ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(13年12月)①―カンブルラン指揮シュトゥットガルト州立歌劇場「ファルスタッフ」
12月27日午前1時すぎ、NH203便にて羽田からフランクフルトへ。今回は正規ビジネスクラスを予約済みであったため、座席は保証されていたが、周りの様子を見るとアップグレードによる人々もそれなりにいたようで、やや選択を過った感も否めない。ともあれ、今回の旅程で鑑賞する「ファルスタッフ」と「ラ・ボエーム」の楽譜の予習に集中し、ある程度は時間を有効活用することができた。

午前中から昼過ぎまでは、ダルムシュタットの劇場で働く友人と待ち合わせて、劇場見学とランチ。箱は小さいものの、痒いところに手の届く設備の機能性と充実ぶりは流石であり、ドイツの歌劇場の伝統を見せつけられたように感じた。午後3時すぎのICEでシュトゥットガルトへ移動。午後5時前に宿泊先であるHotel Ungerにチェックイン。シンプルながら、4つ星としての快適さが確保されており、これで82ユーロ朝食付きはリーズナブルである。

午後6時半すぎ、シュトゥットガルト州立歌劇場へ。シルヴァン・カンブルラン指揮によるヴェルディ「ファルスタッフ」。今年10月にプレミエを迎えた同劇場の今シーズンの新制作である。読響でお馴染みのフランス人シェフ・カンブルラン。その彼が現在音楽総監督を務めるドイツの名門歌劇場において、イタリアオペラの傑作「ファルスタッフ」を採り上げるということで、興味津々で会場に足を運んだ。

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筆者の座席は、平土間5列目中央。舞台はよく見え、また音響的にも臨場感が十分にあり、かつバランスも良いので、申し分はないが、オーケストラピットが深いため、カンブルランの様子がほぼ見えなかったのが残念であった。平土間一列目か会場席の最前列でなければ、カンブルランを目視するのは不可能であった模様である。

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カンブルランの紡ぎ出す音楽は、彼らしさに溢れるスマートなものであった。いわゆるイタリア的な色彩を求めるのはお門違いといえるが、ドイツの歌劇場の機能性に、カンブルランの卓越した響きのセンスが加わることで、カッチリとした額縁の中に、スタイリッシュなタッチで躍動的に描かれる旋律美と、管楽器を中心とした色彩豊かな装飾美が融合する立体的な音像が実現していたことには感銘を受けた。引き出された和音の響きは、時にマーラー的であり、時にモダンであり、その引き出しの多様さは、無限大である。とりわけ第二幕以降は、洗練された響きの数々に驚かされることが多かった。「ファルスタッフ」という作品がイタリアオペラの枠を超えた普遍性を兼ね備えていることが明確に示された演奏であった。

オペラ指揮者としてのカンブルランの実力の高さも、そのオーラから存分に堪能することができた。フレージングの力学が明快で、リズムや和声進行の運び方にも全く迷いがないため、アンサンブルのベクトルと行き先が必然的に一体化する。ふわっと掴んで、大きめにドライブをかけ、ポイントに流し込むというスタイルが音楽にスピード感と統一性をもたらしていたようだ。純粋な管弦楽作品の演奏時とは異なる指揮法であるが、理にかなったやり方で、大変勉強になる。

なお、オーケストラは、合いの手を中心に、割と痛烈かつ派手に鳴らしていたが、歌を邪魔する瞬間が皆無であったのは、カンブルランの明晰な仕分けに基づくものであろうか。音の鳴らせ方や和音の重心が重くならず、響き自体の透過性も高いことが成功の秘訣のようである。これがイタリアの歌劇場だと、力で押し出すような表現になってしまい、歌を喰ってしまうことにもなりかねないだろう。加えて、ドイツっぽい腰の座ったニュアンス、すなわち、頭拍中心に律儀に小節を数えようとする表情が、全幕を通じて全く露呈しなかったことも勝因といえよう。フランス人のセンスでイタリア語のイントネーションを捉えた場合、頭拍は軽く入って語尾に向けて息を吐くという言葉の運び方やフレージングには親和的であり、エッジの効いた合いの手との相性もよい。Allegroで、イタリア的な推進力や滑舌が後退するのは、無いものねだりゆえ、ここではこれ以上は触れない。

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キャスト陣は、ドイツの地方劇場らしく、基礎の備わった一流歌手がバランスよく配置されており、イタリア語のニュアンスには乏しかったものの、不満はない。演出の意図まで含めて身体に十分に染み渡っているため、プロダクションとしてのまとまりも良かった。第一幕第二場の九重唱は、最初のまとまりでは崩壊してしまったが、後半のまとまりではアンサンブルが整い、まさに会話が執り行われているような重層的な構図が浮かび上がっていた。ファルスタッフ役のアルベルト・ドーメンは、表題役に相応しい安定の演技と歌唱で、安心して観ていられた。フォード役のジゼム・ミスチェタは、カンブルランの好サポートも相まって、第二幕第一場のアリアを高い完成度でまとめていた。女性四人組のアンサンブルも良好。フェントン役のアターリャ・アヤンは、青さを感じる瞬間が無くもなかったが、訴求力のある伸びやかな歌唱で、好印象であった。他方、ナンネッタ役のプメザ・マチキザは、才能は感じるものの、まだ線が細く、ムラも散見された。第三幕第二場に訪れる最大の見せ場「Sul fil d'un soffio etesio」は、音程も含め、かなり不安定で、厳しかった。この場面がコケると、上演全体の完成度に大きく影響するので、さすがにダメージは大きかった。

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演出は、アンドレア・モーゼス。時代設定は現代で、第一幕第一場はギャングのアジト、第二場はスポーツクラブなど、かなり斬新だが、台本に書かれたことはきちんと履行しており、スマートにプラスアルファを狙う姿勢に好感が持てた。全幕を通じて給仕役の男性を登場させ、その男性に舞台上の進行を客観的に観察するという役回りを与えたことにより、鑑賞者の拠り所となる軸が舞台上に設定され、観客の共感を得ることに成功していた。舞台上のセットも必要十分なもの。舞台上を×印になりように約4メートルの板(隙間から奥が覗けるもの)で仕切り、手前から奥に向けて、中二階と二階を平台で組み上げるというシンプルなものだが、人の動線に適った工夫がなされていて、変化に富んでいる。秀逸であったのは、天井から舞台奥に向けて巨大な鏡を吊るしたことで、これにより舞台上の動きを上からも眺められるという仕掛けになっていた。人が入り乱れるシーンで、絶大な効果を発揮していた。付された演技には、喜劇としてのギャグも満載であったが、どれを見ても上品かつ目障りにならない範囲に収まっていて、舞台の流れに良いアクセントを加えていたといえる。唯一邪魔であったのは、場面転換中に挿入されたフォークソング風の音楽、及び第三幕第二場の始まりを告げるホルンのフレーズの合間に挿入されたチェーンソーの音。これらは明らかに音楽の流れを阻害していた。

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観客の多くは、いつもどおり芝居を観に来たというリラックスした雰囲気で、それ以上のこだわりを持った者はかなり少数派であった模様。カーテンコールは、ドイツの地方劇場らしい盛り上がりで、良くも悪くもドイツのローカルな温度感であった。カンブルランがご満悦のご様子であったのは微笑ましかった。
(撮影に失敗し、カーテンコールの模様をお伝えできないのが残念である。)。

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(公演情報)

Falstaff
Freitag, 27.12.2013, 19:00 Uhr

Musikalische Leitung: Sylvain Cambreling
Regie: Andrea Moses

Sir John Falstaff: Albert Dohmen
Ford: Gezim Myshketa
Fenton: Atalla Ayan
Dr. Cajus: Heinz Göhrig
Bardolfo: Torsten Hofmann
Pistola: Roland Bracht
Mrs Alice Ford: Simone Schneider
Nannetta: Pumeza Matshikiza
Mrs Quickly: Hilke Andersen
Mrs Meg Page: Sophie Marilley
Der Wirt (stumme Rolle): Maarten Güppertz

Staatsopernchor Stuttgart
Staatsorchester Stuttgart
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[2013/12/28 14:51] | 海外視聴記(シュトゥットガルト) | トラックバック(0) | コメント(0) |
シュトゥットガルト・ケルン行き(11年12月)②―大野指揮シュトゥットガルト州立歌劇場管
12月4日午前10時半、リーダーハレへ。大野和士指揮シュトゥットガルト州立歌劇場管弦楽団による演奏会である。

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マエストロ大野は、この日がシュトゥットガルト州立歌劇場管へのデビュー。Nacht-Gesichteをテーマに据え、ドヴォルザークの交響詩「野鳩」、シャリーノのAutoritratto nella notte、アルバン・ベルクのアルテンベルク歌曲集、プロコフィエフの交響曲第3番という大変意欲的なプログラムで本演奏会に挑んだ。客席内は、8割程度の入り。マニアックなプログラムの割には、よく入った方だといえる。

筆者の座席は、平土間中央上手側5列目。ベートーヴェンザールは、2000名近くを収容する大きなホールで、客席が扇状に広がっている。一昔前の公会堂のような造りだ。そのため、舞台上の音は拡散的に広がっていく傾向にあると予想するも、今回は前方席を確保したため、実態は不明。筆者の座席で聴く限り、ウェブ上の画像から想像したよりはまともな響きがしていた。

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午前11時すぎ、マエストロが登場。この数日のリハーサルを通じて両者の間に構築された信頼関係の強さが窺われる。マエストロの横顔からは、柔らかな笑顔とともに、この日の演奏会への意気込みの強さがにじみ出ていた。

プログラム前半一曲目は、ドヴォルザークの交響詩「野鳩」。初顔合わせのためか、マエストロのタクトは、普段よりも情報量が多め。各パートに対するアウフタクトを丁寧に出しながら、慎重な足取りで音楽を進める。
冒頭の葬送行進曲から、弦セクションのふくよかさ、木管セクションのしなやかさが融合し、哀愁を感じさせる響きが舞台上から立ち上がった。結婚の祝宴のシーンでは、表情に若干の硬さも感じられたが、暴発させることなく、折り目正しくまとめあげたあたりに、マエストロとオーケストラのバランス感覚の高さが表われていた。
後半に入り、弦セクションと木管セクションが伸びやかな旋律を歌い始めると、舞台上の空気は一気に融解し、活き活きとしたカンタービレが湧き上がり始めた。オーケストラが自然とテンションを上げ、音楽の悦びを体現している姿は、とても印象的であった。相手の懐に入り込むマエストロのセンスの良さは、抜群である。
終盤に登場する哀しげな野鳩の鳴き声は、音による視覚化ともいえるようなビジュアルさをもって、聴き手に迫る。最後は、感傷的になることなく、スッキリとした仕上げで、20分に及ぶ音のドラマが幕を閉じた。マエストロのデビューを飾るに相応しい充実の演奏であった。

プログラム前半二曲目は、イタリアの現代音楽の作曲家、サルヴァトーレ・シャリーノ作曲のAutoritratto nella notte。
限りない沈黙の下、常識を超えた多彩で個性的な楽器法の数々が、聴取が困難なほどの弱音で繰り広げられる。現代音楽の中でも最前衛と称すべき作品だが、マエストロは、沈黙のもたらす極度の緊張感を演出し、複雑怪奇な音の数々を非常にデリケートに浮かび上がらせていった。予習のためにネット上にアップされた録音を聞いた際には、さっぱり意味が分からなかったが、今回実演に接して、その面白さに気付かされた。
驚いたのは、聴衆の多くが、その異様ともいえるような演奏に集中し、そして面白さを共有していたことである。こうした光景は、マニアックな選曲と聴衆の質の高さで名高い読響の定期演奏会であっても、お目にかかることはできない。

プログラム前半三曲目は、アルバン・ベルクのアルテンベルク歌曲集。レベッカ・フォン・リピンスキが独唱を務めた。
シャリーノを聴いたばかりの耳には、アルバン・ベルクの前衛的な書法の数々も、不思議と馴染みやすく感じる。緩やかに、そして若干後ろ向きに揺れ動く響きの遷移は、20世紀前半のウィーンを想起させる。シュトゥットガルト州立歌劇場管の機能性の高さが印象付けられた。また、第三曲「きみは宇宙の果てを瞑想し」における神秘的な音響、第五曲「ここには平安がある」に垣間見られた重心の低い力強い音色は、アルバン・ベルクのオーケストレーションの魅力を十二分に伝えるものであった。独唱とのバランスの計り具合は、さすがマエストロである。
なお、レベッカ・フォン・リピンスキによる独唱は、手堅くまとめていたといえるが、圧倒的な存在感を示すほどではなかった。もっとも、独唱者にとって、この作品を魅力的に聴かせるのは、至難の業といえ、相対的に見れば、かなり良い線に至っていたと思われる。

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プログラム後半は、プロコフィエフの交響曲第3番。前衛的な書法、暴力的な響き、甘美な旋律が共存する不思議な作品である。無論、演奏上の難易度は高い。さすがのシュトゥットガルト州立歌劇場管も、手馴れていない模様で、苦労しながら演奏しているのが感じ取れる。
第一楽章冒頭から、マエストロは、オーケストラの手綱を締め、音楽の弛緩を防ぐべく、あらゆる手立てを講じる。それが功を奏したのか、第一楽章後半に至り、自然発生的にカンタービレが流れ出すと、今度は、締めていた手綱を幾ばくか解放し、小さく円を描くだけのシンプルなタクトに切り替えた。すると、音楽はスーッと前へと運び、そして、結尾は花びらが閉じるように収まった。一つの山を眺めているようだった。
第二楽章は、マエストロの物静かなタクトの下、神妙な足取りで音楽が進む。オーケストラの柔らかい響きが魅力的である。
第三楽章のスケルツォでは、コントラバス以外の弦楽器をそれぞれ3部に分けた13声部の弦楽器群により、前衛的な奏法が繰り広げられる。オーケストラの演奏には、若干の不器用さも窺われたが、各パートはキチンと整理されており、オーケストレーションの見通しは良好だった。
第四楽章では、重量感のある力強いサウンドが巨大な建造物のように浮かび上がった。なお、解釈によっては爆演系になることもあり、そのようなスタンスも、バシッと決まると圧倒的な感動を誘うが、この日の演奏は、そうした方向性とは一線を画す。マエストロは、楽章全体を通じ、知的なアプローチ。慎重すぎるようにも思われたが、この日のオーケストラの状況に照らすと、あれ以上に煽ると、演奏が崩れる危険もあり、ベストな選択であった。

カーテンコールでは、爆発的な拍手が湧き上がるというほどではなかったが、温かい拍手がいつまでも続いた。マエストロの表情からも、確かな手応えを感じている様子が窺われた。

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今回の演奏は、古典的な作品から現代音楽に至るまで、マエストロの手腕を示すには十二分すぎるほどの充実した内容であった。また、分厚い響きで、力強さを兼ね備えるシュトゥットガルト州立歌劇場管との相性の良さも、しっかりとアピールできていたといえる。シュトゥットガルト州立歌劇場のオペラ公演への出演が待ち望まれる。

終演後は、マエストロにご挨拶をし、クリスマス・マーケットで簡単に昼食を摂り、シュトゥットガルト中央駅へ。ICE974とICE122を乗り継ぎ、ケルンへ向かう。


(公演情報)

3. Sinfoniekonzert: Nacht-Gesichte
Sonntag, 04.12.2011, 11:00 Uhr // Liederhalle, Beethovensaal

Musikalische Leitung: Kazushi Ono
Sopran: Rebecca von Lipinski
Staatsorchester Stuttgart

Antonín Dvořák / DIE WALDTAUBE Sinfonische Dichtung OP. 110 (1896)
Salvatore Sciarrino / AUTORITRATTO NELLA NOTTE (1982)
Alban Berg / Fünf Orchesterlieder nach Ansichtskarten-Texten von Peter Altenberg op. 4 (1912)
Sergej Prokofjew / Sinfonie Nr. 3 c-moll op. 44 (1928)
[2011/12/06 05:04] | 海外視聴記(シュトゥットガルト) | トラックバック(0) | コメント(0) |
シュトゥットガルト・ケルン行き(11年12月)①―ハイドシュ指揮シュトゥットガルト州立歌劇場「魔弾の射手」
12月3日朝、ブリュッセル市内は久しぶりの雨模様だった。ブリュッセル南駅からタリスにてケルンへ。そしてICE515に乗り継ぎ、シュトゥットガルトへ。

正午すぎに到着。宿泊先のインター・シティ・ホテルに荷物を預ける。ちなみにこのホテル、駅に直結しているという利便性以外に、メリットは感じられなかった。ガイドブックに掲載されている有名レストランでも感じたが、黙っていても客が入ってくるような店では、殿様商売的な態度が見え隠れすることがある。街自体は、若い活気に溢れていて、良い雰囲気なのだが。

チェックインまでの間、街の中心で開催されているクリスマス・マーケットを散策し、時間を潰した。ウィーンやライプツィヒと比べると、マーケットのラインナップにも、都会の香りが漂う。

夕方、ホテルに戻り、午後7時半ころ、州立劇場へ。この日は、シュトゥットガルト州立歌劇場による「魔弾の射手」。20年以上にわたり再演を重ねているレパートリー演目である。

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筆者の座席は、3.Rang中央の1列目。この歌劇場は、客席数が1400席程度と小ぶりなため、舞台との距離が近い。音響に関しては、デッドだが、脚色されない素朴な響きで、ウェーバーのようなクラシックな作品を鑑賞するには丁度良かった。なお、この日は、学生団体が入ったため、客席は結構騒がしかった。

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この日の公演の立役者は、オーケストラである。シュトゥットガルト州立歌劇場管は、地味に上手い。作品を隅々まで知り尽くしている。自信に満ち溢れた彼らの姿には、ドイツ人の誇りがにじみ出ていた。

ウェーバーは、古典派からロマン派への移行期に位置する作曲家だ。「魔弾の射手」のオーケストレーションには、型のはっきりした様式性の強い書法から、後期ロマン派に通ずる雄弁な表現まで、多彩な要素が含まれる。そのため、演奏にあたっては、場面設定とスコアの書法を踏まえつつ、響きの軽重や明暗のバランスに細心の注意を払いながら、一つひとつの場面を描いていくことが求められる。シュトゥットガルト州立歌劇場管は、そうした描き分けを実に適切に行い、お手本のような演奏を展開した。これほど端正で瑞々しい演奏は、そうそうお目にかかれるものではない。

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セクション別にみても、魅力は満載であった。
厚みのある響きが特徴の弦セクションは、ウェーバー特有の刻みやレチタティーボといった伴奏型において、実力と意識の高さをアピール。筆者の座席から目視できた2ndヴァイオリンとコントラバスの首席奏者の弓の動きには、熟練の技が光っていた。また、第三幕ではヴィオラやチェロの独奏の毅然とした美しさが舞台に華を添えていた。
木管セクションは、オーボエが不調だったが、その点を除けば、フレージングのセンスがよく、また伴奏型でも実によい役回りを果たしており、セクションとしての完成度の高さを感じさせた。
「狩人の合唱」のテーマにおけるホルンセクションは、ドイツの王道を行く力強い響きで、技巧的にも完璧。その他、和音や裏打ちといった地味な伴奏型も、素晴らしい仕事ぶりであった。そして、重みと深みのあるティンパニが、オーケストラ全体の響きに奥行きを演出していたことも、注目に値する。

また、台本の進行とともに、緊張感と高揚感が高まり、そして、音楽に深みと透明感が増していくのも、実に素晴らしい。第二幕のアガーテのアリアにおける神秘的な美しさ、第二幕幕切れの劇的な描写、第三幕の活き活きとした晴れやかさは、特に印象に残っている。

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オーケストラと同様、合唱も充実していた。身体全体から発せられる分厚い響きは、さすがドイツである。キャスト陣と同等、あるいはそれ以上のアピール力を持っていた。「狩人の合唱」が駆け足気味になってしまったのが惜しかったが、これは合唱の問題というよりも、指揮者の問題である。

他方、キャスト陣に関しては、特に目ぼしい歌手は見当たらなかったが、バランスの良い配役だったと思われる。とりわけ、カスパール役のトゥオマス・プルシオが良い仕事ぶりをみせていた。悪役の動きが良いと、舞台全体が引き締まる。

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演出は、オーソドックスな構成だが、誰もがイメージするようなドイツ酒場の雰囲気を描いた第一幕や、客席に背を向けて表現されるアガーテのシーンは、王道を行く表現であった。ドイツ人の陽気さを地で行く演技も見応えがあるし、コミカルな表現や銃声などを効果的に織り込むことで、メリハリの効いた舞台に仕上がっていた。個人的に興味深かったのは、第二幕の狼谷の場面。悪魔とのやり取りを行う主人公らの周囲で、メルヘンの世界からやってきたような可愛らしい魔物がウロウロしていたのが、印象的であった。

なお、指揮台に立ったのは、ティモ・ハイドシュという若い指揮者。教科書通りの振り方で、真面目に取り組んではいたが、存在感は薄かった。そもそも、アウフタクトのオーラが弱いため、テンポの変わり目で音楽が迷走してしまう場面が散見される。加えて、キュー出し後のフォローがなく、音楽の潮流に対するグリップが足りないので、着地点が見えず、独唱や合唱のフレーズの末尾が緩んだり転んだりで収まりが悪かった。もっとも、これらは経験の浅い指揮者にはよくみられる傾向であり、反面教師としなければと心に誓った。

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終演後は、Zum Paulanerというビアホールで、ビールとともに、シュトゥットガルトの郷土料理であるマウルタッシェンを。途中、相席となったドイツ人の親子に話しかけられ、ビールを片手に、陽気に会話を楽しんだ。午後11時半頃、ホテルに戻り、そのまま就寝。


(公演情報)

Der Freischütz
Von Carl Maria von Weber

Samstag, 03.12.2011, 19:00 Uhr // Opernhaus

Musikalische Leitung / Timo Handschuh
Regie, Bühne und Kostüme / Achim Freyer

Ottokar / Michael Ebbecke
Kuno / Karl-Friedrich Dürr
Agathe / Michaela Schneider
Ännchen / Pumeza Matshikiza
Kaspar / Tuomas Pursio
Max / Will Hartmann
Ein Eremit / Matthias Hölle
Kilian / Daniel Kluge
[2011/12/06 04:54] | 海外視聴記(シュトゥットガルト) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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