ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 |
欧州行き(12年3月)⑥―ティーレマン指揮ベルリンフィル「悲愴」
3月11日午後7時すぎ、フィルハーモニーへ。クリスティアン・ティーレマン指揮ベルリンフィルによる定期演奏会。ドビュッシーの「夜想曲」、メシアンの歌曲集「ミのための詩」、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」が採り上げられた。この日は、普段以上に観光客が多く、客席がなかなか落ち着かなかった。

20120311-32

筆者の座席は、Bブロック6列目中央。実質的には4列目に相当し、過去の経験上、フィルハーモニーの中で最も音響の良い場所と認識している。ただ、この日は、弱音を基調に据えた音創りが徹底されていたため、舞台との間にやや距離感があったのは事実だ。

20120311-33

プログラム前半一曲目は、ドビュッシーの「夜想曲」。この作品は、「雲」「祭」「シレーヌ」の三曲からなる。「雲」は、空の雲のゆっくり流れて消えてゆく様子を描写したもので、弱音器を伴う弦楽器がディヴィジにより細分化され、管楽器とともに淡い情景を描き出す、「祭」は、祭の盛り上がりと祭の後の静けさを描く、そして、「シレーヌ」では、ヴォカリーズ風の女声合唱が加わり、月の光を映してきらめく波とギリシャ神話等に登場する生き物であるシレーヌの神秘的な歌声が表現される、はずであった。
しかし、ティーレマンとベルリンフィルが表現したのは、そんな抒情的な情景では全くなかった。弱音を基調とし、まるで精密機械を組み立てるかのように、音のグラフィクス上で、一つひとつのパッセージを、極めて正確に落とし込んでいった。個々の部品が極限まで磨き込まれ、その接合に寸分の狂いもない。蚊の鳴くような小さい音量にもかかわらず、楽器の響きが健在なのは、彼らにしかできない芸当である。また、完全なる静寂の中で測られる部品間のバランスやその組み合わせも、驚異的な水準であった。音量が上がっても、オーディオのようにデジタルにダイナミクスが変化する。
フランス的な色気や洒落っ気からは無縁。音楽の流れや風景描写といった観念は完全に無視。そこに存在したのは、ミクロの世界の作り込みに命を懸けるドイツ職人芸であった。ワクワク感はゼロで、音楽的に全く面白味はないが、何かを狙っているのは確かであった(後述するとおり、プログラム前半は、プログラム後半に向けての壮大な前座であった。)。

20120311-34

プログラム前半二曲目は、メシアンの歌曲集「ミのための詩」。ジェーン・アーチボルドが独唱を務めた。プログラムでは、全9曲が演奏される予定であったが、終演が遅くなりすぎるとの理由で、この日は、前半4曲のみが演奏された。時代が現代に進んだため、サウンドにモダンな刺激が混ざるが、基本スタンスは、前半一曲目のドビュッシーと同じ。そもそも作品の雰囲気が似ている上、メシアンがドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」に決定的な影響を受けたということも考え合わせると、演奏としての筋は一応は通っていた。

20120311-35

休憩をはさみ、プログラム後半は、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。ここへ来て、プログラム前半の意図がようやく分かった。前半の二曲は、言ってしまえば、後半のためのリハーサル(試運転)で、オーケストラの精度を確認するとともに、聴衆の耳をも研ぎ澄ますための前座であった。
おそらく事前練習では、前半の二曲と同じく、オタク級のこだわりの下、細部まで徹底的に仕込みがなされたのだろう。精密機械の組立ては、後半も続いた。しかし、チャイコフスキーは、そこで止まらなかった。各旋律に内在するポテンシャルにより、推進力が自然融解的に発生し、音楽が脈々と流れ始めたのである。ティーレマンは、その兆候を察知するや否や、怒涛のごとくオーケストラを煽り、そして、一気に手綱を解放。これにより、ベルリンフィルが爆発した。精巧な構造物が巨大な化け物への変化した瞬間だ。
ffのサウンドは、見通しがよく、響きが濁ることはない。畳み掛けるように加わってくる動機の数々が、巨大な歯車となってガッチリと噛み合い、巨大な建造物の骨格をより強靭なものへと高めていた。これと対照的に、劇的なクライマックスを迎える第一楽章のアレグロ・ヴィーヴォや第四楽章の大詰めでは、痛烈な悲鳴が大きなうねりとなって襲ってきた。
他方、通常であれば、mfで弾き散らかされてしまう旋律の数々は、あえて音量を抑え、デリケートかつしなやかに歌われる。それに呼応し、伴奏パートの音量も極限まで絞り込まれているのが超人的。鳥肌が立つ瞬間の連続であった。
全体としては、いわゆるロシア風とは無縁。ワーグナーのようなチャイコフスキー。宇宙人の仕業としか思えなかった。「オーケストラって、こんなことまで出来るか」というのが筆者の率直な感想である。それでも、外面的にならず、内容が詰まっていたのは、ドイツ流の骨太さゆえであろうか。一般の聴衆にとっては「?」の連続であったと思われるが、オーケストラに携わる者にとって、この日の演奏会は、「事件」であった。

20120311-36

カーテンコールは、異様な盛り上がり。その熱狂は、楽員らの退場後も収まらず、ティーレマンが再び舞台に呼び戻された。なお、この日は、午前中にフィルハーモニーで演奏をした早稲田大学交響楽団の学生と思われる集団がバックステージの客席を埋めた。ドイツの名立たる会場で自主演奏会を催し、加えて、こんな強烈な演奏会にも立ち会えるとは、何とも贅沢な話である。

終演後は、いつものようにリンデンブロイで、白ソーセージをあてにビールを2杯。ホテルに戻り、翌朝は午前3時半に起床。ベルリン中央駅からICE373でフランクフルトへ。Sバーンに乗り継ぎ、フランクフルト空港へ向かい、NH204便にて羽田への途につく。出張よりも忙しい今回の自主研修を無事に終了し、そのまま職場に戻った。

20120311-37


(公演情報)

Sun 11. March 2012 8 pm
Philharmonie

Berliner Philharmoniker
Christian Thielemann Conductor
Jane Archibald Soprano
RIAS Kammerchor
Hans-Christoph Rademann Chorus Master

Claude Debussy / Nocturnes
Olivier Messiaen / Poèmes pour Mi
Pyotr Ilyich Tchaikovsky / Symphony No. 6 in B minor »Pathétique«
スポンサーサイト
[2012/03/13 22:06] | 海外視聴記(ベルリン) | トラックバック(0) | コメント(0) |
次のページ
プロフィール

mashi1978

Author:mashi1978
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。