ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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モネ劇場―マスネ「シンデレラ(サンデリヨン)」(2回目)
12月28日午後7時半すぎ、モネ劇場へ。演目は前回と同じくマスネ「シンデレラ(サンデリヨン)」だが、今回はBキャストの日で、サンデリヨン役と王子役が前回と異なる。また、クリスマス明けの3公演は指揮者も交替しており、この違いがどのように現れるかが筆者個人の最大の関心事だった。

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筆者の座席は、Balcon 2の下手側サイドの1列目。あえて舞台に近い座席を選んでみた。舞台が一部見切れるが、役者の表情を窺えたり、オーケストラピットの中を覗いたりできるので、前回とは異なった楽しみ方が出来た。

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舞台は、とても安定している。各役者の演技に関しては、奇をてらう動きはないし、演出家から細かく指示を受けた形跡もないが、合唱の一人ひとりに至るまで、舞台人としての晴れ晴れとした表情が板についており、こういう仕草が自然に出来ているあたりは、さすがというほかない。

王子とサンデリヨンの二重唱や、サンデリヨンとパンドルフの二重唱など、音楽的に内容の濃いシーンでは、「静」を基本とし、一般的なオペラの演出と異なるところはないにもかかわらず、全体として舞台に変化と緊張感が漲っていたのは、立ち位置のプランニングの秀逸さ、そして役者が多く登場する「動」のシーンにおける変化の多彩さに起因するのではなかろうか。個々を見ると、動きはシンプルだが、立ち位置やタイミングを微妙にずらすことで舞台に奥行きが出る。また、舞台上の役者全員がバタバタと動き回った直後に、ある一定の方向に向けてストップモーションで視線を送るといった手法も、遠近法の一種として効果的に用いられていた。また、合唱団の中に混じったバレエダンサーらが積極的に身体を動かすことで、合唱団の動きにもリズム感が生み出されていた。

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キャスト陣に関しては、クリスマス休暇で身体を休めたためか、ダブルキャストではないキャスト陣の歌唱の伸びは、前回よりも良かった気がする。サンデリヨン役のリナート・シャハムは、Aキャストのアンネ・カトリーヌ・ジレと比べると、表情の変化や声の伸びの点では、若干物足りなかったが、大人なサンデリヨンで、悲痛さや孤独さの表現に関しては、より迫るものがあった。王子役は、Aキャストとは異なり、テノールが務める。フレデリック・アントゥーンが演じたが、歌唱も演技も申し分なかったものの、「シンデレラ(サンデリヨン)」という作品の性質に照らすと、メゾソプラノが演じた方が説得力がある気がする。というのも、男性的な仕草に関しては、当然のことながら、テノールが演じた方が様になるのだが、王子とサンデリヨンが男女のペアで演じられると、少年と少女の物語というイメージからかけ離れ、通俗的な男女の恋物語という雰囲気が強く出てしまうからだ。無垢な王子と母性愛を秘めるサンデリヨンという組み合わせがベストではないかと感じた。

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モネ歌劇場管は、この日も好演。サミュエル・ジャンの指揮は、要所を押さえた捌き方で、テンポよく音楽を運んでいた。アルティノグリュと比べると、振り方が大雑把なので、音楽の緻密さは後退したが、骨太で腰の据わった開放的な響きで、モネ歌劇場管らしい素朴で自由なサウンドが展開。アルティノグリュの指揮では、マスネの描いた室内楽的な響きが強調されていたが、ジャンの指揮では、逆にシンフォニックなスケールの大きさが浮かび上がっていた。前回とは座席が異なり、この日はオーケストラピット内の生々しい音がダイレクトに届く場所であったため、単純な比較は出来ないが、同一のプロダクションといえども、指揮者によりこれだけ音色が異なってくるというのは、面白い発見であった。

カーテンコールでは、特に階上席から盛大なブラボーが飛んでいた。日による母集団の違いも興味深い。

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この日は、筆者にとっては、ブリュッセルでの最後の音楽鑑賞であった。二日後の朝には、ブリュッセルを発つ。実質4ヶ月ではあったが、ブリュッセルという街で繰り広げられる数々の演奏会に接し、良くも悪くも多くのことを学んだ。なお、モネ劇場に関しては、公演終了後1ヶ月間は、ネット上で上演の模様を鑑賞することができる。今後も定期的にチェックしていこうと思う。

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(公演情報)

We 28 December 2011, 20:00 (La Monnaie)

Music direction / Samuel Jean
Director / Laurent Pelly

Cendrillon / Rinat Shaham
Le Prince Charmant / Frédéric Antoun
Mme de la Haltière / Nora Gubisch
La Fée / Eglise Gutiérrez
Noémie / Ilse Eerens
Dorothée / Angélique Noldus
Pandolfe / Lionel Lhote
Le Doyen / Yves Saelens
Le Surintendant des plasisirs / Quirijn de Lang
Premier Ministre / Donal J. Byrne
Le Roi / Patrick Bolleire
Premier Esprit / Yuhmi Iwamoto
Deuxième Esprit / Charlotte Cromheeke
Troisième Esprit & Une Jeune Fille / Caroline Jestaedt
Quatrième Esprit & Une Jeune Fille / Amalia Avilan
Cinquième Esprit & Une Jeune Fille / Audrey Kessedjian
Sixième Esprit / Camille Merckx
Le Héraut / Pascal Macou

Orchestra / La Monnaie Symphony Orchestra & Chorus
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[2011/12/29 09:54] | 海外視聴記(ブリュッセル) | トラックバック(0) | コメント(0) |
モネ劇場―マスネ「シンデレラ(サンデリヨン)」
12月22日午後7時すぎ、モネ劇場へ。今シーズンの3つ目の演目は、マスネ「シンデレラ(サンデリヨン)」。

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マスネというと、思い浮かぶのは、「マノン」、「ウェルテル」、「タイス」だが、「シンデレラ(サンデリヨン)」に関しては、バレエ音楽やアリアを除くと、録音すらほとんど市販されていない状況。もちろん筆者も初体験。とはいうものの、ストーリーは、おなじみのシンデレラゆえ、馴染みやすい。クリスマス前のこの時期、劇場内には子供連れの姿が多く見受けられた。

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なお、前夜からベルギー全土でゼネラルストライキが決行されており、国内の公共交通機関は全て停止。国際列車タリスも運転を取り止め、ユーロスターもブリュッセル線は途中駅リールでの折り返し運転を強いられるという状況。クリスマス前のこの時期にゼネストを決行するとは、なかなかチャレンジングである。しかし、観客はそれぞれ車ないし徒歩で劇場に集う。劇場内はいつもどおり満席であった。さすがである。

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筆者の座席は、Balcon 1の下手側1列目。Categorie 1のこの座席は、値段だけのことがあり、視野も音響も申し分ない。モネ劇場の雰囲気を存分に愉しむことができた。上述のとおり、「シンデレラ(サンデリヨン)」は、初体験であったため、細かいことは分からないが、この日の公演は11回目、アラン・アルティノグリュが指揮するAキャストによる最終日ということもあり、大変密度の濃い充実した上演だったと思われる。

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モネ劇場を観て思うのは、演出と音楽のバランスがとても良いということ。他の劇場の場合、演出が暴走したり、スター歌手だけが目立ったり、マエストロの存在感が突出したりするなど、凸凹を感じることが多い。これに対して、モネ劇場の場合、よく考え抜かれた演出プランの下、音楽チームと十分に連携をしつつ、長期間にわたり、周到かつ念入りに準備が重ねられてきたことがわかる。しかもそれらは、決して独りよがりではなく、舞台に参加する全てのメンバーの共感に支えられており、観客に対するアピール力を兼ね備えている。この点は、チューリッヒ歌劇場やリヨン国立歌劇場にも当てはまるが、全体を一つにまとめあげる演出の巧さという観点からは、モネ劇場が抜きん出ているといえるだろう。

この日の上演で、まず感心したのは、役者の演技や立ち位置が全て音楽に呼応していたこと。この一体感は、なかなかお目にかかれるものではない。新進気鋭の演出家ロラン・ペリーのチームは、マスネの書いた楽譜の隅々まで研究し尽くしていることがよくわかる。筆者が理想とする方向性だ。

お屋敷における継母と連れ子の立ち振舞いを描く第一幕や、華やかな舞踏会を描く第二幕では、コミカルな演技が多く設定され、それゆえ、キャストも合唱も、身振り手振り、さらには飛んだり跳ねたり走り回ったりと、多くの動きを求められるが、その一つひとつは、台本のみならず音楽にも紐付けられており、舞台と音楽が同時にスッと頭に入ってくる。しかも、歌手が歌い始める時点では、各役者は然るべき立ち位置に到達していて、無理なく歌に専念できるように仕組まれている。シンプルだが、印象的で、飽きのこない舞台装置も秀逸。白ベースの大きな文字柄パネルに、ファッショナブルな赤を差込み、さらに赤を基調とした衣装とコラボさせるという色合いのセンスも良い。純白のドレスに身を包んだサンデリヨンが映える

他方、王子とサンデリヨンが森の中で出会う第三幕では、ストーリーの進展とともに、「動」から「静」へと軸が動き、妖精に守られた二人がロマンティックにデュエットを歌う。森の中で登場する工場の煙突風のセットは、その前のシーンに登場する屋根裏の煙突の煙とリンクしていて、舞台の進行が自然に感じられたのにも、感心させられた。靴合わせの第四幕は、第二幕の延長だが、第三幕との対比から、意外と新鮮に映る。ハッピーエンドまでの流れもスムーズだった。

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キャスト陣のバランスも抜群だった。楽譜を想像するに、結構な難役揃いで、これだけ多くの女性キャストをバランスよく配するのは、実務上それなりに難儀なはずだが、サンデリヨン、王子、継母、妖精、二人の連れ子のそれぞれにつき、適材適所なキャスティングがなされていた。歌唱で圧倒する歌手はいないが、どの役者も各々の役回りをキチンと果たしていた。特にサンデリヨン役のアンネ・カトリーヌ・ジレは、いじめられっ子の悲痛さや孤独さ、ドレスに身を包んだ際の凛とした美しさ、そして、王子に対する母性的な愛情に至るまで、歌唱と演技の両面において、見事に表現しきっていた。モネ劇場のような中規模なオペラハウスでは、むしろこういったキャスティングが望ましい。合唱陣も、引き締まった歌唱と演技で、キャスト陣の好演を支えていた。

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モネ歌劇場管も、見違えるほどに素晴らしい演奏を披露。フォルテの打ち込みが荒っぽいのは毎度のことだが、活き活きとしたリズム感がマスネの音楽をフレッシュに引き立たせる。他方で、旋律や弱音部は、細部までよく磨かれていて、響きの変遷がとりわけ美しい。全ての瞬間で和声が感じられた。アルティノグリュの手腕に他ならない。アルティノグリュの指揮は、最初は、細かくキューを出しすぎているようにも思われたが、この作品のオーケストラパートは、聴いた印象よりもはるかに複雑かつ緻密に組み立てられているため、油断するとすぐにアンサンブルがばらけてしまう。実際、アルティノグリュが目を離した途端に音楽がわずかに弛緩してしまうという現象が数回現認できた。ともあれ、第一幕冒頭はやや硬かったものの、すぐに音楽が自然に流れるようになり、アルティノグリュとモネ歌劇場管がこの作品を完全に掌握していることが窺われた。第四幕では、オーケストラのノリが良すぎるところもあったが、やる気の裏返しでもあり、好感度は高かった。

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カーテンコールは、かなりの盛り上がりであった。オーケストラのメンバーが舞台上に向け満面の笑みとともに熱い拍手を贈っていたのが特に印象的であった。モネ劇場のメンバー全員をここまで本気にさせたこのプロダクションのパワーは、並々ならぬものであったといえよう。

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終演後は、メトロもトラムも動いていないので、45分かけて徒歩で帰宅。一日中歩き回ると、さすがに疲労が溜まった。


(公演情報)

Th 22 December 2011, 20:00 (La Monnaie)

Music direction / Alain Altinoglu
Director / Laurent Pelly

Cendrillon / Anne-Catherine Gillet
Le Prince Charmant / Sophie Marilley
Mme de la Haltière / Nora Gubisch
La Fée / Eglise Gutiérrez
Noémie / Ilse Eerens
Dorothée / Angélique Noldus
Pandolfe / Lionel Lhote
Le Doyen / Yves Saelens
Le Surintendant des plasisirs / Quirijn de Lang
Premier Ministre / Donal J. Byrne
Le Roi / Patrick Bolleire
Premier Esprit / Yuhmi Iwamoto
Deuxième Esprit / Charlotte Cromheeke
Troisième Esprit & Une Jeune Fille / Caroline Jestaedt
Quatrième Esprit & Une Jeune Fille / Amalia Avilan
Cinquième Esprit & Une Jeune Fille / Audrey Kessedjian
Sixième Esprit / Camille Merckx
Le Héraut / Pascal Macou

Orchestra / La Monnaie Symphony Orchestra & Chorus
[2011/12/24 05:33] | 海外視聴記(ブリュッセル) | トラックバック(0) | コメント(0) |
フライブルク・バロック管―ヘンデルのアリア集
12月6日午後8時前、パレ・デ・ボザールへ。フライブルク・バロック・オーケストラによる演奏会。フランスのカウンターテナー歌手フィリップ・ジャルスキーを独唱に迎え、ヘンデルのアリア及び管弦楽曲が披露された。バロックオペラファンが狂喜して喜びそうなラインナップである。

この日のチケットは早々に完売。ステージ上にまで客席が設けられていた。招待席と思われる平土間中央付近に多少の空席があったのが何とも勿体無い。数週間前に筆者が確保した座席は、舞台真横のバルコニー2列目で、座ってしまうと舞台の半分以上が死角になるが、このエリアは2列目が最後列ゆえ、ブリュッセルの流儀に従い、遠慮なく、立ち見で舞台を鳥瞰させていただいた。音響に関しては、オーケストラについては申し分なく、ジャルスキーの歌唱も何とか横からキャッチすることができた。

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筆者はバロックオペラについては不案内なので、印象を述べるにとどめるが、この日のプログラムは、実によく練られており、まるで一つの舞台を鑑賞しているかのような起承転結を感じ取れた。

快活な序曲で聴衆を惹き込むと、そのまま歌劇「オレステ」のアリアへ。ここまでで、ジャルスキーとオーケストラの響きを鑑賞する心の準備が出来上がった。

一呼吸置いて演奏されたセレナータ「パルナス山の祭典」からのレチタティーヴォとアリアは、小舟に揺られるようなゆったりとしたバウンド感と、物思いにふけるような柔らかい響きで、とても心地よい。その完成度の高さから、これは素晴らしい演奏会になるぞ、と予感した瞬間でもあった。

続いてオーケストラのみで演奏された合奏協奏曲は、フレッシュな演奏。古楽器らしい荒削りな響きが作品の面白さを浮かび上がらせていた。機動性を欠く箇所が若干見受けられ、完璧とまではいえなかったが、上々の仕上がりではあった。

再びジャルスキーが登場。歌劇「イメネオ」のアリアは、若干陽の傾いた午後のひと時を感じさせるような、しっとりとした楽想で、筆者は、若干まどろみ気味に。もっとも、自然にうとうとできるということは、音楽のクオリティの高さの証でもある。

プログラム前半の最後は、歌劇「アリオダンテ」のアリア。ジャルスキーの超絶技巧が花開く。オーケストラも、軽快な響きでパリッと仕上げ、文字通り、目が覚める演奏であった。

休憩を挟み、オーケストラの響きに深みが増した。奏者が会場の響きに慣れてきたためであろう。弱音が洗練され、響きの密度が上がったように感じられた。歌劇「ジュリアス・シーザー」のアリアでは、しなやかな歌唱と響きが心にスッと入ってくる。

柔らかく、しかし静かな情熱の迸る歌劇「アルチーナ」のアリアに心を満たされると、舞台上はアタッカで次のサラバンドへ。サラバンドは、非常にシンプルな器楽曲だが、彼らの演奏には一本の力強い筋が通っていた。聴衆の心は、ヘンデルの描いた深遠な世界へと導かれた。

舞台上にはジャルスキーが再登場し、この日の演奏会は佳境に差し掛かる。神妙な趣きの歌劇「ラダミスト」のアリアを経て、プログラムの最後を飾ったのは、歌劇「アグリッピーナ」のアリア。超絶技巧の数々が見事に決まっていて、圧巻。音楽的にも、ジャルスキーとオーケストラの間で火花が散るような、手に汗を握る展開であった。

アンコールは3曲。末尾を飾ったのは、あの有名な「オンブラ・マイ・フ」。質素で格調の高い演奏だった。個人的には、ブリュッセルに来てからの5ヶ月あまりを思い返し、涙が出そうになった。

ジャルスキーの歌唱は、実演で聴くと、気品がありながらも、とても情熱的で、聴き手に訴えかけるパワーを兼ね備えている。カウンターテナーという不利なポジションを微塵も感じさせない。楽譜の処理も非常に正確で、その実力は驚異的ともいえる。

フライブルク・バロック・オーケストラの実演を聴くのは、今回が2度目。その響きは、重すぎず軽すぎず、そして若々しく粗野なニュアンスだが決して雑になることはなく、色々な意味でバランスの取れた良い古楽オーケストラである。今回は舞台真横ゆえ、彼らのアンサンブルの手法を間近に観察できたが、音楽を自然な息吹で送り出すためのメカニズムを熟知していることがよく分かった。弦楽器のトップ奏者、トゥッティ奏者、通奏低音奏者、管楽器奏者のそれぞれが、音楽の潮流の中での自分の立ち位置を把握した上で、リレーのバトン送りのようにスムーズに連携をしながら、メンバー全員で音楽を牽引しているという感じであろうか。加えて、響きの重ね方や、フレーズの語尾のまとめ方の点で、そのサウンドは驚くほどに洗練されており、これらの点においても、他の古楽オーケストラとは一線を画している。

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カーテンコールはかなりの盛り上がりで、ホール内は納得感と充実感に包まれた。

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予定では、半年間に及ぶ筆者のブリュッセル生活においては、今回がパレ・デ・ボザールで鑑賞する最後の演奏会。思い出に残る演奏会となった。


(公演情報)

Tuesday 06.12.2011 20:00
Centre for Fine Arts / Henry Le Boeuf Hall

Philippe Jaroussky countertenor
Freiburger Barockorchester

Georg Friedrich Händel
Ouverture (Riccardo primo, Re d'Inghilterra, HWV 23)
Aria "Agitato da fiere tempeste" (Oreste, HWV A 11)
Recitativo & Aria "Ho perso il caro ben" (Il Parnasso in festa, HWV 73)
Concerto grosso, op. 6/6, HWV 324
Aria "Se potessero i sospiri miei" (Imeneo, HWV 41)
Aria "Con l'ali di constanza" (Ariodante, HWV 33)
- pause -
Aria "L'angue offeso mai riposa" (Giulio Cesare in Egitto, HWV 17)
Aria "Mi lusinga il dolce affetto" (Alcina, HWV 34)
Sarabande (Almira, Königin von Kastilien, HWV 1)
Aria "Ombra cara" (Radamisto, HWV 12)
Aria "Come nubbe che fugge dal vento" (Agrippina, HWV 6)
[2011/12/08 06:17] | 海外視聴記(ブリュッセル) | トラックバック(0) | コメント(2) |
ブルニエ指揮ベルギー国立管―定期演奏会(11年12月)
12月2日午後8時前、パレ・デ・ボザールへ。シュテファン・ブルニエ指揮ベルギー国立管弦楽団による定期演奏会である。

筆者の座席は、1 Balconの上手側。舞台に近づいた方が音響は良いようだ。この日は、ストライキの影響で、ブリュッセル市内の交通網が終日壊滅状態だったが、客席はBalcon 2が閉鎖されていたものの、それ以外は8割以上は埋まっていた。この街では、ストライキがあったとしても、普段と何ら変わらない日常生活が送られてゆく。

客席には、子供連れが目立ったことに加え、咳をする老若男女が多く、おしゃべりや物音が絶えない。筆者がブリュッセル市内で体験した演奏会の中でもワーストを飾るほどの騒がしさであった。

結論からいうと、この日は、実に醜かった。

プログラム前半の一曲目は、シューベルト「6つのドイツ舞曲」。プログラムには6つと書いてあったが、実際に演奏されたのは2曲のみ。理由は不明。

響きの腰は据わっていて、柔らかいテイストの中にドイツの片田舎を想起させるような温もりも感じられたが、タテの線が揃わず、和声感が乏しいのは相変わらずで、中途半端な仕上がりだった。

プログラム前半の二曲目は、クリスティアン・テツラフとマリー=エリザベス・ヘッカーを独奏に迎え、ブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲。渋い印象だが、協奏曲の傑作であり、技巧的にも内容的にも高度な完成度を求められる。

さて、演奏の方だが、独奏については、いずれも聞くに堪えなかった。第一楽章からパワープレイに傾倒したアプローチで、弱音部以外は、圧力をかけて汚く押しまくる。かといって、弱音に艶や透明感があるわけでもなく、響きは薄い。これは会場のせいではない。第三楽章は、そもそも譜面が弾けてない。ミスタッチが多すぎ、耳を覆いたくなる。音楽になっていなかったことは言わずもがな。テツラフは、今年5月、共演者が来日を拒否する中、東京に来てソロリサイタルを決行したことで、日本国内でも話題になっているが、少なくともこの日の演奏は、完全に落第点。

オーケストラも、大味で雑。不味いベルギー料理店で、萎びたフレンチフライとともに、肉の塊を焼いただけのステーキを食べさせられているような感じだ。数箇所あった弱音部の演出も、作為的で、脈絡が感じられない。オーケストラの見せ場の一つである第二楽章冒頭の木管アンサンブルも、音程が全く揃っておらず、開けっ広げな響きがその雑な印象を助長した。このオーケストラにブラームスを期待したのが間違いだったようだ。

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醜い演奏は、休憩後も続く。プログラム後半は、ラヴェルの作品。プログラム前半の際に、筆者の近くに座っていた親子が終始おしゃべりをしていたため、座席を移動した。

一曲目の「道化師の朝の歌」は、打楽器がドカドカと騒々しいだけで、細部は整理されていない。洗練されていないブラスバンドを聴かされているようだった。

二曲目の「スペイン狂詩曲」は、さらに酷い状況で、華が開くべき箇所でことごとく響きが広がらず、鮮やかな和声の遷移も全く感じられない。細部もグチャグチャ。見栄を切るべき箇所で突如として湧き上がる集中力はさすがだが、瞬間芸にすぎない。

三曲目の「ラ・ヴァルス」は、冒頭はノリノリな感じで音楽の片鱗が感じられたが、譜面が複雑になると、途端に勢いは萎え、公務員的な演奏スタイルに逆戻り。打楽器は相変わらずドカドカと騒々しい。数箇所見られた瞬間芸以外に、緊張感の高まりは生まれず、低調な仕上がり。

やっつけ仕事以外の何物でもなかった。

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そして、とどめの一撃は、演奏会の最後。一通りのプログラムが終了した後、フランス語によるアナウンスが入り、のだめ風に着飾った指揮者役の役者らしき人物が指揮台に登場。醜い指揮姿により、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第一楽章の前半部分が演奏された。万事休す。公開収録であればまだしも、仮にもプロオーケストラの定期演奏会である。もはや、筆者の理解を超えていた。

この日の演奏会は、筆者が過去に鑑賞したプロの演奏会の中でも、ワーストといえるほどの醜さだった。ここまでがっかりさせられたのは、初めてである。馴れ合いとやっつけで乗り切る仕事スタイルは、この街では日常茶飯事だが、こうした意識の低さがこの街における近時の文化水準の低調さの一因になっているようにも思われる。


(公演情報)

Friday 02.12.2011 20:00
Centre for Fine Arts / Henry Le Boeuf Hall

Stefan Blunier conductor
Christian Tetzlaff violin
Marie-Elisabeth Hecker cello
National Orchestra of Belgium

Franz Schubert, 6 German dances, op. posth., D 820 (orch. Anton Webern)
Johannes Brahms, Concerto for violin, cello and orchestra, op. 102
Maurice Ravel Alborada del gracioso, Rapsodie espagnole, La valse
[2011/12/06 04:44] | 海外視聴記(ブリュッセル) | トラックバック(0) | コメント(0) |
東京クァルテット―ハイドン、シマノフスキ、シューマン
11月24日午後8時前、ブリュッセル王立音楽院のコンサートホールへ。この日は、東京クァルテットによる演奏会。ハイドン、シマノフスキ、シューマンの作品が採り上げられた。

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ホールの入り口では、なぜか弦楽器の展示会が行われていた。ごった返すロビー内に無防備に並べられた弦楽器を見て、一抹の不安を感じる。

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さて、この日の座席は、Balcon 2の中央下手より。平土間席が300席程度という小さなホールゆえ、Balcon 2でも舞台からの距離は近い。程よく角の取れたまろやかな音色が舞台上から浮かび上がってきた。なお、このホールの響きは、木の香りが若干は漂うものの、基本的にはデッド。ホールの構造上、場所によってムラが生ずるだろうと予想されるため、恵まれた環境とはいえない。最大の難点は、外の騒音が漏れて聞こえることで、上空を飛行機が通るたびに、地鳴りのような振動が轟くのには、閉口せざるを得なかった。

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プログラム前半の一曲目は、ハイドンの弦楽四重奏曲第81番。全部で83曲あるハイドンの弦楽四重奏曲のうち、最後の曲集にあたる作品77「ロプコヴィッツ四重奏曲」の一曲目で、ハイドンの最後期の作品の一つである。

この作品におけるハイドンの書法からは、ある種の崇高さすら窺われる。瑞々しく溌剌とした響きの合間に、洒落っ気のある表現が顔をのぞかせ、ハッとさせるような陰影も差し込まれる。この日は、演奏開始直前に、客席内で携帯電話が鳴り止まないというハプニングが生じたが、ひとたび演奏が始まると、そんな喧騒は記憶の彼方へと消え、ほぼ満席のホール内は、彼らの物静かで優しい語り口の演奏に、スーッと惹きこまれていった。

彼らの演奏は、どこまでも自然体である。誰かがリードするわけでもなく、4人がそれぞれの仕事をキチンとこなし、ともに歩み、そして対話をする。一見地味だがしっかりした芯を提示する2ndヴァイオリンの池田氏と、優しく包み込むような懐の深さを感じさせるヴィオラの磯村氏とのペアは、この日も健在で、熟練の技といぶし銀の輝きを、あくまでも控え目に魅せる。1stヴァイオリンのビーヴァーは、ベテラン2名に支えられ、自由に伸び伸びと歌うが、出しゃばらないあたりが良い。チェロのグリーンスミスも、飛んだり跳ねたりしつつ、流れに乗るべきところではベテラン2名に寄り添い、若さでもって推進力をもたらしていた。このベテランと若手のコンビは、純度の高いハイドンの世界を浮き立たせるにあたり、必要十分な引き出しを持ち合わせていたといえる。内声部が描く微妙な和声の遷移は、水墨画のようで、殊のほか美しかった。

プログラム前半の二曲目は、シマノフスキの弦楽四重奏曲第1番。シマノフスキの第2期を締めくくる傑作とされる。

この曲では、雰囲気がガラリと変わり、旧きよきアメリカを連想させる鮮やかな色彩感が広がった。技術的に非常に難易度の高い作品と思われるが、多彩な曲想の数々がスッキリと収められており、見通しの良い流れが描かれていたといえる。特に、第二楽章後半に現れる淡く波立つ響きの遷移は、目を見張るものがあった。4挺による和声が完全に溶け合っていたとまではいえなかったことが残念だが、これはホールの音響の悪さに起因するところもあると思われ、そこまで求めるのは酷といえようか。

休憩を挟み、プログラム後半は、シューマンの弦楽四重奏曲第3番。一般に「室内楽の年」といわれる1842年に作曲された作品の一つである。

このシューマンでは、東京クァルテットの持ち味が存分に発揮されていた。内容が濃く、集中度も高い。しかし、語り口は柔らかで、心の隙間を満たすような包容力がある。また、聴衆との距離感の保ち方が絶妙で、付かず離れずな感じがとても良い。

第一楽章冒頭から、呟くようなフレーズの語尾が印象的。第一主題に含まれるスラースタッカートは、クリアだが温もりも感じさせる。これは、技術のみでは到底成し遂げられない。また、断片的なフレーズの数々がふっと浮かんでは儚く消える情景も美しく、これを演出する内声部による和声の移ろいも素晴らしい。そして、伸びやかな第二主題は、シューマン特有の絡み合うような裏打ちの伴奏を伴うため、演奏者にとっては目の釣り上がる瞬間だが、彼らの演奏からは、そんな事情は微塵も窺わせず、音楽の悦びがどこまでも自然に湧き上がっていた。無論、楔を打つように登場する数箇所のフォルテも、切れと響きを伴った適切なフォルテである。楽章全体を通じ、モルト・モデラートという曲想を完璧に具現化した進行で、シンプルな様式美とともに、落ち着きと安らぎが感じられた。

第二楽章では、変奏の進行とともに、高揚感と勢いが前面に出てきた。フレッシュな推進力と、熟練の匠の技とが、程よくミックスされている。静かな第三変奏の響きの美しさは忘れがたく、また、情熱的な第四変奏は、熱気を伴いつつも、リゾルートという曲想をわきまえた折り目正しい演奏で感銘を受けた。

第三楽章は、2ndヴァイオリンとヴィオラが奏でる付点音符によるリズミックな伴奏が神業だった。まさに名脇役。あまりの素晴らしさに、思わず溜め息が出る。筆者も一度で良いからこういう語り方を真似てみたいものだ。

第四楽章は、骨格のしっかりとしたアレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ。前をしっかりと見据えたまっすぐな演奏で、ライブならではの高揚感も十分に味わえた。

この日は、彼らの真摯な演奏姿勢に感銘を受けたためか、演奏中は、ほとんど物音がせず、非常に静かであった。聴衆が静かに余韻に浸っている風景を目にするのは、ブリュッセルでは稀有なことである。彼らの演奏には、そうさせるだけの静かなパワーが漲っていたのだろう。

20111124-05

30年間にわたり東京クァルテットを牽引してきた磯村氏と池田氏も、2013年6月をもって引退することが、つい先日発表された。舞台上の両名からは、有終の美に向けた強い意思のようなものが感じられた。引退前にもう一度、彼らの勇姿を拝みたいと思いつつ、帰路に着いた。


(公演情報)

Thursday 24.11.2011 20:00
Royal Brussels Conservatory

Tokyo String Quartet

Joseph Haydn, String quartet, op. 77/1, Hob.III:81
Karol Szymanowski, String quartet no. 1, op. 37
Robert Schumann, String Quartet no. 3, op. 41/3
[2011/11/29 06:28] | 海外視聴記(ブリュッセル) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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