、意図して合わせようはしていないのに、実は、細部に至るまで「ほぼ」完全に揃っているという現実に驚かされる。このさりげないナチュラルさが、いかにもパリらしい。

こういう色彩感に溢れるオペラ的な作品においては、チョン・ミョンフンは、屈指のマエストロである。スコアに対する深い洞察と細部における徹底した磨き上げ、息の長いフレーズが相互に織り成すカンタービレの連鎖、最初から最後まで一瞬の隙も感じさせない構成の巧みさ、そして、ここぞという場面での追い込みによる劇的な高揚、これだけの表現力を兼ね備えた指揮者は他には見当たらない。天才的なセンスに甘んずることなく、日々の勉強を怠らない大変な努力家であることがよく分かる。筆者は、昨年秋に、ヴェネチアのフェニーチェ歌劇場において、彼の指揮する「リゴレット」のプレミエを鑑賞したが、そのときの興奮が改めて思い出された。思えば、この「リゴレット」こそが、筆者のオペラ熱に再び火を付けたのだった。ドレスデン・シュターツカペレの首席客演指揮者への就任により、どのような進化を遂げていくのだろうか。まさに目が離せないマエストロの一人だ。

さて、プログラムの後半は、メンデルスゾーン/交響曲第4番「イタリア」。

そこには、より自然体のチョン・ミョンフンとフランス国立放送フィルがいた。この作品は、非常にストイックに書かれているため、実際に演奏しようとすると、頭に血が上る瞬間の連続で、あたかも障害物競走のようになってしまうことが多い。しかし、彼らの演奏は、そんなことは微塵も感じさせない。暑苦しさや豪快さとは程遠く、全体を通じ、風通しのよい爽やかな音楽であった。「足し算」ではなく、「引き算」に軸足を置いた組立てであったことが、バランスの良さを導く決め手であったのかもしれない。

第一楽章は、冒頭からとても流れがよい。提示部の細かいニュアンスも完璧。とりわけ、提示部の繰り返しの直前に置かれたブリッジの部分の仕上がりの秀逸さは、特筆もの。この部分は、地味だが、割と破綻する確率の高い難所なのだ。展開部の構成も見事なもので、見通しがとても良い。225小節から始まる断片的な旋律を硬めに創り込むことで、メリハリの効いた音楽に仕上がっていた。

第二楽章は、若干落ち着いた余裕のあるテンポ設定。木管楽器のオブリガートをバックに、若干控え目な口調で奏でられたヴァイオリンの旋律の繊細さに、目頭が熱くなる。低弦を中心に、淡々と進む足取りが、重すぎず、軽すぎず、実に適度な趣きを醸し出していた。

第三楽章には、スコア上には、感傷的な音色や荘厳な響きに通ずる要素が散りばめられているのだが、彼らは、それらをあえて避け、楽観的で開放的な音楽に徹する。トリオのヴァイオリンの合いの手が非常に冴えた響きでホルンとファゴットの旋律に呼応していた。

そして、第四楽章。速い。凄い。圧巻。チョン・ミョンフンらしいクライマックスの創り方だ。場所によって管楽器が幾分転びそうになるところもあったが、音楽としての筋は通っている。このテンポのもとでも音が荒れないのは、さすがだ。あっという間に最終楽章が過ぎ去った。

曲全体を通じて、起承転結のはっきりした設計で、説得力があった。こうして全楽章を通して聴いてみると、各楽章の意図がより明快に浮かび上がる。内容の濃い良い演奏であった。

そして、プログラムの最後を飾ったのは、ロッシーニ/「ウィリアムテル」序曲。機が熟したとは、まさにこういうことをいうのだろう。冒頭のチェロのカンタービレがとても野生的で情熱的。第2部のトゥッティの迫力も十分。第3部のコールアングレとフルートの調べも華やかで申し分ない。こういうアリア的な箇所におけるチョン・ミョンフンのタクトは、演奏者から実に良い歌を引き出す。有名な第4部の行進も、チョン・ミョンフンらしいテンポ捌きで、幕切れに向かって一気に突き進む。前の二曲と異なり、オーケストラの勢いを前面に出した演奏は、この日のプログラムの締めくくりとしては、大変効果的であった。

チョン・ミョンフンとフランス国立放送フィル。このコンビの相性の良さは、折り紙つきだ。チョン・ミョンフンは、他のオーケストラに客演した際には、要所要所で力みが入ることがあるが、フランス国立放送フィルを前にしたその指揮ぶりは、非常に自然体。指揮者とオーケストラという関係ではなく、お互いに相手を仲間として認識していることがよく伝わってくる。
この日の客層も素晴らしかった。楽章間の咳やざわつきの多さは、フランス人ゆえ、やむを得ないが、音楽が始まると、場内はシーンと静まり返り、全員が演奏に集中していた。演奏後の反応も、とても素直で、ストレートなもの。
金曜日の夕方にブラッセルから移動するという一か八かのスケジュールではあったが、無理をして駆けつけるだけの価値のある貴重な体験をすることができた。

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終演後は、宿泊先であるエトワール・パーク・ホテルにチェックインの後、近くのワインバー、L'Ecluse Carnotへ。鵞鳥と鴨の盛り合わせをアテに、グラスワインを数杯。日本語メニューもあり、外国人に対しても非常に親切だ。料理の味も上々で、使い勝手が良い。値段的には、銀座の半額、ブラッセルの倍といったところか。いい気分でホテルに戻り、就寝。

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(公演情報)

Orchestre Philharmonique de Radio France - Myung-Whun Chung
vendredi 07/10 2011 20:00

Orchestre Philharmonique de Radio France
Myung-Whun Chung : direction
Svetlin Roussev : violon

Programme
Hector Berlioz / Roméo et Juliette (extraits symphoniques)
Entracte
Felix Mendelssohn / Symphonie n° 4 "Italienne"
Gioacchino Rossini / Guillaume Tell: Ouverture
[2011/10/09 09:24] | 海外視聴記(パリ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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