ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(13年4月)①―ガーディナー指揮ロンドン響「ストラヴィンスキー」
4月25日午前1時すぎ、NH203便にて羽田からフランクフルトへ。LH900便に乗り継ぎ、ロンドンへ向かう。今回は奮発してビジネスクラスを利用。やはりエコノミークラスとは全く疲労感が違う。

この日のロンドンは、初夏のような陽射しで、少し歩くと汗ばむほど。こんなに良い天気は、年に数回もないのではなかろうか。午前9時すぎに宿泊予定のパーク・グランド・ロンドン・ハイド・パークに到着するも、ホテル側の事情により、近くにあるザ・シャフツベリー・プレミア・ロンドン・パディントンに回されてしまった。しかも割り当てられた部屋は地下の狭い部屋。窓はホテル内の廊下に面しており、窓すらも開けられない。これで4つ星はあり得ない。到着早々、ひどい仕打ちである。

日中は仕事等を済ませ、いったんホテルに戻り、午後7時過ぎ、バービカンセンターへ。

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ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ロンドン交響楽団による特別演奏会。ガーディナーの70歳の誕生日を記念して行われた。採り上げられたのは、ストラヴィンスキーの「ミューズを率いるアポロ」と「オイディプス王」。1920年代後半に新古典主義に基づき作曲された作品である。

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筆者の座席は平土間G列21番。G列とはいっても、前3列はせり出したステージにより取り払われており、事実上4列目くらいのかぶりつきの席である。初体験のバービカンセンターは、ドライな音響だが、ステージ上の音が臨場感を保ちながら適度にまとまるので、個人的には好きな部類に入る。音の洪水にならないので、この日のようなオペラ的な作品を鑑賞するには、丁度良い。

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この日の筆者は、ガーディナーの存在感に驚かされた。立ち振る舞いは控えめだが、発するオーラが驚くほど強い。世界の名立たるオーケストラに客演し続ける理由が一目で理解できた。

プログラム前半は、「ミューズを率いるアポロ」。作曲者の指定に従い、8、8、6、4、4の合計34名の弦楽合奏により演奏された。

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さて、この作品では、ロンドン交響楽団の弦楽器セクションの合奏力の高さが十分に発揮された。絹のベールのようなきめの細かさは健在。奏法や音色のベクトルが揃っているので、安定感は抜群である。加えて、各パートの主体性と自発性が活き活きとした表情に結びつくのが彼らの特長といえようか。ごく稀に荒れた音や外れた音が紛れ込むのが惜しいが、世界のトップレベルの名に恥じない立派なアンサンブルである。今回は、指揮者を囲むように、チェロとヴィオラが配置され、2列目にヴァイオリンが立って並び、舞台中央奥にはコントラバスが控える。この配置の下では、チェロとヴィオラの主体性が強く求められるため、中低弦の音色が明示的に浮かび上がり、鮮やかな音響が生まれる。慣れない配置ゆえ、たまにお見合い状態になる瞬間も見られたが、ストラヴィンスキーの意図は高いレベルで実現されていたのではなかろうか。

なお、演奏の方は、どちらかというと穏やかな空気を尊重しつつ、淡々としっとりと聴かせるアプローチ。バロックの延長線上で捉えていることがわかるが、ロマン的な揺らぎに欠けることはなく、なかなかコクのある演奏であった。ガーディナーの巧みなコントロールで、短めのフレーズがふわっと浮かび上がっていたのが印象的であった。

プログラム後半は、「オイディプス王」。オラトリオ形式による演奏である。モンテヴェルディ合唱団の存在感に圧倒された50分間であった。

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この日の舞台では、ステージ上手側前方に合唱団が並んだ。要するに、筆者の眼の前である。男声合唱の響きの輝かしさ、空気を震わす言葉の発し方、出番が来て立ち上がる際の気迫など、驚異的な技術力と表現力の高さを至近距離で目の当たりにし、筆者のボルテージは上がりっ放しであった。

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全体の印象としては、極めて格調の高いオラトリオ。後半に向けての劇的高揚も十分。盛り上がっても響きが荒くならないのが素晴らしい。余計な飾りをせず、本質に向けてまっすぐ突き進む姿勢が好印象であった。

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ロンドン交響楽団による演奏も安定感があり、一歩下がった立ち位置から合唱と独唱陣を力強くサポートしていた。ガーディナーも相当気合いが入っていた模様で、物静かな風貌ながら、かなり熱いアウフタクトが飛んでいた。演奏会形式ではあったが、一つの舞台として面白く鑑賞することができた。

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なお、この日は、演奏中は静寂が保たれ、ほとんどノイズが発生しなかった。カーテンコールでは、クールなロンドンっ子が大興奮であった。今回のような地味なプログラムでも満席に近い集客があること、また、これだけクオリティの高い演奏会が日常的に開催され、そして素直に絶賛されていることは、ロンドンという街の文化的営みの厚さを示すものといえよう。上々の気分で帰路に就いた。

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(公演情報)

SIR JOHN ELIOT GARDINER’s 70th BIRTHDAY CONCERT
Thursday 25 April 2013 7.30pm
Barbican Hall

STRAVINSKY Apollon musagete
STRAVINSKY Oedipus Rex

Sir John Eliot Gardiner conductor
Jennifer Johnston Jocaste
Stuart Skelton Oedipus

London Symphony Orchestra
Monteverdi Choir
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[2013/05/05 16:02] | 海外視聴記(ロンドン) | トラックバック(0) | コメント(0) |
ロンドン行き(11年10月)―マゼール指揮フィルハーモニア管「マーラー9番」
10月1日朝、ユーロスターでロンドンへ。ユーロスターには初めて乗車したが、シートの快適さや乗り心地の点で、日本の新幹線の方がはるかに優れていると感じた。

セント・パンクラス駅に降りたその足で、ロンドンで最もにぎやかなショッピング街、オックスフォード・ストリートに向かう。ロンドンは大都会だ。デパートの中をあれこれ見て歩くだけで、うきうきしてくる。気分は、まるでお上りさん。

ショッピングを楽しんだ後、ハイ・ストリート・ケンジントンにあるTimoというイタリアンレストランへ。東京でも見かけそうなお洒落な内装で、ロンドン在住の日本人の間でそれなりに評判の良いレストランだが、トマトソースの仕上がりは平凡。ロンドンの食事情に照らすと、やむを得ないか。なお、デザートで食べたソルベは、上々の出来であった。

午後3時すぎに宿泊先であるヒルトン・ケンジントンにチェックインし、しばし休憩。ちなみに、このホテル、内装は上級ホテルの雰囲気を醸し出すが、4つ星にもかかわらず、バスタブがないことに加え、あらゆるオプションが有料で、サービスの質も良くはない。ロンドンにしては宿泊料が安いと思って予約したが、ロンドンの中心から離れていることも考え合わせると、他にもっと良い選択肢があった気がした。

さて午後6時ころホテルを出て、地下鉄を乗り継いでロイヤル・フェスティバル・ホールへ。演目は、ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管弦楽団によるマーラーの交響曲第9番。このコンビによるマーラー・チクルスも、残すところ、次週の交響曲第8番を残すのみとなり、佳境に入ってきた感がある。

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筆者に割り当てられた座席は、1階M列の中央下手側。前から13列目で、今年5月に鑑賞した座席とは、それほど条件は変わらない。

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さて、演奏の方だが、この日は、いわゆるマゼール風変態演奏とは趣の異なる超スローな変態演奏。とはいえ、単に「変態」という言葉で片付けることのできない、非常に充実した演奏であった。

第一楽章の冒頭は、何ら動きのない全くの静寂から始まった。序奏の動機は、かすかに聞こえたかと思えば、すぐに消える。
2ndヴァイオリンが第一主題を奏ではじめても、歌が沸いてこない。弦楽器は、繊細に、そして綺麗に磨かれているが、どこまでも醒めているのだ。
そして、管楽器が加勢して最初の山を築く場面では、クレッシェンドとともにどんどんテンポが遅くなり、複雑に絡み合うパートが明瞭に浮かび上がる。しかし、舞台上には、熱は帯びてこない。あたかもスコアの解剖に立ち会っているかのような、そんな不思議な感覚に陥った。

筆者が思うに、実はこれこそが、マゼールが試みたことの一つだったのではなかろうか。
従前の慣習やしきたりに拘泥せず、まずはスコア上に描かれた音符の数々をバラバラに分解した上で、それらの音符自身が潜在的に備える引力を見つめ直し、音像を再構成する。
こうすることで、この交響曲の前衛的性格が垣間見られるし、当時のマーラーの頭の中でシナプス回路がどこまで複雑に絡み合っていたのかが浮かび上がる。
こうして聴いてみると、これまで我々が耳にしてきたこの交響曲の演奏が手垢にまみれたものであったことがよく分かる。熱演という看板の下に、落としどころや決めどころに向けて大きくドライブをかけ、結果として細部の詰めが甘くなったとしても、そこは目を瞑って逃げ切るという演奏スタイルは、手堅いアプローチであり、それなりの成功を収めることが可能だが、一線を超える演奏にはなり得ないだろう。

曲が進めば進むほど、筆者の頭の中では、これまでのイメージが次々と崩壊し、交響曲第9番という作品がますます分からない代物へと変化していったが、第一楽章の中盤を過ぎたあたりから、動機の数々が相互に関連性を持って聴こえてくるようになった。そして、第一楽章の終盤になると、どこまでも醒めていた舞台上が、自然と熱を帯びるようになり、音色にも輝きが出てきた。積み上げてきた音の数々のオーラが一つの音楽として結実し、羽ばたく瞬間だ。第一楽章におけるマゼール先生による解剖実験は、見事成功に終わった。あまりの変態演奏ぶりに、楽章間の聴衆のざわつきは、普段以上に大きい。

続く第二楽章の冒頭は、機械的で、どこか忙しなさが感じられる。物理的に説明すれば、三拍子の二拍目と三拍目を少し軽めに処理し、旋律に余裕を持たせずにインテンポを貫くというアプローチ。この楽章では、田舎ののんびりした雰囲気が感じられることが多いが、そうした印象とは程遠い解釈である。しかし、このピリピリとした緊張感は、第二楽章全体に一貫性を持たせるための仕掛けであった。マゼールらしいパンチの効いた彫りの深いアクセントも随所に見られ、観ている方としては、笑いを抑えるのに必死であった。

第三楽章は、落ち着いたテンポ感で開始した。冒頭の弦楽器陣は、角の取れた奏法をあえて採用。結果として、弦楽器の厚みのみが印象に残り、この旋律のみが耳に届く状況が絶妙に回避される。その代わり、これまで意識していなかった対旋律の数々がどんどん飛び出してくる。完全な変化球に面を食らっているうちに、最初のトゥッティに到達。抜け道をすり抜けていったら、いつの間にか広場に到達していた、というような不思議な感覚に陥る。

こんな具合であるから、第三楽章の中盤で、天から差し込む光を連想させるトランペットのコラール風旋律においても、感傷的なムードは皆無。しかし、この部分を作り込みすぎないことで、逆に、第三楽章全体のバランスが保たれ、それぞれのパーツの持つ魅力が均等に浮かび上がってくるようにも感じた。

この楽章でも、マゼール先生による見事な解剖実験が繰り広げられた。勢いにまかせてテンポを撒いたりしないので、演奏自体は非常に堂々としたもの。それでいて、第三楽章の終盤では、期待に違わず、マゼール風のネタもいくつか仕込まれており、皮肉たっぷりのスペクタルは、圧巻であった。

こうしてバラバラに解体されたマーラーの交響曲第9番。最終楽章はどうなってしまうのかと不安になったが、第四楽章は、一転して、真っ向勝負で、歌に満ち溢れた演奏。力技になったり、感情過多になったりすることはない。シンプルな音楽を、一つひとつ丁寧に、そして誠実に歌い上げていくことにより生まれる美しい世界。確かに、第四楽章のスコアは、第三楽章までとは異なり、どこまでもシンプルに書かれている。このギャップを目の当たりにし、筆者の涙腺は開きっぱなしとなった。

マゼールによる旋律のコントロールは、実に素晴らしい。旋律の端々に至るまで、演奏者全員の気持ちがこもっており、しかも、それが音として、音楽として、自然に結実するよう、巧妙にアウフタクトを発信する。これだけの音楽的充実は、もう二度と出会えないかもしれない。それだけの内容を伴った演奏であった。

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フィルハーモニア管弦楽団は、純度の高い素直な演奏で、マゼールの要求に応えていた。オーケストラの音色にクセがなく、しかもロイヤル・フェスティバル・ホールというデッドな空間ゆえ、マゼールの意図がストレートに伝わってくる。マゼールがこのオーケストラとマーラーチクルスに取り組んだ理由が分かった気がした。
オーケストラとしての機動性も高い。特に、首席ホルン奏者のKaty Woolley女史が、卓越した技術に支えられた若々しくて伸びのあるサウンドで、会場を魅了した。首席ヴィオラ奏者のVicci Wardman女史や、首席フルート奏者のSamuel Coles氏、ティンパニ奏者のAndrew Smith氏ほか、首席奏者らの存在感も十分であった。

マゼールは、理知的かつ分析的な「洞察」の結果を、「演奏」というプロセスを通じて、「音楽」として昇華させることができる、数少ない巨匠のひとりである。魔術師のようだが、根底に「音楽」が流れ続けているからこそ、これだけの感動を呼び起こすことができるのだろう。凄い人だと、改めて感じた。

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カーテンコールは、クールなロンドンっ子も、大盛り上がり。でも、カーテンコール自体はあっさり終わるところも、ロンドンっぽい。

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終演後は、ピカデリー・サーカス近くの名店、ベントレーのバーカウンターで、オイスターとフィッシュパイを。食に乏しいロンドンにおける安全牌で、店内も落ち着いた雰囲気であることから、演奏会後に軽く酒食を嗜むには丁度良いが、値段は高い。午後11時ころ店を出て、地下鉄を乗り継いでホテルに戻る。

翌日は、テムズ川クルージングと、ロンドン塔見学を楽しむ。この一週間、ブラッセルもロンドンも、いわゆるインディアンサマーで、暑い日が続いている。この日も最高気温27度の夏日で、久しぶりに真夏の太陽を浴びた。午後3時ころ、ピカデリー・サーカスに戻り、「日本」を求めてロンドン三越に立ち寄る。すると、大学時代の友人とばったり再会。近くのパブでしばし談笑を楽しむ。前日にロイヤル・フェスティバル・ホールに向かう道中でも、日本での職場の同僚と鉢合わせするなど、今回の旅行は、驚きの連続でもあった。午後7時34分発のユーロスターでブリュッセルへ向かい、午後11時すぎに自宅に戻る。


(公演情報)

Symphony No. 9 in London
Saturday 1 Oct 2011 / 19:30 / Royal Festival Hall, London

Lorin Maazel conductor
Philharmonia Orchestra
[2011/10/03 07:40] | 海外視聴記(ロンドン) | トラックバック(0) | コメント(0) |
欧州行き(11年5月)①―マゼール指揮 フィルハーモニア管 「マーラー7番」
5月26日午前、NH201便にて成田からヒースロー空港へ。
当初、ブリュッセル勤務の開始が6月初めに予定されていたことから、事前にいくつかの公演チケットを購入していたが、前述のとおり、開始が7月初めに延期となってしまったため、やむを得ず、成田からの旅程となった。
前回の欧州行きとは状況が異なり、今回搭乗したNH201便はなんと満席。ヒースロー上空の天候不順により到着が遅れたこともあり、窮屈な機内でしばしの辛抱の時間をすごした。

降機後のスタートダッシュで他の乗客に差をつけることができたため、入国審査の大行列を何とか短時間でクリア。ヒースローエクスプレスでパディングトンに移動。この日の宿泊は、駅から徒歩数分に位置する2つ星のMITRE HOUSE HOTEL。ロンドンはホテル料金が跳び抜けて高い。設備は十分とはいえないが、相場と立地を考えれば、悪くないホテルである。

チェックイン後、シャワーを浴びて、ロイヤルフェスティバルホールへ。

blog20110526-01

この日の演目は、ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管弦楽団によるマーラーの交響曲第7番。マゼールは、今年の4月から5月にかけて、フィルハーモニア管とマーラーチクルスに挑んでいる。筆者に割り当てられた席は、1階K列の正面。前から11列目にあたる。

blog20110526-02

出だしは慎重だったが、第一楽章の再現部あたりからは、徐々にマゼール節が姿を現し、その後は、マゼールの独壇場であった。
マゼールの分析力は、他の追随を許さない。この日の演奏では、細部に至るまで徹底的に磨き上げられていた。スコア上で意図された響きが完璧に再現されていたのだ。

この作品では、楽器の重層的な組合せにより多彩な色彩が与えられているが、マゼールはその一つひとつを最良のバランスで描き分けた。管楽器のベルアップの効果をここまで適切に表現した生演奏は、これまで聴いたことがない。また、アクセントひとつをとっても、各楽器の発音のタイミングまで計算し尽くされており、メリハリのつけ方が絶妙である。それでいて、大見得を切るべきところでは、大胆なデフォルメも効かせ、聴き手の心を掴む。この痛快さも魅力の一つである。この巨匠、やはり化け物だ。

なお、フィルハーモニア管の実力の高さも存分に見せつけられた。ロイヤルフェスティバルホールはデットな響きで有名だが、こういうホールでは、残響の助けが得られないため、オーケストラの実力が丸裸になる。世界トップレベルの総合力、アンサンブル力は、この日も如何なく発揮されていた。フォルテシモでも決して力技で押し切ったりせず、格調の高さと上品さが香る。にじむことの多いヴァイオリンパートが一つに聞こえていたのも特筆ものだろう。室内楽のような息遣い、繊細なカンタービレ、華やかな色彩感、どれをとっても申し分がなかった。今回は座席がよかったこともあり、音の分離がよく、ステレオ効果を存分に楽しめた。

1ヵ月半にわたってマーラーに取り組んできたこのコンビの集大成の一つといえるだろう。終演後の客席の沸き方も尋常ではなかった。筆者にとってこれまで捉えどころがなかったこの作品の真の姿を初めて明確に提示してくれたといっても過言ではない。

blog20110526-03

終演後は、そのままホテルに直帰。ロンドン時間の午後9時30分は、日本時間の午前5時30分。やはり初日は眠い。コンビニでサラダを買い、少しだけ食べてそのまま眠りについた。


(公演情報)

Symphony No. 7 in London
Thursday 26 May 2011 / 19:30 / Royal Festival Hall, London

Lorin Maazel conductor
Philharmonia Orchestra
[2011/05/27 19:45] | 海外視聴記(ロンドン) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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