ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(12年6月)③―フリューベック・デ・ブルゴス指揮ウィーン交響楽団「皇帝&ローマの噴水・松」
6月16日午前8時すぎ、ホテルをチェックアウトし、ミラノ中央駅からマルペンサ・エクスプレスにてミラノ・マルペンサ空港へ。案の定、到着が予定よりも10分以上遅れる。搭乗時刻が迫っていたため、早足でゲートへ向かう。OS512便にてウィーンへ。ミラノも暑かったが、ウィーンも真夏のような暑さである。汗だくになりながら、午後0時半頃、再びアルマ・ブティック・ホテルにチェックイン。荷物を整理し、いつものレストラン、Zu den 3 Hackenでランチ。スープとグラーシュの定番メニューに満足。

6月16日午後3時すぎ、ウィーン楽友協会大ホールへ。ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮ウィーン交響楽団による演奏会。もともとはジョルジュ・プレートルが指揮により、フランクの交響曲と、レスピーギの「ローマの噴水」「ローマの松」が演奏される予定だったが、負傷のため早々に降板が決定され、代役が発表され、プログラムの前半も、ベートーヴェンのエグモント序曲とピアノ協奏曲第5番「皇帝」に変更された。

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筆者の確保した座席は、Balkon-Mitteの1列目中央。ウィーン楽友協会大ホールの空間が煌びやかな大管弦楽の世界をどのように受け止めるのかを知りたくて、この座席を選んだ。ステージからやや距離があるため、古典派の作品の場合は、響きが伴いすぎて、細部がボケてしまうが、巨大編成の場合は、全体がバランスよく聴こえて丁度良い。

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プログラム前半は、ベートーヴェンのエグモント序曲とピアノ協奏曲第5番「皇帝」。

フリューベック・デ・ブルゴスの指揮は、造形のはっきりした骨太な輪郭で、腰の据わったベートーヴェン像を描き出していた。目新しさはないが、正攻法のアプローチで、実に安心して聴くことができる。力任せに押し切るのではなく、ウィーン風の抑制が効いていたのは、このホールを本拠とするウィーン響らしさとでもいえようか。

ピアノ協奏曲第5番「皇帝」の独奏は、エリザベート・レオンスカヤが務めたが、先にも述べたとおり、筆者の座席では、細かいタッチが響きの渦に呑みこまれてしまうため、コメントできるほどの情報量が得られなかった。

フリューベック・デ・ブルゴスと同様、骨太な演奏スタイルだったと感じたが、良くも悪くも普通な感じで、聴いていて疲労感が増してゆく演奏であった。

当初はプレートル指揮によるフランクの交響曲が聴けるはずだったのだから、聴く側の準備も整いにくい。例えていうなら、第一の皿で、いきなり赤身ステーキ200gが出されたような気分。もう少し軽いテイストの選曲が望ましかった。

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一つ収穫だったのは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」という作品が、神秘的な響きの引き出しを多数携えていることを発見できたこと。

他のコンサートホールの場合、ガッシリとした構成と響きの厚みが前面に出てしまい、色合いの変化や陰影を窺うことは難しい。しかし、ウィーン楽友協会大ホールの場合、さりげない表情の数々まで拾い上げるだけのキャパシティがある。

後述のとおり、この日の演奏は、そのような微妙な響きの移ろいを醸し出せるだけの水準には至っていなかったが、その片鱗を味わえただけでも、非常に勉強になった。

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プログラム後半は、レスピーギの「ローマの噴水」「ローマの松」。

フリューベック・デ・ブルゴスとウィーン響との間の長年の信頼関係と相性の良さが存分に発揮された演奏であった。プログラム前半のベートーヴェンとは打って変わり、色彩感に溢れる華やかなサウンドが花開いた。

一曲目の「ローマの噴水」は、「夜明け」「朝」「真昼」「黄昏」という四つの場面を丁寧に色分けした好演。仕掛けが上手くはまると、ローマで見た情景がそのまま浮かんでくるようなインスピレーションを与えてくれた。驚いたのは、第三部「真昼のトレヴィの泉」で、オーケストラからリヒャルト・シュトラウスを髣髴とさせるようなウィーン流の雄大な響きが湧き上がったこと。実に多彩な表情を愉しませてくれた。

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続く「ローマの松」は、場外ホームラン級の爆演。これを聴けただけで、足を運んだ価値があったといえる。ウィーン楽友協会大ホールの空間は、文字通り一つの楽器となり、馬力のあるウィーン響との相乗効果により、超巨大スケールの音楽を演出した。響きの足し算がこれほどまでにうまく成り立つ空間は、ウィーン楽友協会大ホール以外には存在しないのではなかろうか。美観を損ねることなく、圧倒的な音像を描いたウィーン響に拍手である。

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ウィーン響を本拠地であるウィーン楽友協会大ホールで聴いたのは、今回が初めてであった。なるほど、ウィーン響は、オーケストラとしての実力は十分だが、例えば、ベートーヴェンでは、響きの連鎖による覚醒を生み出すほどには響きが練られておらず、凡庸な仕上がりにとどまっていたし、オーケストラのアンサンブルの観点から難易度の高い「ローマの噴水」でも、綺麗にまとまる部分と響きのベクトルが揃わない部分との落差が大きかった。

やる気がないときのウィーンフィルよりは遥かにマシだが、超一流とは到底言えない。技量的には、日本の主要プロオーケストラと大して変わらないであろう。良くも悪くも普通のオーケストラという印象で、室内楽の拡大版というオーケストラの理想系からは程遠かった。

ウィーン楽友協会大ホールの舞台は、良さも悪さも全てが丸裸になってしまうという意味で、演奏者にとっては、やりがいがあるとともに、恐ろしい場所なのだろうと思わずにはいられなかった。

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終演は午後5時40分頃。夜の公演チケットを持つ筆者は、そのままウィーン国立歌劇場へ移動。同じ行動パターンの音楽愛好家が多数見受けられたのが面白かった。

(公演情報)

Wiener Symphoniker
Samstag, 16. Juni 2012 15:30

Interpreten:
Wiener Symphoniker
Rafael Frühbeck de Burgos, Dirigent
Elisabeth Leonskaja, Klavier

Programm:
Ludwig van Beethoven
Ouvertüre zu Goethes Trauerspiel "Egmont", op. 84
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 5 Es - Dur, op. 73
Ottorino Respighi
"Fontane di Roma". Symphonische Dichtung
"Pini di Roma". Symphonische Dichtung
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[2012/06/21 22:41] | 海外視聴記(ウィーン) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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