ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(13年4月)③―ケイル指揮フランクフルト歌劇場「ローエングリン」
4月27日、午前8時発のICEでチューリッヒからフランクフルトへ。4時間弱の旅程である。この日は朝から雨模様で、フランクフルトはコートが必要なくらいに肌寒かった。正午すぎに、中央駅前のホテルエクセシオールにチェックイン。普通のビジネスホテルだが、値段の割に居心地はよい。ロンドンやチューリッヒに比べると、ドイツのホテルはリーズナブルである。その後、地元客や観光客で賑わうRömer Pils Brunnenで旬のホワイトアスパラガスを食し、いったんホテルに戻る。

午後4時過ぎ、フランクフルト歌劇場へ。ハルトムート・ケイル指揮によるワーグナー「ローエングリン」。2009年5月プレミエの再演である。ベルトラン・ド・ビリーが指揮をできない日の埋め合わせとして、フランクフルト歌劇場のスタッフであるケイルが指揮台に立った。

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筆者の座席は、1 Rang Halbmitteの下手側1列目。首を横に向けて舞台を見続けなければならないのがやや辛い。

結論からいうと、この日の上演は、地元のルーティン公演の域を超えない平凡な仕上がりであった。やはり2番手の指揮者が登板すると、それなりの公演に終わってしまう。

そもそもケイルの指揮に関しては、音楽的なベクトルが見えてこなかったのが問題だ。ミクロに見ると、歌手の後をよく追いかけていたが、もう少し流れを前に運んであげないと、弛緩してしまい、緊張感が失われる。とりわけ独唱部分では音楽が完全に停滞してしまっていた。

加えて、オーケストラのコントロールもあまりできていない。全体的に大味で、響きが濁り、フォルテもずっと騒々しく、メリハリが効いていない上に、歌を消してしまっている。朗々としたボリューム感や重厚な響きから、ドイツのオーケストラらしいサウンドが感じられたのがせめてもの救いであったが、手綱の引かれていないオーケストラからは、素材そのものの音色がそのまま飛び出してきており、最優秀オペラハウスの看板を掲げるには、あまりにお粗末な仕上がりであった。

フィナーレの部分で一気にテンポを捲いて、外面的なクライマックスを創出するというのは、中身を伴わない上演時の常套手段ではあるが、本来あるべき姿ではない。

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キャスト陣は、なかなか充実していただけに、非常に残念な結果となった。指揮者の責任は重大である。

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イェンス・ダニエル・ヘルツォークの演出は、場末の映画館が舞台。読み替えだらけの無茶苦茶なストーリーであり、ゴットフリート少年の登場の仕方といい、ロシアン・ルーレットにより行われるローエングリンとテルラムントの決闘といい、辻褄の合わない部分が多すぎる。演技面では、キャスト陣も合唱も健闘していたが、この演出では、素直には感情移入が出来ない。

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というわけで、音楽的にも演出的にも琴線に触れる部分は全くなく、外れを引いた気分で劇場を後にした。


(公演情報)

Musikalische Leitung: Hartmut Keil
Regie: Jens-Daniel Herzog

Heinrich der Vogler: Falk Struckmann
Lohengrin: Michael König
Elsa von Brabant: Camilla Nylund
Friedrich von Telramund: Robert Hayward
Ortrud, seine Gemahlin: Michaela Schuster
Der Heerrufer: Daniel Schmutzhard
Vier brabantische Edle: Constantin Neiconi, Victor Tsevelev, Gerhard Singer, Lars Rößler
Edelknaben: Kallopi Patrona, Christine Brenk, Julia Mattheis, Gunda Boote

Chor und Extrachor der Oper Frankfurt
Frankfurter Opern- und Museumsorchester
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[2013/05/06 19:05] | 海外視聴記(フランクフルト) | トラックバック(0) | コメント(0) |
欧州行き(12年11月)①―ペライア指揮&独奏アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ「モーツァルト」
11月21日正午すぎ、NH209便にて成田空港からフランクフルトへ。今回は連休明けにブリュッセルでの国際会議に出席するための渡欧である。折角の機会ゆえ、連休前に2日間の休暇を取り、ヨーロッパを周遊することとした。行きのフライトでは、プラチナステータスとしての権利行使によりプレミアムエコノミーにアップグレードし、しかも隣が空席であったため、機内ではそれなりに広々とスペースを利用できたが、12時間弱のフライトでは首が痛くなった。ルフトハンザと比べると、食事がまともなのが救いである。

午後5時前、フランクフルト空港に到着。鉄道でフランクフルト中央駅へ向かい、駅から80メートルの距離に位置するHotel Excelsiorにチェックイン。オールドタイプの3つ星ホテルで、簡素な造りの部屋だが、ちょっと欲しいなと思ったものが一通り手元に揃っていて、使い勝手がよい。受付の応対もよく、リーズナブルな料金で、再訪したいと思わせるホテルであった。

午後8時前、アルテ・オーパーへ。マレイ・ペライア指揮&独奏によるアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの演奏会。モーツァルトのドイツ舞曲、ピアノ協奏曲第26番、交響曲第39番が採り上げられた。

筆者が確保した座席は、平土間13列目左側中央。アルテ・オーパーは、空間を縦横に大きく取ったシューボックス型のコンサートホールだが、実際に聴こえてくる音は、箱の大きさを感じさせない。適度な残響と臨場感があり、なかなか優秀なホールだと感じた。筆者の座席では、管楽器がやや遠く感じられてしまうが、この日のプログラムのような古典派作品の場合は、むしろ弦楽器主体の響きが望ましく、鑑賞上の支障はなかった。

プログラム前半の一曲目は、6つのドイツ舞曲。この作品は、指揮者なしで演奏された。フレッシュな響きで、室内楽的な愉しさの窺えるアンサンブル。響きのバランス上、やや凹凸があったが、作品の魅力を伝えるには十分な水準の演奏であった。気負うことなく、自然体な感じが好印象であった。

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プログラム前半の二曲目は、ピアノ協奏曲第26番。マレイ・ペライアが弾き振りを務めた。弾き振りの場合、ピアノの反響板が外されてしまうため、ピアノの音は天井に上がってしまう。しかし、ペライアのクリアで淀みのない素晴らしいタッチは、平土間席にもしっかりと伝わってきた。

ペライアによる独奏は、最初の一音を発した瞬間から、楽章全体のイメージを凛として明示する見事な演奏であった。最初から最後まで音楽の方向性が一貫しており、その姿勢が全くブレない。シンプルな曲想がその様式性の確かさを際立たせる。

第一楽章は、際立った粒立ちのスムーズな流れが特徴的。かといって平板になるわけではなく、各フレーズが然るべきポジションにスッと収まっている。必要なニュアンスに欠けるところはない。ソナタ形式のお手本のような演奏といえる。これに対し、第二楽章は、落ち着きをはらったソフトな語り口で、響きに奥行きを伴う。感傷的になりすぎないところもよい。第三楽章は、軽快なロンドで小気味よい。一方で造形はクリアで、リズムの彫りの深さもある。理想的なロンドが展開された。全楽章を通じて、足しも引きもしない達人による名演であったといえる。

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オーケストラも、プログラム前半一曲目のドイツ舞曲と比べると、音楽のベクトルが揃い、主張に力強さが生まれた。こうして指揮者の有無を聴き比べるというのは、なかなか興味深いものである。アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズは、上品さを伴うよき時代のブリティッシュな香りを兼ね備えるが、室内オーケストラとしてのアンサンブルの水準も非常に高いレベルにある。何よりも、奏法の揃い方が半端ではない。音色にそれほど華があるわけではないが、純度の高い上質な響きが印象に残る。弦楽器のみならず、管楽器に至るまで、フレージングや発音に一寸の滲みすら露呈しないのは、さすがというほかはない。ペライアとの阿吽の呼吸により、格調高く、活き活きとしたモーツァルトの世界を表現できていた。

休憩時間中に、ステージ横に片づけられたピアノの上に残されていたペライアのスコアを発見。使い込まれた辞書のような使用感があり、ペライアの日々の勉強の蓄積が垣間見られた。

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プログラム後半は、交響曲第39番。ペライアは、今度は指揮棒を持って舞台に登場。音楽の方向性は、ピアノ協奏曲と似ている。飾ることなく、まっすぐなアプローチは好感が持てる。ただ、やはりペライアは、優れた音楽家とはいっても、指揮者としては全くの素人レベル。アウフタクトのぎこちなさと指揮者としての天性の欠如が気になって仕方がなかった。

第一楽章の序奏部は、ピアニストらしく、明快な切り口と振幅のあるフレージングで、アプローチとしては悪くはない。ただ、場面の変わり目でアウフタクトが出せず、オーケストラとお見合いしてしまう箇所が散見される。この序奏部は、シンプルな構成だが、棒を振るのは意外と難しいのだ。主部に入っても、ペライアのタクトからは、4分の3拍子は感じられず、アレグロのテンポ感も伝わってこない。横の線を意識したフレージングには、さすがと思わせるセンスも窺われたが、フォルテのトゥッティは推進力に乏しく、響きもリズムもテンポも完全に淀んでしまっていた。加えて、部分的にこだわりをもって細工を試みようとするがあまり、そのパートが前のめりに転がってしまい、腰のすわりが悪くなる箇所が目立つ。第二楽章も、楽想記号に示されたアンダンテ・コン・モートからは程遠い。散漫な印象のまま、曲が進行する。再現部の劇的な転調と和声進行は、然るべき指揮者がタクトを執れば、この上なく感動的に響くはずなのだが。第三楽章も第四楽章も、第一楽章で露呈した問題点をそのまま引きずる。第四楽章の冒頭など、あのアウフタクトでよくぞ合わせられたと思う。

アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズは、指揮者のアウフタクトなどなくても、彼らの呼吸で自然に合わせることができるだけの力を兼ね備えている。ヴィオラを中心とした全体のアンサンブルは、プログラム後半でも健在であった。ヴィオラの首席奏者の呼吸の図り方とボウイングのしなやかさは絶妙であり、筆者はしばし彼の演奏する姿に釘づけになってしまった。

しかし、目の前で変なアウフタクトを出されると、それを無視するわけにはいかないというのが人間の常である。自然と反応してしまうため、音楽の流れがチグハグになる。残念ながら、この日のペライアは、指揮台の上では音楽の邪魔をする存在でしかなかった。

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結局のところ、ペライアは、あくまでもピアニストであり、指揮者ではないということなのだろう。

ピアノの場合、叩けばその瞬間に音が鳴る。しかし、オーケストラの場合、音が出るまでには微妙な間が空く。ピアニストの感覚で、ピアノを弾くイメージのまま、オーケストラを鳴らそうとすると、オーケストラは、全体の中での居所を見失ってしまう。

また、ピアニストは、自分の心の中で音楽を描きながら、指先に神経を集中させて音を紡いでいくが、指揮者は、音楽の方向性を全身から発信し続けなければならない。心に描いているだけでは、実際に演奏をするオーケストラの側には、何も伝わらない。それゆえ、ピアニストが行うように、何か変化を求めて局所的に表情をつけようとすると、そこだけが強調され、唐突な感じになってしまう。

指揮者とはどういう存在であるべきか、色々と考えさせられた一夜であった。終演後はそのままホテルに戻り、翌朝に備える。

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(公演情報)

Academy of St Martin in the Fields

Mittwoch 21. November 2012
20:00, Großer Saal

Murray Perahia: Klavier und Leitung

Wolfgang Amadeus Mozart
Sechs Deutsche Tänze KV 536
Klavierkonzert Nr. 26 D-Dur KV 537 "Krönungskonzert"
Sinfonie Nr. 39 Es-Dur KV 543
[2012/11/26 06:51] | 海外視聴記(フランクフルト) | トラックバック(0) | コメント(0) |
欧州行き(11年4月)①―ギュットラー指揮 フランクフルト歌劇場 「後宮からの逃走」
4月24日午前9時45分頃(日本時間)、筆者を乗せたLH711便は、定刻より約15分ほど遅れて成田空港を離陸し、フランクフルトへと旅立った。
今回で3回目となる欧州行きは、7泊9日で滞在都市数6箇所という強行軍。7月から始まるブリュッセル滞在の序章でもある。

飛行機に搭乗し、周囲を見渡したところ、LH711便の乗客の9割以上は日本人である。原発事故の影響は、ここでもはっきりと読み取ることができる。この便は、当初の予定では、最新のA380で運航される予定だったが、この日は一回り小ぶりなA340-600。それでも最後尾に陣取った私は、幸いにも中央列3席を全て独占することができた。行きの飛行機での睡眠は、特に初日の観劇のための体力温存には不可欠である。

4月24日午後2時前(現地時間)、LH711便は、無事にフランクフルトに着陸した。
今日の宿は、中央駅横のインターシティホテル。
3つ星ゆえに質素ではあるが、いわゆるビジネスホテルとして必要最小限の設備は一応備えている。部屋で30分ほど仮眠をとった後、いよいよ本日の会場であるフランクフルト歌劇場へと向かった。

フランクフルト歌劇場は、中央駅から徒歩10分ほどの場所に位置する。マイン川沿いの緑の豊かな地域だ。
この日の気温は26度、すでに夏日である。午後6時をまわったところだが、少し歩くだけで汗ばんでくる。今年の欧州は猛暑になるのだろうか。すでに心配。

歌劇場の建物はガラス張りのモダンな様式で、劇場内も近代風の馬蹄形である。舞台と客席の距離は近く、どの席に座っても臨場感が楽しめる作りだ。
今回の席は1 Rangの正面右側1列目。わかりやすくいえば、平土間席を0階とした場合の1階席。一つ目の馬蹄に相当する。

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演目は、モーツァルト「後宮からの逃走」。イースター休暇中の日曜日の公演ということもあり、客席には親子連れが多く見受けられた。小学生の頃から当たり前のようにオペラに慣れ親しんでいる様子をみて、オペラがこの国の文化として深く根付いていることを実感した。

オーケストラは、弦が8-6-4-3-2と小編成で、この劇場のサイズにマッチしている。

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気候や音出し不足のためか、序曲では若干の綻びもみられたが、幕が開けば本領発揮。際立った色があるわけではないが、快活で切れと勢いがあり、しかも細部までよく目の行き届いている。折り目正しく端正なアンサンブルを楽しむことができた。

演出面でも、スコアに描かれた音のサインとの連携がよく練られ、それが歌手らにも徹底されていたためか、緊張感のある迫真の演技が続いた。全体として、とてもレベルの高い上演であったことは間違いない。青春真っ只中にあり、ドイツ語によるオペラの制作に張り切っていたモーツァルトの喜劇の世界が見事に表現されていた。

ただ、若干気になったのは、コンスタンツェ役。コロラトゥーラやいわゆる決めどころの処理は見事であったが、特に音域が低く、かつ旋律に動きのない箇所で、守りに徹しすぎたためか、いまひとつ流れが見えてこない。欧州初日で、筆者自身が時差ボケ状態でもあったため、コンスタンツェの場面では、しばしば睡魔に襲われてしまった。難役であることは重々承知しているつもりではあるが、心残りであった。

また、フィナーレについては、筆者個人としては、セリムによる寛大な審判がこの作品の白眉と思っているが、この点が演出上も演奏上もあっさりと流れてしまい、あまり印象に残らなかった。第三幕冒頭では、海をモチーフにした紗幕の奥側でこれまでの出来事を回想する演出に心を奪われたが、幕切れについても、演出上、何か一つスパイスが入れば、より幸せな気持ちで劇場を後にすることができたように思われた。

フランクフルト歌劇場は、今回初めて訪問したが、筆者のお気に入りの一つに加わった。次回は、近現代の地味目な作品を鑑賞するのもよいかもしれない。
ちなみに、この日は、間に2回の休憩を挟んだため、終演は午後10時40分すぎ。おそろしく眠かったこともあり、当初目論んでいたフランクフルト居酒屋の定番、りんご酒&豚の骨付きあばら肉は諦め、中央駅のアジアンファーストフード店で焼きそばを食し、早々にホテルに戻った。


(公演情報)

DIE ENTFÜHRUNG AUS DEM SERAIL
(THE ABDUCTION FROM THE SERAGLIO)
Wolfgang Amadeus Mozart

Conductor/Michael Güttler
Director/Christof Loy
Bassa Selim/Christoph Quest
Konstanze/Brenda Rae
Blonde/Mari Eriksmoen
Belmonte/Jussi Myllys
Pedrillo/Peter Marsh
Osmin/Thorsten Grümbel
Chorus and Orchestra of Oper Frankfurt
[2011/04/26 14:19] | 海外視聴記(フランクフルト) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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