ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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読響―第504回定期演奏会
5月23日18時45分、雨の降る中、サントリーホールへと向かう。
座席は、いつもの指定席である1階席通路より少し前のセンター。

この日のプログラムは、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番とマーラーの交響曲第5番というなかなか洒落た組み合わせ。当初予定されていたズデニェク・マーツァルが震災を理由にキャンセルしたため、チェコの名匠ペトル・ヴロンスキーが代役を務めた。

前半はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番。
この作品は、文字通りの傑作であり、筆者個人としても、モーツァルトのピアノ協奏曲の中では最も好きな作品でもある。期待を胸に出かけていったが、演奏に対する評価はさておき、筆者個人としては、あまり楽しめなかった。

理由は以下の3点。
第一に、少なくともこの日は、ピアノのタッチに変化が感じられず、作品に織り込まれた淡く複雑な色合いは窺われなかった。清水のタッチは、綺麗かもしれないが、響きにそれほど奥行きが感じられず、鍵盤をパラパラと叩いているという印象のみが残った。
第二に、オーケストラとのかみ合わせがよくなかった。オーケストラは巨大な生き物ゆえ、アンサンブルを成立させるためには、アウフタクトとして深い呼吸が求められる。特にK.491のような作品を大きなホールで演奏する場合、オーケストラの響きがまとまるまでに若干の時間を要するため、この点はさらに顕著となる。しかし、この日の清水は、一人で先に進んでいってしまうため、オーケストラがついていけない。協奏というよりも、独奏+BGMという感じであった。
第三に、オーケストラの技術面でも、準備の不十分さが散見された。実は、この作品の木管楽器は技術的にも相当高度なのだが、2楽章などの見せ場で、粗さが目立ったのも残念なポイントの一つであった。
聴いていて、もどかしさを感じ続けた30分弱であった。

これに対して、後半のマーラーは、爆演かつ大熱演。
ヴロンスキーは、大迫力のオーケストラサウンドとともに、東欧系の渋く味わい深い音色を引き出していた。特に、中低音の響きの充実は特筆もので、サントリーホールにいるということを忘れさせるほどであった。
なお、個人的に感心させられたのは、第4楽章の扱いである。この楽章は、ともすると陶酔系のムード音楽に陥ってしまいがちであるが、ヴロンスキーは、前半の3楽章とは若干趣きを変え、丹精かつ丁寧に旋律をつないでいく。抑制の効いた心に浸みわたるアダージェットであった。直後の第5楽章への流し方も秀逸。
今回は、全体を通じ、武骨な粘着系のマーラーゆえ、好みは分かれるだろう。
細部に若干の乱れも見られたが、音楽としての筋は通っており、目で見て、そして耳で聴いて楽しいといえる演奏であったことは間違いない。


(公演情報)

2011年5月23日(月) 19:00 サントリーホール
モーツァルト/ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
マーラー/交響曲 第5番 嬰ハ短調

指揮:ペトル・ヴロンスキー
ピアノ:清水和音
演奏:読売日本交響楽団
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[2011/05/24 10:39] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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