ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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シカゴ行き(12年6月)①―ムーティ指揮シカゴ響「ブル6」(二日目)
6月23日午前、北米出張のため、NH012便にて成田からシカゴへ。マイルアップグレードにより、初めてのファーストクラス体験。座り心地は最高である。お料理は、冷菜はハイクオリティだったが、温菜には機内食の限界を感じた。高級ワインの数々も、空の上では舌の感覚が変わるので、ちょっと勿体ない。至れり尽くせりのサービスに若干恐縮してしまった。若造には早すぎたか。

午前8時半すぎ、シカゴ・オヘア空港に着陸。初めてのアメリカ。入国審査でちょっと緊張する。シカゴ郊外は、空が開放的で、土地も雄大。ブルーラインでダウンタウンに向かい、宿泊先であるハイアット・リージェンシー・シカゴにチェックイン。午後4時すぎまで仮眠を取った。

午後5時、シカゴに留学中の友人と待ち合わせて、Exchequer Restaurant & Pubで、シカゴ名物のリブとピザを食す。お約束通り、ピザの大きさに目が点になった。アメリカン・ドリームとは、言い得て妙であり、街全体に活力が漲っているのを肌に感じずにはいられない。ダウンタウンに並ぶ意味不明な高層ビル群は、この国のある部分を象徴しているように思われる。

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午後7時半すぎ、シンフォニーセンターへ。リッカルド・ムーティ指揮シカゴ交響楽団による今シーズンの最終公演二日目。パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番とブルックナーの交響曲第6番が採り上げられた。

今回は出張が決まったのが数日前。シカゴ響のウェブを確認すると、ちょうどこの週末に公演がある。ほとんど残席がなかったが、定期会員からのリターンチケットと思われるLower Balcony中央7列目を確保。偶然とはいえ、最高のポジションで鑑賞することができた。シンフォニーセンターは、割とデッドで、音の分離がよい。ただ、舞台上で立ち上がった音を丸く収めてくれるので、非常に落ち着きのある響きが愉しめる。録音で聴くシカゴ響の音色とは、だいぶ違う印象を受けた。

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プログラム前半は、シカゴ響のコンサートマスター、ロバート・チェンを独奏に迎え、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番。

この作品は、構成が弱いため、独奏者に何か強烈なアクがないと、表面的な印象にとどまってしまう。その点で、チェンの独奏は、破綻のない無難なスタイルで、小綺麗にまとめていたが、残念ながら、ヴィルトゥーゾ的な華はない。すごく真面目な演奏で、個性は感じられなかった。コンサートマスターという職責にありながら、よく弾いていたとは思うが、第三楽章中盤に登場するフラジオレットの連続する難所は壊滅しており、集中力を切らさないことが至難の業であった。

オーケストラは、当然のことながら、完全に伴奏役であるが、弦楽器を主体としたやわらかくシックな響きで、うまく流れを作っていた。響きの重心がやや低めなこと、リズム感にアメリカ的な明るさが窺えることがこのオーケストラの特徴かもしれない。単純な構造の伴奏型に爽やかな風を送り込んで、大人の音楽のテイストに仕立てるムーティはさすがである。

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プログラム後半は、ブルックナーの交響曲第6番。久しぶりに涙腺が緩んでしまった。

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この作品の場合、強奏部分をひたすら押しまくる力技の演奏も考えられるが、ムーティがシカゴ響の金管セクションのスイッチを入れたのは、第一楽章の練習番号Nのfffと、第四楽章の最後の16小節間のみ。その他は抑制の効いたハーモニーで美しくまとめており、このメリハリが劇的な効果を生み出していた。

また、弱音部が実によく研ぎ澄まされており、シカゴ響の柔らかなサウンドが十二分に活かされていたのも、この日の演奏の特徴の一つ。複雑に絡み合うパッセージが淡く美しく組み合わされ、絵巻物を鳥瞰しているかのような錯覚に陥る。断片的な旋律の数々に歌心を注ぎ込み、瑞々しく歌い上げたあたりは、キリっとしたリズム型とも相まって、ムーティ流のブルックナー解釈といえよう。とにかく全てが完成されていた。

音楽が神業の領域に達したのは、第一楽章のコーダである。パルジファルの聖金曜日の音楽にも通ずる崇高さだ。筆者の涙腺は、すでにこの段階で開いてしまった。

そしてこの日の白眉は、第二楽章。この楽章は、ブルックナーの緩徐楽章の最高傑作と筆者は認識する。ムーティは、「きわめて壮重に」という楽想記号に忠実に、かなりスローなテンポで、一歩ずつ歩むが、強い信念と優しさに満ちたその響きには、神が宿っており、現世への様々な想いと決別しつつ、残された人生を歩む巨匠の心の浄化の過程を追体験しているような錯覚に陥った。ディミニエンドを伴う小休止における神秘的な美しさの数々は、言葉では表現し難い。

第三楽章のスケルツォは、軽やかなステップと懐かしさの入り混じる愛らしい仕上がり。

第四楽章は、「動きを持って。しかし速すぎないように」という楽想記号通りの安定感のある進行。オーケストラのテンションが高いので、自然と中身の詰まった音楽が連なる。終盤でオーケストラが若干弛緩気味になったが、ムーティの巧みなアウフタクトでうまく帳尻を合わせ、最後の大団円まで到達。最終和音の後、一瞬の間があって、嵐のような拍手とブラボーがホール内から湧き上がった。

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ムーティ&シカゴ響。シンフォニー指揮者としての巨匠の完成型を実現する最高のコンビである。巨匠の背中から広がる音楽のスケールの大きさは、シンフォニーセンターという器を超越していた。進行とともに内面からじわじわと満たされてゆく精神的な充足感がたまらない。明日はどのような演奏を聴かせてくれるだろうか。今から愉しみでならない。

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(公演情報)

Saturday June 23, 2012 8:00 PM
Symphony Center

Chicago Symphony Orchestra
Riccardo Muti conductor
Robert Chen violin

Paganini Violin Concerto No. 1
Bruckner Symphony No. 6
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[2012/06/28 17:41] | 海外視聴記(シカゴ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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