ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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ライプツィヒ・ミュンヘン行き(11年11月)③―メータ指揮バイエルン国立歌劇場「フィデリオ」
11月27日昼前、LH2167便にてライプツィヒからミュンヘンへ飛ぶ。ミュンヘンは南ドイツに分類されるだけあって、気候がだいぶ温暖だ。空港到着後、Sバーンで中央駅に向かい、宿泊先であるキングス・ホテル・ファースト・クラスにチェックインした。なお、このホテルは、中央駅から徒歩数分で、立地は悪くない。室内もクラシックなテイストで、落ち着いた雰囲気だが、バスタブがなく、インターネットの使い勝手も悪いなど、4つ星とはいっても、値段相応というところか。

午後7時すぎ、バイエルン国立歌劇場へ。この日は、ズービン・メータ指揮バイエルン国立歌劇場による「フィデリオ」。カリスト・ビエイトが演出を担当した2010年12月プレミエのプロダクションで、今回はその再演である。

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バイエルン国立歌劇場の内部は、とりわけ美しい。他の歌劇場にはない格調の高さが感じられる。大きなシャンデリアは、それ自体が絵になる輝きを放っていた。

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筆者の座席は、2.Rang下手側で、オーケストラピットの真横。オーケストラピットの中を見渡せる筆者好みの場所だ。劇場の音響は、抜群に良く、柔らかく中身の詰まった響きが、舞台上からも、オーケストラピット内からも、立ち上がっていた。

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序曲として、レオノーレ序曲第3番が演奏された。冒頭からメータ&バイエルン国立歌劇場管の好調さが感じられる。ベートーヴェン演奏の模範ともいえるような折り目正しい正統派の演奏。引き締まったリズムが心地よい。また、ピアニシモの響きの秀逸さには、舌を巻いた(実は、この曲では透き通った弱音部を演出することが壮絶に難しい。)。コーダも、演奏不可能になるほどの加速をかけて勢いだけで盛り上げる演奏が多い中、メータは、煽らず、八分音符単位の時の流れを感じさせつつも、鈍重になることなく、適度な高揚感を演出。ほぼ完璧な仕上がりであった。

幕が開いても、緊張感が途切れることはない。ベートーヴェンの音楽との真っ向勝負に挑むメータのタクトに、一点の曇りもなかった。音楽はさらに引き締まり、やや低めの重心で筋肉質な響きにより、テンポよくストーリーが展開する。他方で、前半の四重唱に見られた淡い響きの移ろいも魅力的。キャスト陣の声が沈みがちで、懐の大きいオーケストラの流れに対して、声を乗せていけていなかったのが残念。

ロッコ、レオノーレ、マルツェリーネによる三重唱、そしてドン・ピツァロの登場あたりからは、舞台上の演技にも熱が帯び、劇の流れに惹き込まれる。場面転換でわずかにアクセルをかけ、高揚感と期待感を醸し出すメータのタクトには、巨匠の貫禄が窺われる。ベートーヴェンの書法の不器用さゆえ、音楽が弛緩しそうになる場面も垣間見られるが、メータは、予兆を察知するや否や、身を乗り出してグッと手綱を引き、流れを引き戻していた。

第一幕の山場、レオノーレのアリアでは、ベートーヴェンの理想の女性像が描かれるが、レオノーレ役のアニア・カンペは、音楽のスケールの大きさに負けてしまった印象だった。キチンと歌えてはいるが、肝心なところで逃げに入ってしまい、エネルギーの爆発が生まれない。もっとも、見るからに歌いにくそうなアリアであり、やむを得ない部分もあるかもしれない。

囚人たちの合唱も、厚みと奥行きがあり、見事。一つのクライマックスが築かれ、幕が下りた。

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第二幕は、フロレスタン役のペーター・ザイフェルトが圧倒的な声量と存在感でアピールをしたが、振り返ってみると、ドラマチック一本槍で、変化に乏しかった。

レオノーレとロッコの二重唱になると、音楽の緊張度はさらに高まり、迫真のドラマが展開していく。メータのタクトにも、一段と気合いが漲る。フロレスタンを殺害しようとするピツァロの前に、レオノーレが飛び出してくる場面は、音楽的にも演出的にも手に汗を握る瞬間であった。第一幕では抑え気味であったレオノーレ役のカンペも、第二幕ではエネルギー全開で、体当たり的な歌唱が感動をそそる。

歓喜の二重唱の後には、檻に入れられ舞台上から吊られた弦楽四重奏団により、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番から第3楽章が演奏された。これは実に粋な計らいで、再会の歓びがジーンと心に沁みる効果をもたらした。

そして、フィナーレは、音楽のエネルギーが至るところで噴出。感動的な幕切れとなった。

この日は、マエストロメータの独壇場であった。ベートーヴェンに対するメータの真摯な姿勢、ひたむきな情熱に、劇場全体が突き動かされた公演であったといえる。

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それゆえ、救いのない孤独な世界を描いたと言われるビエイトの演出も、メータの導く崇高な世界を前に、影が薄まって感じられた。なお、このプロダクションは、その斬新さと鮮烈さで、プレミエ当時から話題を集めているが、チューリッヒ歌劇場の演出の強烈さに比べれば、許容範囲内だろう。コンピュータゲームの画面のような舞台装置や空中ブランコなどの不可思議な要素も多く見受けられたものの、シナリオ上の山場を外すことはなく、見応えはあった。序曲をレオノーレ序曲第3番に差し替え、ストーリーを暗示するような演技を行わせたのは、作品全体に一貫性をもたらす意味で、効果的であったといえる。ただ、オーケストラが弱音を奏でている際に、無用に人が動き回り、ゴトゴトとノイズが入るのは頂けなかった。

なお、キャスト陣に関しては、いずれも水準以上であり、バランスも取れていた。ただ、エネルギーの噴出という意味で弱さのあったレオノーレ役のカンペ、一本槍で単調なフロレスタン役のザイフェルトは、メータの導いた音楽の大きさに照らすと、85%程度の仕上がり。ピツァロ役のアルベルト・ドーメンは、第一幕では、なかなかの存在感を示したが、シナリオ上、第二幕での存在感が薄くなるためか、カーテンコールでの盛り上がりはいまいちであった。ロッコ役のスティーヴン・ミリングは、出だしは良いが、すぐに音楽が緩み、締まりのない歌唱になる傾向が顕著で、やや不満。マルツェリーネ役のアンナ・ヴィロフランスキーと、ヤキーノ役のユッシ・ミリスは、演技では気を吐いていたものの、肝心の歌唱では不安定な箇所が散見された。

というわけで、カーテンコールも、マエストロの登場で、爆発的なブラボーの大合唱に。

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終演後は、アウグスティナーブロイにて、グリルした肉の盛り合わせとビールを数杯。いつも思うが、ドイツ料理は一皿が巨大。ここもいわゆる有名ビアホールの一つということで、味は普通。小一時間で夕食を済ませ、ホテルに戻る。

翌朝は、LH2284便にてブリュッセルへ。午前中は休暇を取り、午後から出勤。


(公演情報)

Fidelio
Ludwig van Beethoven

Sonntag, 27. November 2011, 19:00 Uhr
Nationaltheater

Musikalische Leitung Zubin Mehta
Inszenierung Calixto Bieito
Bühne Rebecca Ringst
Kostüme Ingo Krügler
Licht Reinhard Traub
Choreographische Mitarbeit Heidi Aemisegger
Produktionsdramaturgie Andrea Schönhofer
Chöre Sören Eckhoff

Don Fernando Goran Jurić
Don Pizarro Albert Dohmen
Florestan Peter Seiffert
Leonore Anja Kampe
Rocco Stephen Milling
Marzelline Anna Virovlansky
Jaquino Jussi Myllys
1. Gefangener Dean Power
2. Gefangener Tareq Nazmi

Bayerisches Staatsorchester
Chor der Bayerischen Staatsoper
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[2011/11/29 07:48] | 海外視聴記(ミュンヘン) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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