ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(12年8月)⑤―ロッシーニ音楽祭―クラッチフィールド指揮「バビロニアのチーロ」
8月13日午前、Frecciargento9465にて、ヴェローナからボローニャへ。4時間ほどボローニャに滞在したが、街全体が夏季休業中で手持無沙汰になる。昼過ぎ、Intercity611にて、ロッシーニの生誕地ペーザロへ。

今回のペーザロでの宿泊先は、リベルタ広場近くのHotel des Bains。普通の3つ星ホテルで、スタッフの対応もよく、冷蔵庫と空調も整っているが、シャワーが相当貧相だったのは、このクラスのホテルでは我慢せざるを得ないところか。

午後7時すぎ、ロッシーニ劇場へ。ウィル・クラッチフィールド指揮による「バビロニアのチーロ」。今シーズンの新演出である。今年のロッシーニ音楽祭は、8月10日から23日までの2週間にわたり開催されており、筆者が鑑賞した各演目は、この日から始まる第2チクルスに相当する。

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劇場内に入ると、そこは、世界中の音楽評論家やロッシーニ協会員と思われる貫録とオーラのある面々で埋まっており、日本ロッシーニ協会員と思われる方々の姿も多数見受けられた。いわゆる観光客らしき人物は全く見当たらない。音楽祭というよりも、国際学会の会場のようである。ザルツブルク音楽祭やルツェルン音楽祭に代表される欧州の音楽祭から想起される雰囲気とは異質の空間であり、ピリピリとした緊張感とともに、どこか殺伐とした空気が流れていた。この衝撃的な光景を前にし、筆者は、恐ろしい場に足を踏み入れてしまったと、若干委縮気味になる。

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筆者の座席は、Palco A II Ordine 18の1列目。2階席中央のBox席である。舞台の全景及びオーケストラピットの中までよく見渡すことができ、最初に鑑賞するには良いポジションといえる。ボローニャ歌劇場管の弦楽器セクションのボウイングを細かく観察できたのが良かった。1stヴァイオリンが生音のまま飛んでくるのが玉に瑕。

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さて、上演の方だが、主要キャスト陣のバランスがよく、高い水準で安定していたといえる。第一幕第三曲のチーロのカヴァティーナ、第一幕第五曲のアミーラのアリアでは、エヴァ・ポドレス、ジェシカ・プラットがそれぞれの実力を如何なく発揮し、充実の歌唱を展開した。これらに対しては、劇場内から大きな拍手が送られた。

第一幕の最大の汚点は、第一幕第六曲フィナーレの最大の山場で、携帯の着信音が鳴ってしまったこと。劇場内には、舌打ちとため息が多数漏れる。犯人のご婦人は、いったん外に出た後、第二幕冒頭で座席に戻ってきたが、あの雰囲気の中で、よく死刑宣告を受けずに済んだと思う。

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第二幕に入ってからは、チーロ役のポドレス、アミーラ役のプラットがともに失速気味で、あまり声が飛んでこない。アカペラで歌われる第二幕第八曲のチーロ、アミーラとアルバーチェによる三重唱、及びチーロとアミーラによる愛の二重唱では、アミーラ役のプラットの音程が不安定になり、音楽がかなり弛緩してしまう。

第二幕第九曲のバルダッサーレのアリアでは、マイケル・スパイレスが健闘したが、第二幕第十曲のダニエッロのアリアは、ロッシーニがあまり関心を示していなかった役とはいえ、ダニエッロ役のラファエレ・コンスタンティーニの歌唱がお粗末すぎた。

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最後は、チーロ役のポドレスが持ち直し、何とかまとまったが、音楽的には何か物足りなさが残る上演であった。客席の反応を見ても、この日の上演に関しては、可もなく不可もなくといったところか。

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ところで、ダヴィデ・リヴァーモアによる演出は、劇中劇の手法を採り入れたもの。舞台上の観客役と古代バビロニア時代の情景が対峙されるが、徐々にその境界が曖昧になってゆき、一体化が進む。白黒映画の映像も駆使されており、両者の対峙を多角的に表現したり、舞台上のストーリーを象徴的に表現したりする手法として効果的に活用されていた。進行の複雑さゆえ、第一幕では若干の戸惑いを覚えたが、アリアが連続する第二幕では逆にこれがよいアクセントとなったいたと思う。ストーリーの改変に及んでいなかった点は評価できる。

ボローニャ歌劇場管のメンバーには、ロッシーニ演奏の基礎が徹底的に叩き込まれており、オーケストラ全体における奏法上の統一感が舞台全体を大いに引き締めていた。弦楽器セクションのボウイングを眺めていると、イタリアバロックに由来する奏法の延長にあることを感じさせられる。管楽器による音色の被せ方も見事である。余計な足し引きのない本家本流のスタイルが健在であった。

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ボローニャ歌劇場合唱団も厚みのある充実した合唱を展開する。その安定感は抜群であった。小さな劇場で聴くと、その上手さがさらに輝いて見える。

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というわけで、出演者に関しては、総じてレベルが高かった。プロダクション全体として、相当頑張っていたにもかかわらず、先に述べた音楽的な物足りなさが生じてしまったのは、なぜなのだろうか。

その答えは、指揮者にあったといわざるを得ない。器楽的には美しい響きを引き出せている箇所も多かったのだが、とにかく流れが悪かったのだ。

そもそもこの指揮者は、歌手の呼吸に対するアウフタクトを全く出せていなかった。几帳面に打点を示し、インテンポを死守しようとするのだが、点だけで推し進める指揮法は、器楽には通じても、オペラには通じない。舞台上で演じながら歌っている歌手には、多大なストレスがかかるし、身体への負担も大きい。無論、聴いている方としても、疲労感が増す。インテンポにこだわるのであれば、それを導き出すようなアウフタクトを示し、歌手らの歌を身体ごと連れて行ってあげる必要があるのだ。この日の上演中に、合唱がテンポから遅れをとる場面が散見され、また、キャスト陣が後半で不調に陥ったのは、結局のところ、全てはこの指揮者のタクトのせいだという結論に達し、筆者としては、ある意味で腑に落ちた。反面教師とすべきと胸に刻んだ。

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終演後は、Pizzeria Restaurant Donn'Amaliaへ。先ほどまで劇場にいた面々がフロアの一角を埋め、各テーブルでプログラム冊子を開きながら、真面目な顔で勉強会が開催されていた。午前0時をまわって、リゾート地の海辺のファミリーレストランで、怖い顔をした面々が怖い顔をして議論を繰り広げつつ、ワインやピザを食している光景は、世界広しといえども、ペーザロでしかお目にかかれないのではなかろうか。周囲の邪魔にならないよう、さっさと食事を済ませてホテルに戻った。


(公演情報)

Teatro Rossini
13 agosto, ore 20.00
CIRO IN BABILONIA
Nuova produzione

Direttore: WILL CRUTCHFIELD 

Regia: DAVIDE LIVERMORE


Interpreti 

Baldassare MICHAEL SPYRES
Ciro EWA PODLES
Amira JESSICA PRATT
Argene CARMEN ROMEU
Zambri MIRCO PALAZZI
Arbace ROBERT MCPHERSON
Daniello RAFFAELE COSTANTINI

ORCHESTRA E CORO DEL TEATRO COMUNALE DI BOLOGNA

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[2012/08/20 19:59] | 海外視聴記(ペーザロ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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