ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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ブルージュ行き(11年8月)②―ブルージュ古楽祭三日目
8月7日朝、国鉄でブルージュへ。午前中は、ブルージュ観光の定番であるマルクト広場、鐘楼、聖母教会、ビール醸造所などを見学。
ペギン会修道院近くの小さなビストロ、Restaurant de Bekoringで簡単に昼食を摂ったが、愛想は良いものの、味は値段相応という感じで、可もなく不可もなくという印象だった。

さて、この日は、ブルージュ古楽祭の三日目。ブルージュの二駅隣、白壁の家が立ち並ぶ小さな村リッスウェグが会場だ。午後1時半ころ、会場である聖母教会に到着した。

午後2時からのコンサートは、弦楽アンサンブル(viool(2)、altviool(2)、cello(1))に、通奏低音(violone、luit、klavecimbel&orgel)、オーボエ、ソプラノ独唱を加えた編成による室内楽。教会で聴く古楽アンサンブルということで、楽しみにしていたが、期待はずれに終わった。

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一人ひとりは色々と考えながら演奏しているのだろうが、全体としての統一性や方向性が見えてこない。タイミングは合っているが、ベクトルがバラバラである。それゆえ、和声進行にドキドキ感が伴わないし、教会という空間の持つ独特の雰囲気を活かせていない。残響が長く、弦楽器にとってはメリハリを付けにくいというハンディがあったことを割り引いたとしても、結果としては、日本でもよく見られるソリスト寄せ集めのその場限り演奏会に近い完成度であった。

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午後3時半からのコンサートは、教会横に設置された特設テント内で、イタリアのシャンソンやフォークソングの演奏。ウェブ上ではチケットは完売だったが、開演間際に当日券が出たため、思いもかけず、最前列を確保。ショーとして、エンターテイメントとして、気楽に楽しめた。イタリアの民謡のテンポ感や空気を感じ取れたという意味でも、飛び入りで会場に入って大正解。

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午後6時からのコンサートは、再び聖母教会に戻り、合唱に通奏低音を加えた編成によるモテット集の演奏。
バッハ一族の作品と、現代作品を組み合わせた意欲的なプログラムである。両者を並べて聴いても、さほど違和感を感じないというところに、バッハという作曲家の凄さが垣間見られる。しかも、バッハ一族の中でも、J.S.バッハの作品には、和声進行や曲の構成に光るものがあり、有名なだけのことはあると実感した。

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教会という空間は、アカペラコーラスに最も適した場なのかもしれない。教会の豊かな残響をそのまま楽しむことができた。後半の冒頭で演奏されたSven-David Sandströmの作品は、技術的にも難易度の高い作品と思われるが、ステージの背後で、静かに開始されたアカペラコーラスは、教会の奥行きを存分に活かし、遠近感と幅のある音像を創出しており、秀逸であった。

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ただ、若い団体であるためか、休符やゲネラルパウゼで音楽の流れがぶつ切りになってしまう傾向にあったことに加え、フーガや対位法的な絡み合いにおいて、集中力が持たない場面が散見された。眼の前の音符を処理することから脱却できておらず、目的地についての共通認識の形成までには至っていないのだろう。指揮者は、和声進行の緊張感の程度をよく分析し、終止形に向けた大きな方向性を示す必要がある。加えて、細かい動きを伴う箇所で、歌手がコントロールし切れていない場面も見られた。ポリフォニックな響きには伸びがあり、美しかっただけに、惜しい限りである。

ともあれ、この日のリッスウェグは、音楽を愛する人々で溢れていて、とても雰囲気が良かった。

終演は午後8時前。リッスウェグ駅から国鉄を乗り継いでブリュッセルへ。午後10時半すぎに帰宅。

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(公演情報)

MA festival

Zo 7 Aug. 14:00 Kerk Lissewege

Les Passions de l'Ame
Meret Lüthi / artistieke leiding
Ulrike Hofbauer / sopraan

Heinrich Bach (1615-1692) -- Sonate à 5 nr.1 in C
Johann Gottlieb Goldberg (1727-1756) -- Triosonate in C (BWV 1037)
Johann Sebastian Bach (1685-1750) -- Ich bin vergnügt mit meinem Glücke (BWV 84)
Heinrich Bach (1615-1692) -- Sonate à 5 nr.2 in F
Johann Christoph Bach (1642-1703) -- Meine Freundin, du bist schön / Ciacona


Zo 7 Aug. 15:30 Spiegeltent

Lucilla Galeazzi / zang
Davide Polizzotto / gitaar

"Bella Ciao"


Zo 7 Aug. 18:00 Kerk Lissewege

Pygmalion
Raphaël Pichon / dirigent

Johann Bach (1604-1673) -- Sei nun wieder zufrieden
Johann Christoph Bach (1642-1703) -- Der Gerechte, ob er gleich zu zeitlich stirbt / Ich lasse dich nicht
Johann Sebastian Bach (1685-1750) -- Komm, Jesu, Komm (BWV 229)
Philippe Hersant (1948) -- Aus tiefer not schrei ich zu dir
Sven-David Sandström (1942) -- Es ist genug
Carl Philipp Emmanuel Bach (1714-1788) -- Bitten (Wq 194 nr.9) / Der Kampf der Tugend (Wq 194 nr.53)
Johann Sebastian Bach (1685-1750) -- Jesu, meine Freude (BWV 227)
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[2011/08/08 06:40] | 海外視聴記(ブルージュ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブルージュ行き(11年8月)①―デ・マルキ指揮アカデミア・モンティス・レガリス―ブルージュ古楽祭
8月5日夕方、職場からブリュッセル南駅へ向かい、そこから国鉄でブルージュへ。この日は、ブルージュ古楽祭初日。午後6時すぎにブリュッセル南駅を出れば、午後8時の開演時刻に間に合う。スケジュールはタイトだが、日帰りで会場に向かうことにした。

午後8時前に会場であるブルージュのコンサートホールに入る。ブルージュ古楽祭の初日を飾るのは、アレッサンドロ・デ・マルキ率いるイタリアのピリオド・オーケストラ、アカデミア・モンティス・レガリス。恥ずかしながら、筆者は、この日まで彼らの存在を全く知らなかった。この日の座席は、前から3列目の上手側サイドである。

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今回は、全く予習をせずに会場に向かったが、最初の数小節を聴いただけで、目が覚めた。

第一に、個々の演奏者の意識の高さは、筆者が体験した中でもずば抜けていた。音の一つひとつに対して魂をこめながら、しかもそれを愉しみながら奏でている様子が手を取るように分かるのだ。身体と一体化した楽器から発せられる音色からは、人間の鼓動がそのまま伝わってくる。弦楽器のガット弦の余韻は、肉声そのものであり、独唱や合唱との掛け合いやコラボレーションは、人間の対話のように聞こえた。
深く、力強く、そして高いテンションで迫るフォルテの説得力、厳粛さとカンタービレの双方が織り込まれたピアノの様式美、はかなく消え行くピアニシモの繊細さ、足し算と引き算が絶妙なバランスで組み合わされており、聴き手を全く飽きさせない。

第二に、アンサンブルという観点からも、安定した躍動感で存在感を示した通奏低音集団や、音楽的にも的確なリードをしていたコンミスを中心に、高揚感と冷静さが同居した職人技が随所に見られた。
筆者が特に注目したのは、舞台中央に陣取ったリュート奏者である。派手な動きはないが、テンポ感や和声感は全て背中が語っている。そして、通奏低音が仕掛けるべきところでは、ほんのわずかだけ先に低音を引っ掛けて、全体の起爆剤を準備する。作為的にならないところが素晴らしい。彼の存在そのものが「音楽」であった。
なお、この日は、テンポの速いフーガ風の曲などの二箇所で、独唱や合唱がわずかながら先に転がっていくような兆候が見られたが、そのようなときでも、音楽は止まらなかった。指揮者の仕草を受け、管弦楽と歌の双方においてパートリーダーから他の奏者に対して瞬時に信号が飛び、これを各演奏者がすぐにキャッチし、それぞれのテンポ感との平仄を取りながら、数小節先に現れる音楽的な落としどころに向けて自然と集結していく。感受性の豊かな演奏者が揃い、その中で共通の理解が形成されていれば、このような芸当が出来るのだ。無理に手綱を締めるなどして、音楽の流れを阻害する必要はない。

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第三に、ソリスト陣も合唱も、声楽的な基礎の厚さを十分に発揮できていた。技術的には、かなりアクロバティックなことが要求されていたはずだが、そういう「難しさ」が表に出ることは、特段見当たらなかった。全員が誇りを持って伸び伸びと歌っている姿は、見ていて気持ちがよいものである。ソリスト陣の中では、ソプラノのロビン・ヨハンセンと、カウンターテナーのマーティン・オーロが、歌唱として聴かせるだけの余裕と安定感を兼ね備えており、とても説得的であった。

なお、この日の充実した演奏が、指揮者のアレッサンドロ・デ・マルキの卓越した手腕の結果であることは、言うまでもない。

一つだけ残念だったのは、会場の音響環境がよくなく、PAによる補強が多目に加えられていたこと。舞台上の反響板に見える壁は、実はブライド状の隙間だらけのもので、全体として、東京国際フォーラムCホールのような構造になっている。会場のキャパシティが小さいのが救いだが、プロダクションが良いだけに、勿体無い気がした。もっとも、古楽をPAなしの室内で鑑賞するというのは、貴族級でなければできない贅沢ではあるのだが。

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終演は、午後10時20分。小走りにブルージュ駅に向かい、午後10時35分発の国鉄に滑り込む。夕食抜き、かつ列車の接続も間一髪という強行軍だったが、満足度の高い一夜であった。

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(公演情報)

MA festival 2011
Vr 5 AUG. 20:00 Concertgebouw Concertzaal

Academia Montis Regalis
Alessandro De Marchi / Dirigent
Roberta Invernizzi / Sopraan
Robin Johannsen / Sopraan
Martin Oro / Alt
Markys Brutscher / Tenor
Antonio Aberte / Bas

plainchant -- Deus in adiutorium
Antonio Caldara -- Haec est Regina Virginum / Laetatus sum
Georg Friedrich Händel -- Saeviat tellus inter rigores (HWV 240)
Antonio Caldara -- Te decus virgineum
Georg Friedrich Händel -- Dixit Dominus (HWV 232) / Salve Regina (HWV 241)
plainchant -- Ora pro nobis / Protege, Domine
[2011/08/06 08:56] | 海外視聴記(ブルージュ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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