ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(13年8月)⑦―ロッシーニ音楽祭―「ギヨーム・テル」
8月20日、午前中はホテルの室内でみっちり仕事。休暇といっても名ばかりで、この地に無事に来られただけでも感謝しなければならない。

午後1時半頃、雨の降りしきる中、昨年も訪れたレストラン、TRATTORIA "DA SANTE"に早足で向かい、魚介のタリアテッレやフリットを食す。地元の陽気な食堂の雰囲気は健在であり、なかなか満足のゆくランチタイムを過ごせた。

午後5時前に、シャトルバスにてアドリアティック・アレーナへ。ミケーレ・マリオッティ指揮による「ギヨーム・テル(ウィリアム・テル)」。ファン・ディエゴ・フローレス出演で話題になっていた新演出の演目で、この日は4回目の上演にあたる。

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ROF事務局から筆者に割り当てられた座席は、1列目中央。アドリアティック・アレーナは、音響が良いわけではないので、中央よりのなるべく舞台に近い場所の方が望ましい。最前列のど真ん中というのは、最上のポジションである。ちなみに、この日以降も、最前列中央の座席が続くが、アミーチ会員発売初日の早朝に申込みを送付したのが功を奏したようだ。

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非常に有名な序曲は、静寂なカンタービレと快活なテンポ感が適度に演出され、オペラの始まる期待感を高めるには十分な演奏であった。ボローニャ市立劇場管の醸し出すカンタービレは、上品で美しい。残念だったのは、ハウリング風の高音の金属音が終始鳴り続けていたこと。序曲終了後、客席後列から「うるさい。音を止めろ」といった趣旨の声がかかり、これに同調する者と、その男性を制止しようとする者との間で、一糸触発の論争が繰り広げられるも、音が止まないので、マリオッティは諦めてタクトを振り始める。この殺伐とした空気は、ロッシーニ音楽祭らしくて愉しい。なお、金属音は、第一幕の途中で止み、それほど甚大な影響はもたらさずに済んだ。

第一曲「導入曲」に入ると、オーケストラは、序曲とは異なり、ふくよかな音色で情景を描く。この変化は、なかなか見物であった。アレーナの奥から聴こえてくるアルペン・ホルンの距離感が想像をかきたてた。

ところで、今回のグラハム・ヴィックによる新演出は、近代の戦時下における支配者の被支配者に対する様々な暴力を直視するもので、不合理な隷属関係や、パワハラやセクハラの実態を暴くもの。作品に刻印された影の部分に光を当てることで、現代社会に対して問題提起をしようというものと理解でき、筋の通った説得的かつ意義のある演出と考えるが、聴衆の受け止め方は多様であったようだ。ともあれ、第一幕冒頭から、軍隊に監視される中で、民衆が必死に床を磨くという設定で、平和な香りのする音楽とのギャップが異様な緊張感を醸し出していたことは確かだ。

今回の演出の特徴がより鮮明に表れてきたのは、第五曲のダンス・シーン。3組の新郎新婦による6人のダンスではあるが、バレエというよりも、モダン・ダンス風の振り付けにより、圧政者に踏みにじられる民衆の姿が象徴的に提示され、聴衆の反応は微妙になる。

第六曲の合唱は、ジェミが弓の競技で高得点を上げるという場面ゆえ、明るく盛り上がるが、続く第七曲「第一幕フィナーレ」では、今回の演出のコンセプトが前面に登場し始める。父メルクタールが逮捕された後に、見守る民衆の前で、兵士たちが集団リンチを加える場面は、あまりに生々しく、目を覆いたくなるほど。音楽的には完成度が高く、高揚感も抜群であったが、演出の過激さに言葉を失った聴衆は、素直に賛辞を贈ることができない状況にあった。

一回目の休憩を挟み、第二幕の開演。

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第一幕の仕上がりがよかったためか、第二幕ではやや緊張感が緩んでしまった。アルノール役のフローレスの歌唱が入って、何とか全体が立て直され、音楽が先に繋がったのが救いであったが、特にアリア的な曲想の箇所において、マリオッティとマティルデ役のマリーナ・レベッカとの相性はいまいちと見受けられた。

第十一曲「三重唱」は、ドラマに進行があるので、勢いに乗れるが、第十二曲「第二幕フィナーレ」は、どこかチグハグである。舞台上に置かれた合計12頭の実物大の馬の置物が次々と横倒しにされ、集まった愛国者たちの掲げる旗を立てるための台として流用されていたが、滑稽さと意味不明さを拭えない。また、音楽的には、スイスの三つの州から男たちが山を越えて歩んできて合流するという感動的な場面であるものの、マリオッティの設定したテンポは、仲間たちが一つに結集する感動を伝えるには、あまりにあっさりとしていて、物足りなさを残した。

二回目の休憩を挟み、舞台は最大の見物である第三幕へと進む。

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第十三曲「セーヌとマティルデのエール」は、レベッカとフローレスの絡みが微妙で、印象は薄かったが、その後は過激な演出と相まって音楽的な緊張感も高まり、完成度の高い上演となった。

今回の演出の最大の問題作は、長大なダンス・シーンである。第十四曲「行進曲と合唱」、第十五曲「パ・ド・トワとティロル人の合唱」、第十六曲「パ・ド・ソルダ」では、舞踏会の場を主催するオーストリア軍兵士ら(支配者)によるスイスの民衆ら(被支配者)に対する肉体的あるいは性的な暴力の数々が繰り広げられ、優雅な音楽と舞台上の演技とのギャップは、恐ろしいほどの緊張感を生み出していた。この場面終了後の場内からは、盛大なブーイングが飛んでいたが、多少のブラボーもあり、殺伐とした空気に包まれた。ただ、筆者の目線からは、この演出は的を射ていると思われる。支配者側にある兵士らが踊る姿を優美に描くだけでは、この場面に共存する支配者側と被支配者側との対立構造が浮かび上がらない。また、ここまで徹底的に暴力を表現することにより、次の場面で、ゲスレルの命令により、テルがジェミの頭に置いたリンゴに矢を放つことの理不尽さが印象付けられ、内面的な葛藤を鮮烈に描くとともに、この作品の有する現代的な価値、さらには、現代社会の抱える多様な矛盾点を浮かび上がらせるのではないかと思う。この日の上演では、舞台上の役者らの体を張った迫真の演技、そして、オーケストラによる渾身の演奏により、圧倒的な高揚が生み出されており、筆者自身は周りの眼を恐れつつも、心の中で静かにブラボーを送っていた。

そして迎えた第十七曲「第三幕フィナーレ」は、オペラ的な観点からは、稀有の盛り上がりが実現したといえる。ジェミ役のアマンダ・フォーサイスの子役としての力強さに導かれ、テル役のニコラ・アライモの歌唱に火が付き、感動的なクライマックスが構築された。ゲスレル役のルカ・ティットートが、聴衆から嫌われることを承知で、悪役らしい見事な表情を演じてみせたのもポイントが高い。

引き続き上演された第四幕は、予想に違わず、アルノール役のフローレスが第十八曲を力強く歌い上げ、聴衆の喝采をさらった。

第十九曲「第四幕フィナーレ」は、エドヴィージュ役のヴェロニカ・シメオーニが母性愛に満ちた素敵な歌唱をみせると、マティルデ役のレベッカからもより自由度の高い伸びやかな表現が聴けるようになり、幕切れを迎える準備が整った。最後に、全員で「自由よ、天から降り来たれ」と唱和する中、ジェミが天に向かって階段を昇ってゆくシーンには、思わず胸が熱くなった。

この日の上演は、第二幕で若干の緩みがあったものの、ヴィックの提示した問題演出とマリオッティの意図した音楽が高い次元で結びつき合い、総合的にみて、オペラ上演としての充実度と完成度が高かったといえる。奇抜な表現や解釈も、回数を重ねるうちに、演奏者側にしっかりと練りこまれ、安定感が生まれてきていたように思われる。

コンサートマスターを筆頭に、ボローニャ市立劇場管の気合いの入り様は、相当なものであり、この上演にかける意気込みの高さが窺われた。合唱の充実度も申し分ない。ボローニャ市立劇場のオーケストラと合唱団は、響きの純度とクオリティが高く、粒揃いであるので、本当に巧いと思う。

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マリオッティの指揮も、細部の音色にまでこだわった創り込みで、この作品のロマンティックな側面を弾きだしつつ、熱いタクトで舞台を牽引し、今回の上演で任された大役を十分に果たすとともに、余りあるだけの実力と存在感を示していた。ただ、振り返ると、マリオッティが今回引き出した音楽は、ロッシーニというよりは、むしろ初期のヴェルディに近く、もう一歩成熟が欲しいようにも思われる。ロッシーニの音楽の場合、どこか家庭的で、明るく温かい色彩を纏っていた方が、オーケストレーションとの関係で、しっくりくるのではなかろうか。

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キャスト陣の中では、やはりアルノール役のフローレスの存在感が頭一つ抜けていた。フローレスが歌うと、歌の呼吸からアウフタクトが感じ取れるので、オーケストラは自然に寄り添えるし、音楽の進むべき方向も明快に分かる。テル役のアライモは、第三幕に照準を合わせた歌い込みで満足できる仕上がりであったし、ジェミ役のシメオーニが凛とした姿で役柄を演じ切り、舞台全体を引き締めていた。マティルデ役のレベッカも、この難役を手堅くまとめあげていたといえる。このように、歌手のバランスが最上級レベルで揃うと、ロッシーニの歌劇に潜在するパワーが存分に開花し、本来の魅力に迫ることが可能になる。これだけ高水準の上演は、全世界を探しても、ペーザロ以外では実現できないと断言できるであろう。

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終演は午後11時半。シャトルバスで市内に戻り、この日の出演者が集うレストラン、Pizzeria Restaurant Donn'Amaliaへ。打ち上げの風景を横目で観察しつつ、パスタを食して早々にホテルに引き揚げた。

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(公演情報)

20 agosto, ore 18.00
Adriatic Arena

GUILLAUME TELL
Opéra en quatre actes di Étienne de Jouy e Hippolyte Bis
Nuova coproduzione con la Fondazione Teatro Regio di Torino

Direttore MICHELE MARIOTTI
Regia GRAHAM VICK

Interpreti
Guillaume Tell NICOLA ALAIMO
Arnold Melchtal JUAN DIEGO FLÓREZ
Walter Furst SIMON ORFILA
Melchtal SIMONE ALBERGHINI
Jemmy AMANDA FORSYTHE
Gesler LUCA TITTOTO
Rodolphe ALESSANDRO LUCIANO
Ruodi, Pêcheur CELSO ALBELO
Leuthold / Un Chasseur WOJTEK GIERLACH
Mathilde MARINA REBEKA
Hedwige VERONICA SIMEONI
ORCHESTRA E CORO DEL TEATRO COMUNALE DI BOLOGNA
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[2013/08/31 23:58] | 海外視聴記(ペーザロ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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