ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(12年11月)②―チョン指揮フェニーチェ歌劇場「オテロ」
11月22日早朝、LH324便にてヴェニス・マルコポーロ空港へ。バスでヴェネチア・サンタルチア駅前に向かい、宿泊先であるAbbazia De Luxeにチェックイン。Hotel Abbaziaの別館で、5部屋しかない隠れ家風の宿は、カナル・グランデに面しており、運河を行くヴァポレットと街の喧騒を眺める。階段しかないのが欠点だが、居心地はかなり良かった。

部屋で仕事を数件処理した後、午後1時すぎに今年8月にも訪問したCantina Do Spade(カンティーナ ド・ スパーデ)へ。期待を裏切らない安定した料理とハウスワインは、今回も筆者を癒す。前菜盛り合わせ、イカ墨パスタ、干し鱈3種盛りで、満腹になってホテルに戻り、しばし仮眠。

午後5時前、Teatro La Feniceへ。チョン・ミョンフン指揮フェニーチェ歌劇場によるヴェルディ「オテッロ」。2012/2013シーズンの開幕を飾る新演出である。ダブルキャストが組まれており、この日はBキャストの初日であった。

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10月7日の発売初日に何とか確保した座席は、Ordine 3 Parco 27の1列目。オーケストラピットは十分に見渡せ、舞台が見切れることもない。この日の上演は、筆者の心の中にズシンと深い衝撃を与えた。筆者の海外歌劇場巡業へと導いたのは、2年前にフェニーチェ歌劇場で観たチョン・ミョンフン指揮によるヴェルディ「リゴレット」だが、今回はそれを上回る。

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筆者はこれまで「オテッロ」という作品に十分に入り込めていなかった。一般に、爆発的なエネルギーと大スペクタルという印象が強い「オテッロ」は、豪華な歌手陣とオーケストラの轟音でねじ伏せられることが多く、それが「オテッロ」の上演のスタンダードだと刷り込まれていたからだ。要するに、ヴェルディが書いた作品なのに、ヴェルディらしさが感じられないという違和感にずっと苛まれてきたのだ。

しかし、世の中に多くみられるそういった上演は、やはりヴェルディが書いたスコアを忠実に再現したものではなかった。鳴らせばよいというものではない。大きい声を張り上げればよいというものでもない。それを明確に示してくれたのが今回のチョン・ミョンフン指揮による上演であった。

チョン・ミョンフンによる楽譜の読みは深い。とことん楽譜に忠実であり、なおかつ一つの芸術表現として見事に再構築されている。そして、スコアに描かれた全ての音に明確な意思が感じられる。外面的な音が皆無なのだ。休憩中や終演後に手元のスコアを見返すと、ヴェルディが書き記した強弱記号の意味が驚くように浮かび上がってきた。これは本当に凄いことだ。チョン・ミョンフンが示した一つひとつのアウフタクト、テンポ感やリズム感、音楽の運び方に至るまで、ほぼ全てにつき納得ができた。直球勝負の生真面目なアプローチゆえ、社交的な色艶や華に欠けるが、これこそが「オテッロ」の本質なのだろう。

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70歳を超えたヴェルディがこれまでの集大成として書き上げた「オテッロ」には、彼が追求してきた作曲技法の全てが詰まっており、その可能性が宇宙的な規模で拡がり得ることが暗示されている。頭では理解していたが、実感としてそれを具現化してくれたこの日の上演は、筆者にとって忘れがたい体験となった。

というわけで、この日は、筆者の中では、チョン・ミョンフンを見たことで全てが終了していたのであるが、以下では、鑑賞中に気付いたことを備忘的に記す。

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フェニーチェ歌劇場は、220年の伝統を誇る歌劇場ではあるが、上演レベルに関しては、二流に成り下がってしまったといわざるを得ない。オーケストラの技術レベルは、ミラノやローマやボローニャに比べると、見劣りする。この日は、彼らにしてみれば、相当奮闘していたことは間違いないが、チョン・ミョンフンのタクトに応えきれていない箇所もそれなりに垣間見られてしまった。歌に関しては、筆者の座席の関係で、割り引いて評価する必要があるが、合唱団の水準も並と思われる。チョン・ミョンフンが「オテッロ」の世界を徹底的に解読し、それをシンプルかつ明確に示したのであるから、然るべき集団が上演すれば、音楽が、そして舞台が「化ける」ことは疑いの余地がない。それを実現しきれなかったのは、歌劇場のポテンシャル不足ゆえであろう。上演中の聴衆のマナーが悪く、かなり騒がしかったことと相まって、歌劇場全体としてどこか悪いムードが漂っているように感じられた。

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また、名を連ねたキャスト陣も、表現力という意味で、力不足を感じる。唯一感心させられたのは、デズデーモナ役のカルメラ・レミージョ。歌唱の安定性はもとより、役柄の表現面でも、一本筋が通っていて、凛とした強さが印象的であった。第四幕の「柳の歌」では、チョン・ミョンフンが仕立てた聡明な世界を背景に、十分な説得力をもって演じ切り、深い感銘を与えていた。これに対し、オテッロ役のワルター・フラッカーロは、存在感が薄く、表現面でドラマを作りきれない。心の葛藤が声に乗らないと、「オテッロ」の魅力は半減してしまう。歌唱面でも、後半は持ち直したものの、前半では高音がぶら下がり気味になる箇所もあり、今一歩であった。イアーゴ役のディミトリー・プラタニアスは、終盤に進むにつれて、悪の権化としてのクールな凄みが滲み出てきたが、前半はオーラが少なく、鑑賞していても、なぜオテッロがイアーゴの画策にはまってしまうのかが感覚として理解できなかった。ただ、弱音部の語りは、イアーゴの冷徹さをうまく表現できており、この点は好感が持てた。カッシオ役のフランチェスコ・マルシーリャやロデリーゴ役のアントネッロ・セロンは、卒なくこなせてはいたが、それ以上の印象はない。ロドヴィーゴ役のマッティア・ダンティは、歌唱自体に問題を感じることがあり、第三幕の緊迫感を殺いでしまっていた。なお、エミーリア役のエリザベッタ・マルトラーナは、脇役ながら、よい働きをしていた。

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フランチェスコ・ミケーリによる演出は、星座を散りばめた夢の下で、東洋と西洋の出会いを象徴的に示そうとするものと理解できた。しかし、様々な要素、特に東洋と西洋がごった煮になっているだけで、舞台としての一貫性は感じられなかった。もう少し整理してもよかったのではなかろうか。舞台セットとしては、舞台中央にせり出してくる大きな箱がデズデーモナの部屋などの用途で用いられ、これが場面転換時に回転するのだが、この部屋の中はなぜか東洋で、作品全体を通じて東洋の要素を色濃く映し出すことの意味がよくわからなかった。大量の小さな船の模型を出演者が手に携えて登場するのも安っぽい。作品全体を貫くコンセプトとして、ベッドにスポットが当てられているが、ベッドの場で繰り広げられる演技は、色物系の品位に乏しいもので、チョン・ミョンフンが描く生真面目な音楽とマッチしていない。第一幕の祝宴では、病院のベッドのようなものが大量に並ぶ中で進むが、これもただの宴会のノリで興醒めである。腑に落ちなかったのは、幕切れの設定。息を引き取ったデズデーモナが亡霊のように登場し、オテッロに短刀を差し出し、自害を唆すが、そういう話なのであろうか。

色々と難点はあったが、上演全体としては内容の濃い舞台であり、満足感は高かった。来年4月の来日公演が楽しみである。

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終演後は、2年前に訪れて感銘を受けたOsteria Alle Testiere(アッレ・テスティエーレ)へ。ここは、ヴェネチアの中で例外的に美味しいレストランとして有名。予約しないと入れない。蜘蛛蟹、フレッシュ白トリュフのかかったタッリアテッレ、酸味のあるソースの添えられた白身魚のソテーを食し、やや疲労の溜まっていた胃腸にもエンジンがかかった。ワイン4杯、グラッパ3杯で締める。


(公演情報)

OTELLO

Teatro La Fenice
22/11/2012 ore 17.00

dramma lirico in quattro atti
libretto di Arrigo Boito
dalla tragedia Othello di William Shakespeare
musica di Giuseppe Verdi

Otello - Walter Fraccaro
Jago - Dimitri Platanias
Cassio - Francesco Marsiglia
Roderigo - Antonello Ceron
Lodovico - Mattia Denti
Montano - Matteo Ferrara
Un araldo - Giampaolo Baldin
Desdemona - Carmela Remigio
Emilia - Elisabetta Martorana

maestro concertatore e direttore - Myung-Whun Chung
regia - Francesco Micheli

Orchestra e Coro del Teatro La Fenice
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[2012/11/26 16:10] | 海外視聴記(ヴェネチア) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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