ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(13年12月)③―シャイー指揮ゲヴァントハウス管「第九」
12月29日午前7時すぎ、チューリッヒ中央駅から空港へ。そして、LX976便にてベルリン・テーゲル空港へ。満席のためか、ビジネスクラスにアップグレードされた。といってもシュトゲン域内の1時間のフライトゆえ、若干の食事が出ること、優先搭乗・降機できること、荷物の収納スペースが多いこと以外に、何も変わりはないが。

テーゲル空港からはシャトルバスTXLでベルリン中央駅に向かい、ドイツ国鉄ラウンジで小一時間潰した後、ICE1209にてライプツィヒに向かう。最後尾車両のパノラマ席を予約したら、周囲を日本人ツアー客に囲まれ、微妙な気分になる。

午後1時すぎ、宿泊先であるシーサイド パーク ホテル ライプツィヒにチェックイン。普通の4つ星ホテルで、水準以上のクオリティ。不満はない。

午後2時すぎ、市街南部にあるバイエルン駅(Bayerischer Bahnhof)に向かい、「バイエリッシャー・バーンホーフ(Gasthaus- & Gosebrauerei "Bayerischer Bahnhof")」で昼食を。ドイツにおける現役最古(1842年開業)の頭端式駅で、その名の通り、かつてここからバイエルンやオーストリア方面行きの列車が発着していた。歴史的駅舎内に設置されたレストランは、雰囲気もよく、店内に置かれた醸造機で製造されるライプツィヒ名物の「ライプツィガー・ゴーゼ」は格別の味わいだったが、料理の方は良くも悪くも旧東ドイツらしい内容であった。ホテルに戻り、仮眠。

午後7時すぎ、ゲヴァントハウスへ。リッカルド・シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団による年末恒例、ベートーヴェンの交響曲第9番の演奏会。

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会場内には、地元の家族連れに混じり、日本人旅行客の姿が多数。年末年始シーズンが始まったことを感じさせる。

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筆者が代理店経由で確保した座席は平土間中央12列目下手より。ゲヴァントハウスには、一昨年に足を運んだことがある。しかし、その際はステージ横の座席(サントリーホールでいうところのRAブロックに相当する場所)であったため、会場の音響を十分に堪能することができなかった。今回は、一般発売前に代理店向けにチケット販売が開始されているとの情報を得たため、前回の教訓を活かし、信頼できる代理店筋を通して、平土間の最良ポジションの確保を目指した。この筆者の読みは的中し、おそらくこのホールで最も音響が良いと思われる平土間中央後方の確保に成功した。なお、この付近の座席は全て代理店向けに販売されていた模様で、平土間中央の12列目から3列の座席の大半を日本人が占めるという異様な光景が見られたが、現地の人にはどのように映っているのであろうか。

今回のゲヴァントハウスの音響は、ステージ上でやや丸みを帯びた個々の楽器の音色が、一枚の大きな額縁の中にバランスよくまとまり、解像度を保ったまま、音の塊としてまっすぐ届いてくるという印象であった。また、ステージの背後に配置された大人数の合唱は、人数の割には響きはまろやかで、適度な距離感があった。そのため、発音の瞬間は力強く鳴るが、その後の残響は薄めで、余韻はスっと消える。シューボックス型のホールのように、周囲から響きに包み込まれるという感覚はない。独特な響きであり、好みは分かれるであろうが、ベートーヴェンの「第九」を聴くにあたっては、ベストポジションである平土間中央後列が確保できる限りにおいて、申し分のない条件であるといえよう。

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さて、演奏の方だが、シャイーがなかなか良い仕事をしてくれた。ちなみに手元の測定によると、楽章別のだいたいの演奏時間は、第一楽章が13分、第二楽章が15分、第三楽章が13分、第四楽章が23分。第二楽章では、ほぼ全ての繰り返しを実行している。使用楽譜は様々な版の折衷。既に発売済みの全集版から変わるところはないと思われる。

この日は三日間にわたる第九演奏会の初日。それゆえ、序盤はどうしてもオーケストラの腰が重くなってしまう。とりわけ第一楽章では、身体が温まっておらず、反応が鈍いオーケストラを相手に、シャイーが畳み掛けるような煽りを繰り返し、なんとか快速テンポに導こうと躍起になっていたのが面白かった。演奏者の目線から言えば、「そこでさらに煽りますか」とでも言いたくなるような箇所が多数。しかし、これは職人シャイーの計算に基づく挑発であり、初日ならではスリリングさが演奏全体の緊張感を一気に高めることに大きく寄与していた。裏拍から入るパートに若干の乗り遅れが散見され、縦の線が完全には揃いきらない瞬間も少なくなかったが、フレーズ末尾ではシャイーの魔術により帳尻が合っていたので、音楽的な違和感はなかった。

第二楽章も速い。このテンポでなければ、反復の数々を聴き通すのは苦しかったであろう。また、第一楽章と同様、普段はあまり聴こえてこないパッセージにもスポットが当てられており、それらのスパイスも相まって、最後まで飽きずに楽しむことができた。この独特のメリハリの付け方は、ベートーヴェンの解釈としては賛否両論であろうが、純粋にライヴで愉しむという観点からは、演奏効果も高く、個人的には評価できる。なお、第二楽章中間部直前で、Timpを主体に煽りのダメ押しを入れたのはかなり痛快で、普通のオーケストラであれば、その後にソロを受け持つホルンやオーボエから刺されてもおかしくない行為といえるが、ゲヴァントハウス管の名手たちは、動じることなく飄々と演奏していて、流石だと思った。この抜群の安定感が功を奏して、第二楽章の中間部では、コラール風の美しいカンタービレが花開いた。

音楽が化けたのは、第三楽章からである。雑味や色気がなく、純音楽的なアプローチ。バッハの協会音楽に由来する厳粛さ、そこにシャイーらしい明るく柔和なカンタービレが彩られることで、謙抑的でありながらも、歌心に満ちた天国的な美しさがホール内に染み渡った。この崇高でありながら前向きで明るい響きは、シャイーとゲヴァントハウス管だけが成し遂げられるものであり、しかもこの場所でなければ表現され得ない音色といえるであろう。

第四楽章も格調が高く、立派な演奏であった。合唱が入ると、バッハのカンタータのような雰囲気が色濃く現れる。そこにベートーヴェンらしい力強いフォルティッシモが厳格に注ぎ込まれるので、その鼓動の強さは計り知れない。「第九」を聴いて、身体の内側から突き動かされるような衝動を感じたのは、今回が初めてである。オーケストラのアンサンブルも、序盤とは比べ物にならないほどにテンションが高まっており、初日らしい緊張感と高揚が存分に感じられる素晴らしい演奏であった。この高みに到達するまでの演出を見事にやってみせるシャイーのセンスと統率力は、ゲヴァントハウス・カペルマイスターの名に相応しい堂々たるものであった。

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終わってみれば、65分程度という短い演奏時間ではあったが、満足度はすこぶる高い。これほど後味の良い「第九」は初めてだ。お酒に例えれば、旨みがありながら、余韻が綺麗で、スっと舌の奥に入ってゆく、そんな日本酒をイメージしたくなる演奏会である。日本のオーケストラの場合、残念なことに、微妙な傷や響きの濁りにより、無駄なストレスや失望を感じる瞬間が少なくないが、そういった余計な心配や不快感を持つ瞬間が一回も無かったというのは、この日の演奏会の音楽的なクオリティの高さを示している。

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ゲヴァントハウス管は、個々のメンバーの技量の点では、日本のトップレベルのプロ団体と大差ないかもしれない。しかし、250年を超える伝統に支えられたアンサンブル技術の高さは、確かなものだ。基礎力の違いは歴然としている。奏法や和声観の統一性、音の処理や余韻への意識の一致、カンタータやオペラを通じて培われたドイツ本流のカンタービレの基礎の共有。これらは、指が回るかどうかとは別の次元だ。大ホールのオルガン前には「Res severa verum gaudium ― 真の歓びとは真面目な仕事にほかならない」との座右の銘が刻印されているが、日々の活動を通じて個々の奏者が備えるに至った見識と献身的な姿勢が、オーケストラのバックボーンとなり、そして団体の個性と水準を決定づけているのであろう。この点において、ゲヴァントハウス管の水準に並ぶ団体は少なく、少なくとも日本のオーケストラは太刀打ちできないであろう。

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終演後は、ツアーの観光客が集まりそうな「アウアーバッハス・ケラー」は回避し、聖トーマス教会近くの「テューリンガー・ホーフ(Thüringer Hof zu Leipzig)」で、地ビールと鹿肉のグラーシュを。小麦を感じるピルスナーが美味しい。付け合わせの味付けが微妙に甘いのはご愛嬌か。

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(公演情報)

29. DEZEMBER 2013
20:00 Großer Saal
GROSSES CONCERT ZUM JAHRESWECHSEL

Riccardo Chailly
Camilla Tilling, Sopran
Gerhild Romberger, Alt
Simon O'Neill, Tenor
Ain Anger, Bass

Gewandhausorchester
Chor der Oper Leipzig
GewandhausChor
GewandhausKinderchor

Ludwig van Beethoven
9. Sinfonie d-Moll op. 125
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[2014/01/02 19:35] | 海外視聴記(ライプツィヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
ライプツィヒ・ミュンヘン行き(11年11月)②―ブロムシュテット指揮ゲヴァントハウス管「ブルックナー9番」ほか
11月26日午後7時半、ゲヴァントハウスへ。ヘルベルト・ブロムシュテッと指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による演奏会。バッハのヴァイオリン協奏曲第2番とブルックナーの交響曲第9番が採り上げられた。

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筆者に割り当てられた座席は、舞台下手サイドの5列目。サントリーホールでいうところのRAブロックに相当する。舞台前方に位置する弦楽器の音が遠く感じられたが、ホールの奥行きがそれほどあるわけではないので、舞台上の音はホールの壁を伝って良い具合に回ってくる。逆に、舞台後方の管打楽器は、舞台上からの直接音がかなり強かった。

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プログラム前半は、バッハのヴァイオリン協奏曲第2番。鬼才レオニダス・カヴァコスが独奏を務めた。

ゲヴァントハウス管による伴奏は、バッハ演奏の王道だ。ふくよかさとしなやかさを兼ね備えた響きと、折り目正しい適切な拍子感は、極めてシンプルなこの作品に、心地よい推進力をもたらす。聖トーマス教会での演奏を通じて慣れ親しんでいるだけに、正統的なバッハ演奏のメソッドが身体に染み込んでいるのが感じられた。

一方、カヴァコスの独奏は、ピリオド奏法のアプローチに依拠した直線的な演奏。細い線ながら艶やかな音色は、悪くはないが、金属的な響きがストレスフルだし、ゲヴァントハウス管の醸し出す音楽の流れともミスマッチな箇所が多かった。第一楽章と第三楽章は、粗野なリズム感で黙々と直進するのみで、変化も余裕もない。肝心な決め所で音がかすれるミスが数回発生したため、客席からは溜め息が漏れる場面も。他方で第二楽章は、個々の装飾を綺麗に飾ってはいるが、全体としては散漫な印象。一つの楽章が終了するたびに、客席内は、異論を唱えるかのようにガヤガヤと騒がしくなり、なかなか次の楽章を開始することができない状況も。

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この街のバッハに対する想いの強さは、格別のものがあるようだ。カヴァコスも、他の街であれば、今回のような演奏であっても、鬼才として高く賞賛されたのであろう。音楽の街ライプツィヒは、実に恐ろしい場所である。

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プログラム後半は、ブルックナーの交響曲第9番。ゲヴァントハウスの黄金時代を築いたこのコンビがどのような演奏を魅せるのかが最大の関心事であった。

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ブロムシュテットは、まるで精密機械のチューニングをするかのように、繊細な指示で音楽を組み立てていく。タクトから示される指示の情報量は、彼がN響を指揮するときよりも格段に多く、入念な仕上げがなされてきた経緯が窺われる。オーケストラの反応もすこぶるよく、ディテールへの見通しのよさは終始一貫していた。

それゆえ、本来であれば、圧倒的な名演が生まれて然るべきであった。しかし、実際には、縦横の線を細部まで徹底して合わせるという以上のレベルに到達できていなかったというのが筆者の率直な印象だ。

第一楽章の前半は、几帳面さが裏目に出て、音楽が流れない。第一主題では音型の描き分け以外のことがなされず、第二主題からも歌は沸いてこなかった。小綺麗にまとまってはいるが、どこか物足りない。一方で、こうした悶々とした流れの中、突如として、金管楽器が勇ましく音をぶっ放すから、押し出しの強さが裏目に出てしまい、表面的な印象を与えてしまう。
筆者の座席では、弦が遠く、逆に管打楽器が生々しく聴こえたため、そうした傾向が誇張されて感じられたのかもしれないが、それだけではなかったと思う。実際、後半に訪れる息の長いクレッシェンドでは、音楽の積み上げが見事に決まり、頂点のフォルテシモにおいて音楽が爆発したし、末尾の直前に訪れるフェルマータ前のフォルテシモも、細かい八部音符の音型が立体的に組み合わさり、凄まじいクライマックスが築かれていた。
やれば出来るはずなのに、なぜ集中力が続かないのか、なぜ冒頭からテンションを上げないのか、自問自答を繰り返しているうちに、第一楽章が終わってしまった。

第二楽章は、この日の中では最も良かった。悪魔が牙をむくようなフォルテシモの連打と、田園的で軽やかなスタッカートの対比が明快で、音楽的にも充実していた。音楽自体が断片的なので、この日のような状態でも、演奏効果を導き出すことができたのだろう。

第三楽章も、第一楽章と同様。兎にも角にも、弦楽器の奏でる音楽に力がなく、音符にスピリッツが宿らない。部分的には、熱演風にも見える場面もあった。しかし、瞬間芸であり、全体の潮流には結び付くものではなかった。研ぎ澄まされた弱音は、綺麗にまとまってはいたが、それ以上のものには感じられなかった。

この日の演奏では、見通しの良いバランスと入念な創り込みが施されていて、なるほどと思う瞬間はたくさんあった。世界中を探しても、これだけの精度でアンサンブルを構築できるコンビは、他に見当たらないともいえる(逆に言えば、巷で行われている演奏では、誤魔化しが蔓延しているということである。)。本来であれば、それだけで満足すべきなのかもしれない。

しかし、筆者の知るブロムシュテットは、それに留まらず、巨大なスケールの音楽を描ける指揮者である。実際、この日も、几帳面なタクトの背後には、脈々とした音楽の潮流が感じられた。弦セクションのメンバー全員に、もう少し気迫が漲っていれば、フレーズの後半で息切れすることはなく、それゆえ、音楽の流れは様変わりしていたであろう。響きを保ち、そして次に繋げようとする一押しを、是非とも気持ちで演出して欲しかった。

3日連続の演奏会の最終日であったため、たまたま注意力が散漫になってしまったのだろうか。それとも、前2日も同様だったのだろうか。そもそも、筆者に割り当てられた座席が良くなかっただけなのか。複雑な心境で帰路に着いた。

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終演後は、ゲーテも通ったとされる1525年創業の老舗レストラン、アウアーバックス・ケラーへ。雰囲気は上々。味は普通。有名観光スポットの一つゆえ、訪問したこと自体に意義を見出すべき場所である。小一時間で夕食を済ませ、ホテルに戻る。


(公演情報)

26.11.2011, 20:00 Uhr
Großer Saal

Gewandhausorchester
Herbert Blomstedt - Dirigent
Leonidas Kavakos - Violine

Johann Sebastian Bach / Konzert für Violine und Orchester E-Dur BWV 1042
Anton Bruckner / 9. Sinfonie d-Moll
[2011/11/29 07:30] | 海外視聴記(ライプツィヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
ライプツィヒ・ミュンヘン行き(11年11月)①―トーマス教会合唱団
11月26日朝、LH2283便にてミュンヘンへ。そしてLH2166便に乗り継ぎライプツィヒへ。ライプツィヒ空港は、地方都市の小さな空港で、便数も少なく、市内へのアクセスが思ったよりも不便であった。

午後1時半頃、ライプツィヒ中央駅に到着し、隣の敷地に立つベスト・ウェスタン・ライプツィヒ・シティ・センターへ。旧東ドイツ時代のホテルを改装して利用していると思われるが、3つ星にしては、居心地の良いホテルである。

チェックインの後、街の中心地へ。ライプツィヒの見所は、リングと名の付く大通りで囲まれていて、全て徒歩圏内。街中は、クリスマスマーケットの最盛期で、異様な盛り上がりを見せていた。旧市庁舎やニコライ教会、そしてマルクト広場周辺のマーケットを覘きつつ、音楽の父バッハが活躍したトーマス教会に向かう。

トーマス教会では、金曜日の夕方と土曜日の午後に、トーマス教会合唱団とゲヴァントハウス管弦楽団メンバーによる演奏会が開催される。入場料が2ユーロという値段のためか、教会内は地元の聴衆と観光客で溢れかえっていた。

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午後3時、演奏会が始まった。祭壇前の階段に空きスペースがあったので、そこに座ることとした。

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プログラム前半は、オルガン曲や合唱曲の演奏。複数の作品が採り上げられたが、いずれも可もなく不可もなくといった印象。トーマス教会合唱団は、落ち着きのある響きを楽しませてくれたが、学校の発表会の域を超えるものではなかった。また、オルガン独奏は、フーガの旋律がもつれて団子状になるなど、技術的な問題が多かった。なお、途中で、教会のミサのように、列席した聴衆全員が斉唱する場面が設けられていたのには驚いた。欧州では、これが日常風景なのだろう。

プログラム後半は、バッハのカンタータBWV132。ゲヴァントハウス管のメンバーは、柔らかさとしなやかさに満ちた格調の高い響きで、教会内の空間を包み込んだ。伝統がしっかりと受け継がれていることを実感した。それゆえ、オーケストラを聴いている分には申し分なかったのだが、問題は独唱陣。トーマス教会合唱団のメンバーが担当したのかもしれないが、旋律の途中で何度も失速し、呼吸の深いオーケストラのテンポ感に全く付いていけていない。音程もリズム感もチグハグで、正直、聞くに堪えなかった。

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バッハをキチンと演奏するのは難しいということなのだろうか。

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午後4時過ぎに演奏会は終了。再びクリスマスマーケット内を散策しつつ、ホテルに戻った。


(公演情報)

26.11.2011, 15:00 Uhr
Thomaskirche

Thomanerchor Leipzig
Gewandhausorchester
Georg Christoph Biller - Dirigent

Johann Sebastian Bach
Kantate "Bereitet die Wege, bereitet die Bahn" BWV 132
[2011/11/29 07:04] | 海外視聴記(ライプツィヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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