ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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ウィーン行き(11年10月)③―アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
10月23日午後6時すぎ、再び楽友協会大ホールへ。夜は、アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスによる演奏会。ハイドンの交響曲第6番、第7番、第8番、第100番が採り上げられた。

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筆者の座席は、平土間18列目の上手側。若干遠さは感じるものの、優れた音響を十分に楽しめるポジションだ。舞台上から立ち上がった柔らかな響きに包み込まれるような感覚は、楽友協会大ホールならでは。なお、午前中のバルコニーにも感銘を受けたが、楽友協会大ホールの平土間から眺める内観には、圧倒される。まさに絵になる美しさだ。

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プログラムの前半は、交響曲第6番「朝」、第7番「昼」、第8番「夕」の三部作。演奏前に、アーノンクールが指揮台の上から一言スピーチ。これにより、会場内が和やかな雰囲気になった。

この三部作では、交響曲というよりは合奏協奏曲に近い体裁が採られている。ほぼ全てのパートに高度な技巧を要するソロが与えられているのが特徴的だ。

交響曲第6番の第一楽章は、日の出を彷彿させる静かな序奏で始まるが、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスによる演奏は、澄み切った響きとともに、何かが起こりそうなワクワク感も醸し出し、聴衆をハイドンの世界に惹きこむ。主部では、エッジの効いたヴァイオリンや衝撃的なホルンが鮮烈な印象を与える(再現部直前にホルンが吹く第一主題の断片は、酔っ払いが絡んでくるかのようなニュアンスで、これはこれで大いに笑えた。)が、実は弱音部の響きの移ろいこそがこの楽章の白眉であった。第二楽章は、独奏ヴァイオリンと独奏チェロによるオブリガート風の旋律が印象的。第四楽章も、独奏ヴァイオリンの技巧が栄え、聴き応えがあった。

交響曲第7番の第一楽章の序奏部は、強弱のメリハリがクリアについていて、輪郭のはっきりした荘厳な強音と、宙を漂うようなデリケートな弱音の対比が美しかった。弦楽器が重音により和音を奏でる際には、低音部から高音部までが良い按配で分離し、オーケストラ全体が一つの弦楽器になったかのような聴こえ方であった。響きがより立体的になり、余韻が連鎖的に繋がり始めたように感じた。第二楽章では、冒頭に置かれたレチタティーヴォにおけるハ短調の深い響きに感銘を受ける。オペラ歌手に見立てられた独奏ヴァイオリンがアリア風に歌い上げるが、本当に肉声のように聴こえてくるから不思議だ。

交響曲第8番の第一楽章は、キレのある快活な演奏。第二楽章において、2台のヴァイオリンが奏でる旋律も、美しく、親しみやすいが、中間部に垣間見られる深刻な響きや、余韻に漂う夕暮れの寂しさも、印象的であった。交響曲第6番と同様、第三楽章のトリオには、独奏コントラバスが登場するが、これが舌を巻くほど上手かった。第四楽章も、第一楽章と同様に鋭いリズム感。

3曲合計で1時間を超える長丁場だったが、変化に富んだ演奏で、飽きることなく楽しむことができた。フルートが若干不調だったが、それ以外の独奏に関しては文句の付け所がない仕上がりで、シンフォニックな響きの充実とヴィルトーゾ的な競演の面白さが相まって、この三部作の魅力が最大限に引き出されていたのではないだろうか。

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プログラムの後半は、交響曲第100番「軍隊」。ここでも演奏前に、アーノンクールが指揮台の上から一言スピーチ。この人のベースは、音楽家というよりも、むしろ学者なのだなと感じた。

聴いていて心がうきうきするハイドンに出会えたのは、実に久しぶりである。ここまで愉しく聴けたのは、初めてかもしれない。どこまでも瑞々しく、そして溌剌としたハイドンらしい音楽であり、音色にも、音楽の流れにも、淀みは一切感じられなかった。また、有名な「トルコ軍楽」の打楽器が登場する第二楽章と第四楽章は、痛快そのもので、その演奏効果は絶大であった。

アーノンクール指揮による演奏については、これまで録音で何度も聴いてきたが、作為的な処理の数々に違和感を覚えることが多く、いまいち理解できていなかった。しかし、この日、楽友協会大ホールで耳にして、全てが腑に落ちた。独特のアゴーギクやフレージング、金管楽器の破壊的強奏、たまに置かれる不思議な間。これらは、古楽器のナチュラルなサウンドと、楽友協会大ホールの豊麗な余韻の下では、実に自然に聴こえてくるし、ハイドンが仕組んだ玄人的なネタの魅力を最大限に引き出すのである。彼らの演奏も、やはり楽友協会大ホールで体感すべき演奏といえるだろう。

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ともあれ、ウィーンフィルとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスという全く系統の異なるオーケストラを、同じ日に、しかも楽友協会大ホールで、聴き比べることができたというのは、筆者にとっては、非常に貴重な体験であった。

終演後は、応用美術館の中にあるデザイナーレストラン、エステライヒャー・イム・MAKで、ターフェルシュピッツを。シックでハイセンスな内装が印象的で、女性が喜びそうなテイストである。モダンなアレンジによるウィーン伝統料理は、ソースも美味で、シェフの実力が垣間見られた。ポーションが控え目なのが日本人には嬉しい。牛肉の質がもう一段上がると最高なのだが、そこは値段との兼ね合いで難しいのだろう。

午後11時すぎにホテルに戻り、早々に就寝。翌朝は、いつものように、午前4時半に起床し、リムジンバスで空港に向かう。そして、SN2910便にてブリュッセルへ戻り、職場へ直行。

今回感じたのは、ウィーンの伝統が、想像していた以上に、重く、そして分厚いものだということ。昨年秋以降、6回目の訪問で、ようやくその片鱗を感じ取ることができた。彼らには彼らなりのマナーがあり、彼らはそこに絶対の自信と誇りを持っている。しかも、第一線で活躍する者たちは、その維持と継承のため、そして僅かだが確実な前進のため、一般人には真似できないほどの努力を裏で積み重ねているのだろうと推測される。もちろん「大人な事情」に従わざるを得ない場面も多いであろうが。ともあれ、これを保守的という一言で片付けてはいけないだろう。文化のあり方を目の当たりにした週末であった。


(公演情報)

Sonntag, 23. Oktober 2011
19:30 - Großer Saal

Concentus Musicus Wien
Nikolaus Harnoncourt, Dirigent

Programm:
Joseph Haydn
Symphonie D - Dur, Hob. I:6 ("Le Matin")
Symphonie C - Dur, Hob. I:7 ("Le Midi")
Symphonie G - Dur, Hob. I:8 ("Le Soir")
Symphonie G - Dur, Hob. I:100 ("Militär-Symphonie")
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[2011/10/25 07:46] | 海外視聴記(ウィーン) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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