ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(13年12月)②―サンティ指揮チューリッヒ歌劇場「ボエーム」
12月28日午前9時半すぎ、IC183にてシュトゥットガルトからチューリッヒへ。3時間の旅程である。峠を越えるため、雪化粧した牧草地も車窓から覗くことができた。

午後1時すぎ、宿泊先であるホテル・アドラーにチェックイン。勝手のわかったホテルは居心地が良い。いつものように、併設のレストラン、Swiss Chuchiでラクレットを食す。変わらず美味しいが、胃腸への負担が大きいのが珠に瑕。部屋に戻り、しばし仮眠。

午後6時半すぎ、チューリッヒ歌劇場へ。ネルロ・サンティ指揮によるプッチーニ「ラ・ボエーム」。クリスマス向けのリバイバル公演である。

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筆者の確保した座席は、いつものように平土間1列目中央。マエストロ・サンティのタクトを見るための定位置だ。

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この日のマエストロ・サンティは絶好調。第一幕前半や第二幕では、骨太かつ力強いタクトで舞台を牽引。歌手の入りに少しでも不安がよぎると、自ら歌い、言葉を発し、手綱を引き締める。82歳という年齢を微塵も感じさせない若々しいタクトには、情熱と職人魂が宿っていた。他方で、ロマンチックなアリアや重唱では、魔術師のようにタクトを動かし、緩急自在に操る。

プッチーニの楽譜は、テンポに関する指示が細かく指示されており、数学的な様相を呈している。また、インテンポを貫く場面と伸縮の大きい場面とが明確に分けられており、一筋縄にはいかない難しさがある。多くの場合、これらは不徹底のまま見過ごされるか、慣習に則った中途半端な扱いを受けるか、逆に生真面目に処理されてギクシャクするかのいずれかである。しかし、マエストロは、楽譜上の指示を完全に掌握した上で、歌として、また芝居として、一つの世界観のもとに「昇華」させることができる。筆者の目の前で言葉やフレーズが次から次へと表情豊かに花開いてゆく様子は圧巻である。また、通常であればスルーされてしまうような音符に対して、若干のアクセントを付すことで、オーケストラの響きに奥行きと陰影を施し、劇の進行上の緊張感を高めていた点も素晴らしい。歌と言葉を引き立てることに注力したプッチーニの書法の意味を実感できたことは、この日の最大の収穫であった。

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ところで、今回のマエストロの指揮で、第一に筆者が特に注目したのは、テンポや音量のバランス感覚である。速い箇所は、中庸な速度なのに、歯切れがよく、スピード感が満載だ。言葉も無理なく入るし、リズムが削がれることもない。もっさりした印象となる瀬戸際を見事に狙っている。ゆっくりな箇所は、大きく呼吸をとって緩めた直後の回復が鮮やかだ。また、管弦楽の規模が大きいプッチーニでは、歌を消さないようにすべく、音量を抑制することもあるが、マエストロは結構豪快に鳴らしていた。しかし、管弦楽の分厚い響きにオントップで歌手の声が乗っているバランスは一回も崩れなかった。これらの芸当は熟練の技であり、頭では理解できても、およそ真似できるものではない。

第二に注目したのは、マエストロの眼の動き。プッチーニほどの複雑な楽譜になると、事故を防ぐためには、歌手やオーケストラに対して細かくキューを出すことも、指揮者の重要な役割の一つとなる。マエストロが視線と左手を用いてテキパキと発するアウフタクトの的確さは、間近で観察していると、目からウロコ。どの瞬間も、ただのキューに終わらず、ニュアンスも含めたアウフタクトとして発せられているのが凄い。オーケストラの面々がタクトを注視していることと相まって、ピット内の一体感は半端なかった。

第三に注目したのは、フレーズを導く深い呼吸と、繊細な表情を司る左手のニュアンス。呼吸に関しては、マエストロは、プッチーニの旋律を空間的に捉えているようだ。歌手の息遣いを先取りした大きなブレスで、オーケストラに、そして舞台上に、エネルギーを送り込むと、柔和な膨らみがふわっと立ち昇る。そして、大きな円弧を描くタクトで宙に上げ、狙ったポイントにタクトで軽く叩き込む。ヴェルディやロッシーニとは異なるバトンテクニックを用いるのは、より複雑化したプッチーニの管弦楽の色彩感を踏まえたものであろう。他方で、静かな虹色の水面をイメージさせるような穏やかな場面では、十分な準備の時間をとった上で、壊れやすい大切なものを薄い膜の上に置くかのような仕草で、響きを解き放つ。そして、言葉のニュアンスを左手の指先で歌手に示唆する。すると、これがプッチーニらしい透明感のある淡い静寂が意味を持って現出する。この技には脱帽だ。

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音楽の構成も素晴らしかった。

第一幕は、ミミとロドルフォの二重唱に入る前までのテンポの一貫性と客観的なスタンスが清々しい。家主Benoitの登場シーンも日常の出来事の一つにすぎない。他方で、二重唱に入ってからは、台本の進行とともに、主観的な情景へと移行を始め、フレーズに与えられる緩急の揺さぶりも徐々に大きくなる。いきなり切り替わるのではなく、じわじわと。感情が高まりが音楽的に演出され、観客も役者もオーケストラも自然とクライマックスへと惹き込まれてゆくのである。そして、全てが整ったところで始まった二重唱の最終シーン「O soave fanciulla(おお、麗しい乙女よ)」では、プッチーニの卓越した管弦楽が絵巻物のように色彩鮮やかに展開。あらゆる細かい音符が一寸の滲みもなく虹色に瞬く光景は、大変印象的であった。

第二幕は、冒頭から骨太で力強い推進力に圧倒される。何が起きても全く動ずることなく、檄を飛ばしながら確かな歩みで突進。マエストロに漲る気合いが舞台のテンションを高める。この全体設計により、クリスマス・イヴの広場の空気が明確に打ち出すとともに、パルピニョールの絡みを客観的に処理し、運動会のようになりやすい第二幕中盤のPiu mosso(母親たちが子供を叱る場面)もクールにまとめることで、ストーリーの流れの中に変な凹凸が出来ることを防ぐ。他方、登場人物らの語りには、ブレスを大きくとって、プッチーニの指示通りの揺らぎを与え、スポットライトが当たったかのような演奏効果をさりげなく演出する。ムゼッタのワルツ以下も、マエストロは明快な考えに基づいてテンポを指示。プッチーニが記した厳格なテンポ設定通りに歌手が歌えるよう、細かくアウフタクトを発して牽引する。この強い意思が実り、繰り返されるワルツのメロディに一貫性が宿ることとなった。そして、遠くから聞こえてくるバンダによる行進も、血の吹き出すようなスリリングさで迫ってきて、緊迫感をさらに高める。熱く壮大なフィナーレは、最高潮に達し、幕切れとなった。

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第三幕では、ミミとマルチェロの心理的な違いを踏まえた表情の微妙な使い分けが秀逸であったことが思い出される。ロドルフォが加わると、マエストロは、台詞に合わせて、縦横無尽にタクトを操り、舞台に、そしてオーケストラに、次から次へと魔法をかけてゆく。その仕掛けの内訳は、もはや説明不可能だ。各場面で求められる悲嘆と哀しみを表現するのに必要十分な緩急の変化、しかもやりすぎないバランス感覚。多くの場合、瞬間的な見せ場の連続に終わってしまう第三幕を、芝居として仕立て上げたマエストロは凄い。また、随所に現れる淡い響きの数々も、透明に澄み渡っていて、溢れ出る感情とともに、覚醒の域に到達させられた。

第四幕冒頭は、第一幕冒頭と同じスピード感だが、若者たちの傷ついた心に迫るべく、適度に毒づいているのが新鮮さを醸し出す。合間に挿入されるガヴォットやカドリールは、あえて異質な要素としてクールに際立たせることで、その後の進行への布石を打つ。他方で、Vivo(ムゼッタ登場直前)は、楽譜通りに音量を守り、サーっと流すことで、突出した印象を与えないように配慮。何とか平常心を保とうとするロドルフォとマルチェロの心の矛盾が限界に達しそうになったことを暗示したところで、ムゼッタ登場を意味するヴァイオリンによる急激な上昇・下降音型にかき乱され、ミミの入室の場面に入る。ここから先は、コルリーネによる諭すような静かな語りを挟んで、ミミの透き通った心を映し出すような優しいニュアンスと清らかな響きに照準が合わせられてゆく。ミミの最期(lunga pausa)、息を引き取るのを見届ける間合いも巧い。幕切れのtutta forzaは、気持ちの高揚を完璧なバランスとメリハリで格調高く締めくくる。

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なお、この日出演した歌手陣は、一時期のチューリッヒ歌劇場に見られた豪華歌手のラインナップではなく、欧州で堅実に活躍を続ける若手を中心に据えたキャスティング。配役全体としてのバランスは良かった。ミミ役のエカテリーナ・シェルバチェンコも、ロドルフォ役のアルノルト・ルトコウスキーも、マエストロ・サンティのタクトに従って手堅く歌えており、ダイナミクスや感情表現の幅も合格点が付く仕上がりであったが、歌で泣かすにはあと一歩足りなかった。他方、ムゼッタ役のイヴァナ・ルスコとマルチェロ役のガブリエレ・ヴィヴィアーニは、役回りを踏まえつつ、舞台の流れにも良いアクセントを加えていて、好演であった。

フィリッペ・シレイルの演出は、台本の設定に沿った舞台で、オーソドックスかつ美しい舞台。安心して観られるプロダクションである。

カーテンコールは、いつものように温かい雰囲気に包まれ、マエストロ・サンティに対する絶大な拍手とともに、割とあっさりと終了。

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(公演情報)

LA BOHÈME
Giocomo Puccini
28 Dec 2013, 19:00

Conductor: Nello Santi
Producer: Philippe Sireuil

Mimì: Ekaterina Sherbachenko
Musetta: Ivana Rusko
Rodolfo: Arnold Rutkowski
Marcello: Gabriele Viviani
Schaunard: Yuriy Tsiple
Colline: Scott Conner
Benoît: Tomasz Slawinski
Alcindoro: Valeriy Murga

Orchestra: Philharmonia Zürich
Choir: Chor der Oper Zürich
Zusatzchor der Oper Zürich
Kinderchor des OHZ
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[2013/12/30 21:38] | 海外視聴記(チューリッヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
欧州行き(13年4月)⑤―サンティ指揮チューリッヒ歌劇場「ファルスタッフ」②
4月28日午後7時過ぎ、再びチューリッヒ歌劇場へ。ネッロ・サンティ指揮によるヴェルディ「ファルスタッフ」二日目。この日は、通常の3分の1の値段で愉しめるAMAG-Volksvorstellungen。1か月前に発売開始となるが、当然のことながら、発売開始から数時間で全てが売り切れ。劇場内は、マエストロ・サンティを敬愛するオペラファンで埋め尽くされ、異様な期待感に包まれていた。マエストロの登場とともに、劇場内から湧き上がったブラボーの嵐は、いつも以上に大きく、おそらく初日の前評判が街中を駆け巡っていたと推察される。

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筆者が発売開始当日に何とか確保した座席は、Parkett-Loge 4 Linksの1列目。オーケストラピットから立ち上がる響きの全体像をある程度把握できること、舞台上の歌手からの距離が近いこと、マエストロのタクトをオーケストラ奏者と近い目線で確認できることから、満足度の高い座席ではあるが、音響的には臨場感がやや減衰してしまうのが玉に瑕だ。

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この日は、二日目ということもあり、進行にある程度の余裕が生まれていた。オーケストラピット内の和気あいあいとした雰囲気は、実はチューリッヒ歌劇場ならではの特徴の一つである。

演奏面に関しては、ファルスタッフ役のアンブロージョ・マエストリが、初日に比べると、声に疲労感が残っており、万全とはいえない状況。声ではなく、演技でカバーしようという意図が見え隠れしていた。第一幕冒頭で事態を悟ったマエイスリとマエストロ・サンティは、この日の上演の運び方について瞬時に考えを巡らし、心を決めたはずである。振り返ると、マエストリに負担をかけすぎず、音量をセーブしつつ、盛り上げるツボを押さえた上で、劇場内を興奮に導こうというスタンスが一貫していた。音量をセーブした箇所についても、単に音量を落とすのではなく、それを音楽的に高めてしまうマエストロのタクトは、やはり驚異的だ。

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初日に比べると、マエストロ・サンティの意図が十分に染み渡りつつあるように見受けられ、マエストロのタクトや表情にもおおらかさが感じられた。いわゆる決め所がマエストロの想う通りにビシッと決まっていたのは初日からの進歩だ。初日に上手く運んだ箇所はあえて流れに任せつつ、初日にいまいちであった箇所はより細かくアウフタクトを出すことにより、メリハリ付けがなされていた。場面転換中もオーケストラ奏者とにこやかに音楽面における意見交換を繰り返すマエストロの姿に、マエストロが本当にマエストロである所以を垣間見た気がした。存在そのものをもって奏者や観衆を虜にするマエストロは、真のマエストロだと思う。

音楽的に物凄い完成度にまで至ったのは、第三幕である。もちろん、第一幕や第二幕も初日の完成度を維持するレベルにあったが、休憩後の第三幕では、マエストロの横顔に本気モードが迸り、圧倒的な名演となった。初日に噛み合わせが悪かったナンネッタによる幻想的な歌唱部分及び「レクイエム」のパロディ部分のテンポ設定がマエストロの意図通りに定まると、音楽的なテンションは一気に高まり、最後のフーガの完成度の高さは涙が出るほどであった。

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今回の2回にわたる「ファルスタッフ」を観て、舞台に人生を賭けたマエストロの凄さを改めて認識できた気がした。2013/2014シーズンは、マエストロの指揮では、「ボエーム」と「アンドレア・シェニエ」が予定されている。もちろん両公演ともに何とか仕事を調整の上、チューリッヒに駆けつける覚悟である。マエストロの指揮姿は、本当に勉強になる。ヴェルディを愛するアマチュア音楽家として、今回の印象はキチンと消化し、伝道師として貢献していかねばならぬと心に誓った今回の旅程であった。

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翌朝は9時30分発のLH1185便にてフランクフルトへ、そしてNH204便にて羽田へ。連休の中日とあって、この便だけはガラガラだそうだ。ともあれ、定刻に帰国し、そのまま待ち受ける膨大な仕事の山へと立ち向かった。


(公演情報)

Falstaff
Giuseppe Verdi

28 Apr 2013, 19:30

Musikalische Leitung: Nello Santi
Inszenierung: Sven-Eric Bechtolf

Mrs Alice Ford: Elena Moșuc
Nannetta: Sen Guo
Mrs Quickly: Yvonne Naef
Mrs Meg Page: Judith Schmid
Sir John Falstaff: Ambrogio Maestri
Ford: Massimo Cavalletti
Fenton: Javier Camarena
Dr. Caius: Michael Laurenz
Bardolfo: Martin Zysset
Pistola: Dimitri Pkhaladze
Page des Falstaff: MaiFlorian Hoffmann
[2013/05/06 19:17] | 海外視聴記(チューリッヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
欧州行き(13年4月)④―ウィルソン指揮チューリッヒ歌劇場「ムツェンスク郡のマクベス夫人」
4月28日午前6時50分、ICEにて、4時間余りをかけて、フランクフルトからチューリッヒに戻る。仕事面での疲労が溜まっており、何もできないまま、ぼーっと外を眺めて終わった。正午前に宿泊先であるホテルリマートホフに到着したが、午後1時頃でなければチェックインできないとのことで、荷物を預けてBellevueのSternen Grillでソーセージとビールを嗜みつつ、時間を潰す。昨年秋の時点では、広場の真ん中の仮設テントでの営業であったが、いつの間にかお洒落なカフェ風の店舗での営業となっていた。値段も若干上がった気がする。

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午後2時前、チューリッヒ歌劇場へ。ケリー=リン・ウィルソン指揮による「ムツェンスク郡のマクベス夫人」。今シーズンのプレミエで、ウィルソン指揮による初日である。

筆者の座席は、2. Rangの上手側1列目。普通に座ると、舞台の上手側4分の1くらいが見切れてしまうが、この演目は発売当初から人気が高かった新演出ゆえ、昨年11月下旬時点で残っていた座席の中では、まだまともな方であった。 なお、音響的には特に問題は感じなかった。

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ウィルソンの指揮は、繊細で、きめ細かく、デリケートな音色を引き出す。倍音がバランス良く鳴り響き、音色が明るい。ショスタコーヴィチの音楽から印象派的な美しさを感じたのは初めてである。また、オペラ指揮者としての手腕もなかなかだ。とりわけ歌手の呼吸の掴み方がうまい。時間軸を一定密度で着実に前へと進めつつ、スケールの大きなカンタービレを適切なアウフタクトで流し込み、決め所では見事に手綱を引き締める。明るく快活な場面におけるスッキリとした気負いのない推進力は、聴き手の気持ちを朗らかにさせる。このセンスがイタリアものでどのように活かされるかは未知数だが、色彩感のあふれる作品では、間違いなく素晴らしい上演を期待できる指揮者といえよう。

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アンドレアス・ホモキの演出は、いかにも彼らしいといえるが、全幕を通じて同じ舞台セットであり、カラフルな色合いの空間の中央に、回転する横長の箱が一つ。シンプルながらも、良く整理された舞台であり、この作品の演出としては分かりやすく自然であった。ドギツイ衣装も、ショスタコーヴィチの場合は、逆に親和性がある。出演者がドタバタと舞台上を走り回る場面が多く、音楽の静寂を阻害していたのが若干気になったが、怒りを覚える類のものではなかった。

特にテンションが上がったのは、第一幕第三場幕開けのカテリーナのアリア。オーケストラの最弱音によるデリケートな感情表現とともに実に素晴らしかった。また、第二幕間奏曲は壮大な音楽的高揚が見事であった。休憩を挟んだ第三幕以降は、粗野なテイストが前面に出てきて、勢いと迫力を伴うようになった一方で、前半で感じられた音色や響きの緻密さが後退し、音楽的な完成度が幾分下がってしまったのが惜しかった。第四幕では、カテリーナの心情表現が実に巧みであったが、シニカルな台本と付された音楽が生理的に受け付けない部分もあり、感情移入をする程ではなかった。

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キャスト陣の中では、カテリーナ役のグン=ブリット・バークミン。昨年のウィーン国立歌劇場来日公演「サロメ」でも観たが、歌唱面のみならず、演劇的な表現力の点でも非常に説得力がある。性暴力をテーマにしたこの作品にありながら、カテリーナの悲痛な感情の動きを美しく浮かび上がらせることに成功しており、後味のよい舞台とすることに寄与していた。

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カーテンコールは、そこそこの盛り上がり。日曜日のマチネ公演ゆえ、コアなオペラファンというよりは、近隣の愛好家の社交場としての色彩が強い。そうした観客層には、やや刺激が強すぎたのかもしれない。筆者個人として好きな作品ではないが、欧州の最先端を行くプロダクションの一端を垣間見られたことは、大変勉強になった。

終演後は、Globus Bellevueのフードコートで軽食を済ませ、いったんホテルに戻り、休息。夜の「ファルスタッフ」に備える。


(公演情報)

Lady Macbeth von Mzensk
Dmitri Schostakowitsch

28 Apr 2013, 14:00

Musikalische Leitung: Keri-Lynn Wilson
Inszenierung: Andreas Homoki

Katerina Ismailowa: Gun-Brit Barkmin
Boris / Geist des Boris: Kurt Rydl
Sinowij: Benjamin Bernheim
Sergej: Brandon Jovanovich
Axinja: Kismara Pessatti
Sonetka: Julia Riley
Zwangsarbeiterin: Lidiya Filevych
Der Schäbige / Kutscher / Betrunkener Gast: Michael Laurenz
Verwalter / Polizist: Valeriy Murga
Pope / Alter Zwangsarbeiter: Pavel Daniluk
Polizeichef / Wächter / Sergeant: Tomasz Slawinski
Hausknecht: Christoph Seidl
Lehrer: Ilker Arcayürek
1. Vorarbeiter: Michael Laurenz
2. Vorarbeiter: Roberto Ortiz
3. Vorarbeiter: Benjamin Russell
Mühlenarbeiter: Robert Weybora

Philharmonia Zürich
Chor der Oper Zürich
[2013/05/06 19:10] | 海外視聴記(チューリッヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
欧州行き(13年4月)②―サンティ指揮チューリッヒ歌劇場「ファルスタッフ」①
4月26日、午前9時40分発のBA712便にて、ロンドンからチューリッヒへ。チューリッヒ空港での入国審査に時間を要するも、午後2時前には、中央駅前のホテルリマートホフにチェックインできた。立地上の利便性をお金で買ったという感じだろうか。悪くはないが、設備面はかなりチープであった。

この日のチューリッヒは、初夏を思わせる陽気で、日中は半袖でも過ごせるくらいであった。中心部にある百貨店グローブスの地下で、晩酌用のスイスワインとチーズを入手し、SWISS CHUCHIで遅めのランチ。グリーンアスパラガスのクリームパスタをさっと食して、ホテルに戻る。

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午後7時すぎ、チューリッヒ歌劇場へ。ネッロ・サンティ指揮によるヴェルディ「ファルスタッフ」初日。2011年3月新演出の再演だが、劇場内はプレミエ時に匹敵するほどの熱気に溢れていた。

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筆者の座席は、Parkettの1列目中央。マエストロ・サンティと握手ができるほどの距離感で、マエストロが指揮するときの呼吸や顔の表情まで間近に拝むことができる最高のポジションであった。この日のオーケストラは、下手側に弦楽器、上手側に管打楽器を寄せた配置のため、筆者の座席には極上のバランスで届く。弦楽器は10型で小ぶりながらも、状態が良いのか、いつも以上にまとまりのある充実したサウンドを奏でていた。

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マエストロ・サンティの「ファルスタッフ」となれば、素晴らしい仕上がりになることは容易に想像ができたが、この日の上演は、圧倒的な名演のオーラに包まれていた。マエストロの気迫は、ここ数年では随一であり、ヴェルディがこの作品を作曲した年齢を超えたマエストロが、あたかも自らの集大成として挑んでいるかのような様相を呈していた。

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音楽的には、何よりも、歌のみならず、楽器の奏でるあらゆるモチーフまでもが、気品のある活き活きとしたイタリア語に聴こえてくるのが神業の域にあった。ここはチューリッヒ歌劇場であるから、普通に演奏したらこのようなイントネーションは生み出されない。周到なリハーサルを経て、理論的に造型された最高の自然体。イタリア・オペラの真骨頂だ。

そして、作品に含まれる喜怒哀楽の要素を120%引き出したマエストロのタクトの素晴らしさ。この日は特に、マエストロの顔の表情に釘付けとなった。「ファルスタッフ」といえば、トスカニーニの歴史的名演が思い出されるが、マエストロ・サンティの指揮の下では、トスカニーニの男性的生命力に加え、笑顔、優しさ、幸せといった表情も随所に織り込まれており、ロッシーニやドニゼッティのような明るさも垣間見られる。「ファルスタッフ」という作品の中に、マエストロ自身の歩みが多角的に投影されていると感じた。

場面展開の自然さや、全体の構成力など、芝居としての完成度も、申し分ない。音楽的にはすこぶる真面目なのだが、芝居としての喜劇性と相反せず、むしろ絶妙なコラボレーションに発展していたのは、マエストロの包容力ゆえであろうか。特に心に残っているのは、第一幕第二場の日常会話の明るさと軽やかさ、第二幕第一場のフォードによる独白の緊迫感と彫りの深さ、そしてナンネッタとフェントンの純愛に照準を合わせたアンサンブルの組立てなど。

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スヴェン・エリック・ベヒトルフの演出に関しては、チューリッヒ歌劇場らしいモダンなファッショナブルな舞台で、とてもセンスがよい。演技面では、笑いを誘う要素がふんだんに盛り込まれていたが、嫌らしさや不自然さは感じなかった。設定を現代に置き換えることによって生ずる若干の齟齬は、さりげなくカバーされていた。

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なお、個人的に勉強になったのは、マエストロのアウフタクトとは異なるテンポで歌手陣が歌い始めた場合の対処術。こうしたやり取りを眼前で見られるのは、初日ならではである。

キャスト陣も大変充実していた。錚々たるラインナップだが、これだけのメンバーが一体となって本気を出すと、ものすごいことになる。ファルスタッフ役のアンブロージョ・マエストリは、現代最高のファルスタッフであり、その役者ぶりは他の追随を許さない。フォード役のマッシモ・カヴァレッティは、アンサンブルの中での立ち位置を心得つつ、魅せる場所では心に迫る歌唱で、観客を魅了する。アリーチェ役のエレナ・モシュクは、やりたい放題のファルスタッフを相手に、貫録のある歌唱と演技で全体を引き締める。クイックリー夫人役のイヴォンヌ・ナエフは、この役柄に相応しい刺激をもたらす。ナンネッタ役のセン・グオは、息の長いフレージングで、ロマンチックな表情を浮かび上がらせていたのが特筆される。第三幕第二場で、マエストロのタクトに乗れず、やや拡散気味になってしまったのが惜しい。相方のフェントン役のハヴィエル・カマレナは、やや粗削りながらも、勢いのある歌唱で、観客の支持を集めていた。

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カーテンコールはブラボーの嵐だが、やはり最大の賛辞を受けたのは、言うまでもなくマエストロ・サンティ。満場の客席から喝采を受ける際、余韻に浸るかのように、しばらくの間、静かに客席を見つめていたマエストロ・サンティの立ち姿が非常に印象的であった。

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終演後は、ホテルに直帰し、準備しておいた赤ワインとチーズでしばし余韻に浸る。


(公演情報)

Falstaff
Giuseppe Verdi

26 Apr 2013, 19:30

Musikalische Leitung: Nello Santi
Inszenierung: Sven-Eric Bechtolf

Mrs Alice Ford: Elena Moșuc
Nannetta: Sen Guo
Mrs Quickly: Yvonne Naef
Mrs Meg Page: Judith Schmid
Sir John Falstaff: Ambrogio Maestri
Ford: Massimo Cavalletti
Fenton: Javier Camarena
Dr. Caius: Michael Laurenz
Bardolfo: Martin Zysset
Pistola: Dimitri Pkhaladze
Page des Falstaff: Elias d'Uscio
[2013/05/06 19:01] | 海外視聴記(チューリッヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
欧州行き(12年11月)④―サンティ指揮チューリッヒ歌劇場「仮面舞踏会」
11月24日早朝、ヴェネチア・サンタルチア駅を発ち、Frecciargento 9407でボローニャ中央駅へ、Frecciargento 9508に乗り換えてミラノ中央駅へ、さらにEuroCity 16に乗り換えてチューリッヒ中央駅へ。EuroCityが30分以上遅れたため、合計8時間に及ぶ列車の旅となった。

チューリッヒ中央駅から橋を渡ってすぐの場所に位置するHotel du Theatreにチェックイン。新しくて綺麗なビジネスホテルで、設備は最低限は揃っていたが、いかんせん部屋が狭かった。寝るだけなので、問題はなかったが。

チューリッヒ市街地の中心部では、早くもクリスマスマーケットが開催されていた。BratwurstとGlühweinで軽食を済ませ、ホテルに戻り、身支度をする。

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午後7時前、チューリッヒ歌劇場へ。ネッロ・サンティ指揮によるヴェルディ「仮面舞踏会」。2011年4月新演出で、2012年5月に続く再演だが、今回はオスカル役のセン・グオ以外の主要キャスト陣が入れ替わり、また新演出時に出演したウルリカ役のイヴォンヌ・ナエフが戻ってきた。筆者にとっては、悪夢のようだった2012年5月の寝過ごし事件のリベンジとなる。

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今回の鑑賞の目的は、マエストロ・サンティのアウフタクトを改めて凝視して観察することにより、そのエッセンスを脳裏に焼き付けること。筆者の確保した座席はParkett linksの1列目下手側で、もう少しセンター寄りの方が望ましかったが、右を向けばマエストロの横顔を直視できるポジションであり、目的は達することができた。加えて、今回は、目の前にヴァイオリンとコントラバスが陣取る関係で、弦楽器の響きの重なり方をも体感することができたというオマケもあった。

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この日のマエストロ・サンティは、絶好調。今回は、事前に十分な打合せがなされていた模様である。タクトはいつになく冴えわたっているし、途中で笑みもこぼれるなど、歌手やオーケストラとのコミュニケーションも良好であった。歯車がうまく噛み合わないときに散見される喝を入れるような細かな打点は、この日はほぼ皆無であった。それゆえ、全体を通じて力みがなく、カンタービレにも適度な明るさと華が備わる。歌手もオーケストラも、自発性に富んでいたのが良かった。無論、演奏水準も申し分なく、最初のピッチカートから、幕切れのAllegroに至るまで、全ての音が活き活きと輝いているし、しかも舞台芸術として非常に高い次元で完成されていた。筆者が最近観た中では、最も状態が良好であったと断言できる。

マエストロが指揮台に立つ舞台は、何回観ても、新たな発見が満載である。今回は、筆者自身が事前にスコアをある程度まで読み込めていたため、マエストロの思考プロセスをライブで追いかけることができたが、学ぶべきことが多すぎて、筆者自身の中での頭の整理にはしばし時間を要するであろう。

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備忘のため、キーワード的に記しておくと、いずれもあまりに基本的なことであるが、第一は、フォルテの意味と解釈、そしてその実践。これは、客席にいる聴衆にとって、フォルテとして感じられることが大切だということである。音量の問題ではない。場面に応じて適切なアウフタクトがあり、力強く振ればよいというものではなく、またオーケストラ側も力任せに鳴らせばよいというものではない。第二は、響きの重心の据え方。leggeroやsotto voceからsostenutoまで、輪郭は明確に、しかし重くなったり音色を潰れたりすることはなく、スッと心に入るバランスを、タクトの位置と高さで一目瞭然に示唆するマエストロのアウフタクトは、実によく考え抜かれている。今回は、leggeroのニュアンスと場面転換直後の和声感の変化が特に印象的であった。第三は、歌手の呼吸を一歩先取りしたアウフタクトの図り方。歌詞の全てが音楽の流れの中に完璧に収まっている(はみ出たと思わせる箇所が一つも生じない)というのは、当たり前のように思えて、実際には滅多にお目にかかれるものではない。もちろん多少のズレは生ずるが、そのズレも含めて音楽であり、舞台である。歌手に合わせすぎると、グダグダになるし、頑固にテンポを守ろうとすると、チグハグになる。本当に難しい。言葉のイントネーションと歌手の息づかいに対する慧眼があって、アウフタクトに熟練したマエストロのみが成し遂げられる匠の技といえる。意図的に、引き締めたり緩めたり、また導いたり助け舟を出したり、そんな駆け引きの連続は、誰にも真似できるものではないだろう。他にもいっぱいあるが、これくらいにとどめておく。

マエストロ・サンティは、伝統芸能としてのイタリアオペラをより進化させて現代に伝える人間国宝というにふさわしい。聴衆の方も、それを知ってかは知らないが、マエストロがオーケストラピットに登場するや否や、まだ始まってもいないのに、劇場全体からブラボーの嵐。マエストロは、満面の笑みで、嬉しそうにその声に応える。その並々ならぬ期待感を受け、劇場全体に適度な緊張感が走り、オーケストラピットの中にも気合いが迸る。休憩後、そしてカーテンコールでも、マエストロへの賛辞で劇場内は大騒ぎだ。他方で、ひとたび音楽が始まれば、聴衆は静寂を保ち、舞台に集中する。もちろんフライング拍手などという愚行は全く起こらない。というよりも、それを可能にするマエストロの自然体なオーラが凄い。この空気、どこか日本の歌舞伎に似ている気がした。

20121124-03

新体制に移行し、チューリッヒ歌劇場の行く末に一抹の不安を感じていたが、マエストロ・サンティとの関係性に限っては、全くの杞憂であった。ここまで指揮者をガン見するオーケストラは、他に見たことがないし、このオーケストラ自体も、生まれ変わったかのようであった。マエストロのアウフタクトに集中し、それに応え、さらに新たなチャレンジを続けようとするピット内の各奏者の横顔には、プロとしての自信と誇りが感じられるとともに、マエストロとの貴重な体験の一つひとつを心の底から楽しんでいる様子が窺われた。

キャスト陣も全力投球。グスターヴォ役のラモン・ヴァルガス、アメーリア役のタチアナ・セルジャン、レナート役のアレクセイ・マルコフとも、すでに十分なキャリアを持つ名歌手らだ。しかし、そんな彼らが、マエストロのタクトに喰らいつき、学生のように、体当たり的な歌唱と渾身の演技により役柄を演じているのを観るのは、本当に気持ちがよい。たまに気負いが出て、若干のしくじりが生ずる場面も無くはなかったが、むしろ好感が持てた。ウルリカ役のイヴォンヌ・ナエフとオスカル役のセン・グオは、役柄が板についた感じで、表現に伸びやかさと貫録が加わり、素晴らしかった。なお、演出に関しては、相変わらずではあるが、回を重ねるにつれて、刺々しさが薄れ、落ち着きが感じられるようになった。プロダクションが良い方向で変化してゆく好例といえるだろう。

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今回は、襟を正して観劇した2時間45分。本当にあっという間であった。終演後に楽屋口でマエストロを出迎える。いつも以上に笑顔が素敵だ。包み込むような手で握手をしてもらい、筆者にもこの名作の指揮を成し遂げられる気がしてきた。

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開演前に、来年4月のファルスタッフの初日のチケットを入手。オンラインではSold outであったが、Box officeに掛け合ったところ、Parkettの1列目のど真ん中を用意してくれた。オペラ指揮者としての筆者の勉強は、さらに続く。


(公演情報)

Un ballo in maschera
Oper von Giuseppe Verdi

24 Nov 2012, 19:00
Wiederaufnahme

Musikalische Leitung - Nello Santi
Inszenierung - David Pountney

Philharmonia Zürich
Chor der Oper Zürich
Zusatzchor der Oper Zürich

Gustavo III, König von Schweden - Ramon Vargas
Renato Anckarstroem - Alexey Markov
Amelia - Tatjana Serjan
Ulrica Arvidson - Yvonne Naef
Oscar - Sen Guo
Cristiano - Elliot Madore
Giudice - Dmitry Ivanchey
Ribbing - Erik Anstine
Horn - Dimitri Pkhaladze
Servo d'Amelia - Jan Rusko
[2012/11/26 16:27] | 海外視聴記(チューリッヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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