ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(13年8月)③―ザルツブルク音楽祭―ムーティ指揮ウィーンフィル「ヴェルディ/レクイエム」
8月18日午前10時半頃、祝祭大劇場へ。前日に引き続き、リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団及びウィーン国立歌劇場合唱団によるヴェルディのレクイエムの演奏。独唱陣には、クラッシミラ・ストヤノヴァ、エリーナ・ガランチャ、ピョートル・ ベチャワ、ドミトリ・べロセルスキの4名が並ぶ。

祝祭大劇場内の雰囲気は、前日と同様。着飾ったセレブ達と観光客のマナーの悪さには、ため息の一つも付きたくなる。携帯電話の着信音が何度も鳴ったのは、この音楽祭の客層が年々低下していることの証左といえる。大声で誘導する日本人ツアーも見苦しい。少なくとも一昨年は見られなかった光景である。

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音楽祭サイトを通じて筆者が確保した座席は、平土間1列目下手側。前日よりも1列後ろに下がっただけだが、下手側に寄ったこと、また10センチほど目線が上がったことから、管楽器の音色がより明快に聴こえるようになった。包まれるような臨場感が無くなり、1stヴァイオリンの直接音が若干気になったものの、全体の響きをより客観的に把握しつつ、ムーティの横顔とタクトを間近に見ることができるという意味で、前日との対比の観点からも、今回は良席に恵まれた。

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この日は、ベチャワが復調し、それに触発された独唱陣やオーケストラが本来の力を取り戻した。一夜明け、十分に休息を取ったオーケストラや合唱団が集中力を保てる環境が整ったことも大きく寄与したと思われる。前日に散見されたムラや乱れは何事もなかったかのように綺麗に修復されるとともに、外面的な演出効果は内面化を果たし、全ての要素が格調の高い世界観の下に結実していた。冒頭から結末まで、集中力が途切れる瞬間は皆無であった。これこそが現時点のムーティとウィーンフィル及びウィーン国立歌劇場合唱団の到達点。彼らによる2年前の演奏からは、隔世の感がある。最上のコンディションで迎えた千秋楽は、ヴェルディ生誕200年を祝うにふさわしい記念碑的な演奏となった。

この日の独唱陣は、ベチャワの復調を受け、4人が非常にバランスの良いアンサンブルを聴かせた。ストヤノヴァは、前日と異なり、冒頭から攻めの姿勢で、より踏み込んだ表現に磨きがかかる。ガランチャに関しては、前日の方が声に伸びがあったように感じたが、結果的に、独唱陣4人のバランスが整い、声楽カルテットの醍醐味が如何なく発揮されていたといえる。

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ムーティの表情を見ながら聴いていると、新たな発見がたくさんある。この日のムーティのタクトは、第二曲「Dies Iræ」中盤から次第に熱を帯び、よりアグレッシブな指揮姿で音楽の流れをリードした。

第一曲「Requiem et Kyrie」は、神妙な顔つきで演奏したくなる曲想だが、むしろムーティの表情は、柔和で前向きだ。響きの明るさを失わず、安定感のある導入であった。

第二曲「Dies Iræ」の力強さは、前日と同様。ベチャワの復調により、「Ingemisco」以降、尻上がりにテンションが高まっていった。「Confutatis maledictis」では、ムーティが特に熱い想いを注ぎ込み、微妙な揺らぎも含め、べロセルスキとオーケストラがまるで一つの生き物であるかのような動きを見せた。神業である。「Lacrymosa」では、序奏がゆったりとしたテンポ感で開始されたことを受け、ガランチャがたっぷりとした表情で歌い込む。前日とは異なる路線である。べロセルスキに橋渡しするあたりでは、軽やかなテンポ感に戻っていたが、この一瞬の駆け引きは見物であった。

第三曲「Offœrtorium」では、表現がさらに練りこまれ、完成度が高まる。「Hostias et preces tibi, Domine, laudis offerimus」の箇所は、この日のベチャワは綺麗にまとめていた。

第四曲「Sanctus」は、軽快さが増し、明るい前向きな音楽に仕上がった。楽想記号はleggero e stacc.であることからすると、納得のいく方向性である。最後に現れるオーケストラによる階段状のユニゾンに荒々しさが全くなかったのは、ウィーンフィルの卓越した技術力の表れ。なお、この日のムーティは、結尾の和音を拍子よりも長めに鳴らしたが、溢れんばかりの賛美の想いに自然と導かれたのであろう。

第五曲「Agnus Dei」では、オーケストラが柔らかな日差しのような音色で歌に寄り添い、何とも言い難い美しい世界を醸し出した。平和を求める「祈り」に包まれた。

第六曲「Lux Æterna」では、結尾に向け自信の漲った表情がステージ上から窺われた。全てが必然的に進行しているように感じられる。なお、曲の入りは、前日の鮮烈な印象とは異なり、温かい響きに感じられた。ここまで整えば、小細工的な仕掛けは不要である。

第七曲「Libera Me」も、非の打ちどころのない充実の進行。「Dies iræ」の再現部分に見られた振幅の大きな波は、巨大なうねりをもたらす。前日に不安のあった「Libera me」のフーガは、完璧に統制が効いていて、緩みは全くない。ステージ上の演奏者全員の力が結集したtutta forzaは、今回の演奏のクライマックスとして、聴衆全員の感涙を誘い、感動の渦巻く中、幕切れとなった。

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世界最高レベルの独唱陣、合唱、オーケストラが本気で取り組んだ結果として生み出されたこの日の演奏は、一つの「事件」であった。技術的な完成度の高さはヴェルディの書いた音楽の無限の可能性を明らかにし、音楽に向かう演奏者たちの真摯な姿勢は聴衆の心を清らかにする。外連味のないチームプレイの結集から得られる一体感と充足感は、マエストロ・ムーティの包容力に由来するもの。聴衆のマナーの悪さを除けば、純粋な気持ちで音楽と向かい合える素晴らしいひと時であった。

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終演後は、クールダウンのため、しばし旧市街をぶらつき、落ち着いたところで、レストラン、シュティフツケラー・ザンクト・ペーターへ。メンヒスベルク山の岩盤をくりぬいた岩肌を利用しているため、夏場でも涼しいことが最大の取り柄かもしれない。2年前と同様、味は可もなく不可もなく。


(公演情報)

Wiener Philharmoniker • Riccardo Muti
18. August, 11:00 Uhr, Großes Festspielhaus

Riccardo Muti, Dirigent

Krassimira Stoyanova, Sopran
Elīna Garanča, Mezzosopran
Piotr Beczala, Tenor
Dmitry Belosselskiy, Bass

Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Wiener Philharmoniker

PROGRAMM
GIUSEPPE VERDI • Messa da Requiem
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[2013/08/31 00:09] | 海外視聴記(ザルツブルク) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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