ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(12年5月)①―サンティ指揮チューリッヒ歌劇場「ポリウート」
5月23日午前6時半、羽田空港国際線ターミナルへ。午前1時発のNH203便が機材故障により7時間以上遅延。前日の夕刻に、メールで遅延の連絡があったため、空港で一夜を明かすという最悪の事態は回避できたものの、機内は空席もそれなりにあったのであるから、フランクフルトから到着するB787の使用にこだわらず、別の機材を利用するなどにより、もう少し早く飛ばせなかったのだろうか。朝のうちにチューリッヒに入るつもりだったが、予定が大狂いである。

フランクフルトとチューリッヒの間は、便数が多いため、接続には問題がなく、午後5時すぎに、定宿であるホテル・アドラーにチェックイン。日中にこなすつもりであった仕事を数件済ませ、午後6時半すぎに、チューリッヒ歌劇場へ。

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ネッロ・サンティ指揮チューリッヒ歌劇場によるドニゼッティ「ポリウート」。今シーズンのプレミエで、この日が二日目である。劇場内は、空席も散見されたが、マエストロを慕うファンが集結したと思われ、独特の緊張感に包まれていた。

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筆者の座席は、Parkett-Loge 6 rechtsの1列目。この場所は、舞台とピット内の双方が見渡せることに加え、音響面でも臨場感を欠かずに全体像を把握できるので、筆者のお気に入りのポジションである。

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この日は、マエストロの気合いが尋常ではなく、気迫に満ちた後姿や横顔には、泣く子も黙るほどの圧倒的なオーラが宿っていた。

一つひとつの音符に対する想いが実に深い。旋律はもちろん、一見単純そうな伴奏系に至るまで、全てのパッセージに生命が宿っており、いるかのようだった。テンポや音量等のメリハリを、拍単位で自由自在に動かすので、縦の線がずれる瞬間もあるが、そんなことは全くお構いなし。次の瞬間に起こるドラマを先取りした絶妙なアウフタクトと導入により、歌手のルバートやストレットが導き出されていた。

音色は明るいイタリア調だが、響きのパレットの多彩さは、筆者の想定を超えていた。純音楽的なシンフォニックな広がりを見せたり、荒々しく立ち迫るアジタートを演出したり、強い意思を持ったリズム系を刻み込んだり、綿毛のような柔らかい余韻で包み込んだり、息を呑むような静寂を演出したり。ドニゼッティのスコアには、これほどまでに多彩かつ複雑な表情が内包されていたのか。衝撃の連続であった。

挙げだすとキリがないが、例えば、第一幕第一場のパオリーナ登場場面における移行の音楽では、和声の進行に伴い千変万化する表情の移ろいに、鳥肌が立ちそうになり、第一幕第二場で隠れキリシタンらが自我を露わにする場では、神に憑りつかれたかのようなマエストロのまっすぐなタクトに、打ちのめされた。第二幕第一場のセヴェーロとパオリーナの二重唱の美しさは、この日の白眉。第二幕第二場のフィナーレにおける荘厳な盛り上がりは、劇性と格調の高さを兼ね備えた理想的なクライマックスであった。パオリーナがポリウートの信仰する神に心を開き、ポリウートと運命を共にしようと決意する第三幕における瑞々しく清らかな響きは、何と表現してよいかわからない。

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キャスト陣に関しては、今回のプレミエにあたり、ポリウート役にマシミリアノ・ピサピア、パオリーナ役にフィオレンツァ・チェドリンス、セヴェーロ役にマッシモ・カヴァレッティが配された。マリア・カラスという偉大な先達を誰もが意識してしまうパオリーナ役だが、チェドリンスは、芯の強さと心に迫る抒情性を見事に描き分け、観客の心を掴んだ。一時期は声量不足が気になったチェドリンスだが、この日は歌唱に力強さが戻っており、好調さをアピールしていた。それに比べると、セヴェーロ役のカヴァレッティは、悪くはないが、抑制気味にも見受けられ、物足りなさを感じてしまった。また、ポリウート役のピサピアは、爆発的な声量ではあったが、コレッリの力強さには遠く及ばず、表現面での内容の薄さに萎えてしまう瞬間も垣間見られた。もっとも、筆者がこのような印象を持ったのは、偏に先達が凄すぎたからであり、昨今の上演の中では、相当ハイレベルな水準にあったと思われる。

このように、今回は、豪華キャスト陣による万全の体制でのプレミエとなったが、マエストロの構築する崇高で巨大な世界観を前に、この豪華キャスト陣すらも存在感が霞んでしまっていた。歌手に寄り添うことも多いマエストロだが、今回は、マエストロの中に完成された「音楽」が絶えず鳴り響いており、頑固なまでに妥協がなかった。ここまで強い意思を持ってタクトを執るマエストロを見たのは、筆者は初めてであった。

なお、ダミアーノ・ミキエレットによる演出は、凡庸の一言に尽きる。ローマ帝国時代のキリスト教徒の迫害の物語を、独裁軍事政権下の異端者の迫害に読み替えた演出で、そのコンセプト自体は合理的だが、演出手法がテクニカルすぎて、品がない。色使いの気色悪さや、スーツ姿ないし軍服姿と薄汚い下着姿の二項対立という安易な設定は、まだ許せるとしても、下着姿のキリスト教徒が水浴びをしたり、隠れキリシタンが自我を露わにする際に、服を引き裂きながら脱いだり、第一幕第二場でローマ帝国を纏う人形を集団で叩き壊したり、第二幕第二場のネアルコに対する拷問が茶番であったり、ポリウートに対する死刑宣告を現代的な電子掲示板に投票結果を表示することにより示したり、牢獄に入れられる殉教者を黄色のガムテープで巻いたりなど、外面的な効果を狙った下品な手法の連続には閉口させられた。しかもそうした手法において、舞台上から少なからず騒音が出ていたのもいただけなかった。

カーテンコールでは、マエストロに対して劇場内からブラボーの大合唱。チューリッヒ歌劇場の観客は、よく分かっている。この日は、開演時からマエストロにブラボーの掛け声がかかり、休憩後も劇場内のあちこちから「ブラボー、マエストロ」という絶賛の声が飛ぶ。マエストロからも笑みがこぼれ、最高の仕上がりだったのではなかろうか。

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演出面での陳腐さは、非常に残念だったが、今回の「ポリウート」は、演奏面において、歴史に名を刻んで然るべき、素晴らしい上演であった。チューリッヒ歌劇場というニュートラルな場であったがゆえに、イタリアの伝統の呪縛から解き放たれ、マエストロの目指す世界観を正面から打ち出すことが出来たのであろう。マエストロのタクトで観るイタリアオペラは、筆者の知る限り、いわゆるイタリアオペラの次元を超越している。80歳を超え、ますます進化を遂げるマエストロから目が離せない。


(公演情報)

Poliuto Donizetti
Wednesday, 23.05.2012, 19:00-21:30

Conductor: Nello Santi
Producer/production: Damiano Michieletto
Orchestra: Zurich Opera House Orchestra

Massimiliano Pisapia (Poliuto, nobile armeno)
Fiorenza Cedolins (Paolina, figlia del governatore)
Massimo Cavalletti (Severo, proconsole)
Riccardo Zanellato (Callistene, gran sacerdote di Giove)
Jan Rusko (Nearco, capo dei cristiani)
Boguslaw Bidzinski (Felice, governatore di Mitilene)
Aaron Agulay (un cristiano)
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[2012/05/28 15:21] | 海外視聴記(チューリッヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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