ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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欧州行き(13年8月)⑥―ロッシーニ音楽祭―「アルジェのイタリア女」(その1)
8月19日午後7時半すぎ、再びテアトロ・ロッシーニへ。ホセ・ラモン・エンシナール指揮による「アルジェのイタリア女」。今年のロッシーニ音楽祭の新演出で、この日は4回目の上演にあたる。

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筆者の座席は、Palco A I Ordine 7の1列目。1階席中央のBox席である。筆者にとってこの日が今年のロッシーニ音楽祭の初日であったこと、筆者と同じボックス及びその隣の各後列に陣取った子供連れの家族が絶えずそわそわと動き回っていたことから、全く集中することができなかった。テアトロ・ロッシーニのボックス席は、空調の効きが悪いときもある。この劇場の場合、平土間前列に陣取るのが正解のようだ。

さて、ダヴィデ・リヴァーモアによる今回の新演出は、写真では美しいようにも見えるが、実際のところは、ノイズが多くて騒々しいことに加え、映像や照明も趣味が悪い。下品なお笑い風のドタバタ演技と、眼に刺さる照明効果、そして、漫画風の映像が一緒くたに飛び出してくるので、舞台を見ていると、ロッシーニの音楽に意識が向かっていかないのである。

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劇場内には、上の写真のように、後の開演前から緞帳に第十三曲「アリのアリア」で用いられる映像の数々が次々と映し出される。イタリア女の一時代前の日常生活を示す雑誌風の映像である。序曲が始まると、アルジェリアにおける石油採掘の様子を示すアニメーションを背景に、石油成金ムスタファが部下らとともに緞帳前を通過。銃を持ったリンドーロが抵抗の挙句人質に取られ、SOS発信をすると、ローマでセレブ生活をしていたイザベッラがタッデーオとともにプロペラ機で向かうも、嵐に巻き込まれ、開幕となる。舞台は石油成金ムスタファの屋敷。ムスタファは、スキンヘッド、サングラス、アロアシャツ、短パン、サンダルという衣装から想像のつくベタな人物設定。導入のコンセプトは悪くない。

しかし、最大の問題は音。役者らが必要以上にドタバタと走り回るので、足音ばかりが耳についた。序曲から騒々しい。舞台装置の構造上、足音が良く響くので、ロッシーニらしい軽快な音色がぶち壊しである。また、ズルマが身に着けていた衣装に、ビーズ状の飾りが大量に付されており、彼女が動くたびにその音がジャラジャラと鳴り続けるのは、トラウマのようであった。第三曲の最後に関しては、ムスタファが暴発したピストルによって、イザベッラとタッデーオが乗った飛行機が墜落し、その機体の一部が舞台袖から勢いよく飛び込んでくるという設定であったが、この破壊的な演出は、第三曲におけるムスタファの名歌唱の印象を全て打ち消してしまった。

また、照明に関しては、ピンクのキラキラ系の照明効果が多用されていたのは、かなり目障りであり、舞台上の役者を見づらくする。個別の映像効果との関係では、例えば、第一幕幕切れ直前では、役者一同を舞台前方の白壁の前に一列に並べ、そこに回転する渦巻きの映像が重ね合わされるという手法が用いられていたが、この渦巻きの映像が漫画風かつ眼に刺さるものであったため、観ている方までが目を回しそうになった。これは明らかに度を超している。第十五曲「イザベッラのロンド」で、背後に置かれたテレビ映像とそれにまつわる周囲の役者らの動きがやたらと目立ち、音楽の魅力を消してしまうのも問題。その他、時々挿入される漫画の吹き出しのような映像も、舞台を陳腐にしていたと感じた。映像演出に関して唯一許せたのは、第十三曲「アリのアリア」くらいであろうか。ここでは、本を開くとともに、幕全体にイタリア女の一時代前の日常生活を示す雑誌風の映像が次々と映し出していたが、この点に関しては、目線を変えるとともに、音楽的な弱さをフォローするという意味で、気分転換にはなった。ともあれ、全体を通じ、刺激的な照明のもたらす弊害を目の当たりにした。

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演技面でも、かなり品がなかった。現代版キャバレーのような設定にすること自体は別に構わないが、イザベッラを水着同前の状態にまで脱がせたり、イザベッラとリンドーロが顔を合わせた際にカンフーのような演技をさせたりというのは、唐突に過ぎる。ムスタファに倒されたエルヴィーラが階段を数段転がってスカートが完全にめくれてしまうというのも、意図的と読んだが、このような下劣な方法以外に、色気を表現する方法はないのだろうか。

ともあれ、これだけ刺激的な要素を並べられてしまうと、演出上のやり様の少ない第五曲「イザベッラとタッデーオの二重唱」が逆に退屈に感じられてしまう。これも演出上の設定ミスである。全体がバランスよく浮かび上がってこないと、よい演出とはいえない。

全般的に、シナリオと全く関係のない余計な動きや効果が目立ちすぎており、作品本来の姿が見えてこなかったという印象だ。

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音楽面では、キャスト陣は喝采を浴びていたが、指揮者のエンシナールに対しては、盛大なブーイングが出た。特に第七曲「第一幕フィナーレ」のテンポが速すぎて、歌手の口が回らなかったのは、悲惨であった。全体的に、合唱のテンポ感が悪く、常に遅れ気味になっていたのは、歌の呼吸をつかめていないことの表れといえるであろう。表面的にはキレがあってまとまりがあるように聴こえたのは、ボローニャ市立劇場管の存在感ゆえであろうか。オーケストラは、醜い演出を背後に控えても、何事もなかったかのように、美しく軽快な音色を奏で続けた。よく我慢し切れたものだと思う。

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というわけで、この日はロッシーニをろくに愉しめないまま、劇場を後にする。終演後は、昨年宿泊したホテルHotel Des Bainsに併設のレストラン、Polo Pasta e Pizzaで、スパゲティ・ボンゴレとキノコのピザを。眼の前で大音量によるポップス野外ライブが開催されていて、その爆音がテラス席を直撃。料理のレベルには安定感と信頼感が感じられたが、何しろタイミングが悪すぎである。余韻も全て吹っ飛んでしまった。


(公演情報)

19 agosto, ore 20.00
Teatro Rossini

L'ITALIANA IN ALGERI
Dramma giocoso per musica in due atti di Angelo Anelli
Nuova produzione

Direttore JOSÉ RAMÓN ENCINAR
Regia DAVIDE LIVERMORE

Interpreti
Mustafà ALEX ESPOSITO
Elvira MARIANGELA SICILIA
Zulma RAFFAELLA LUPINACCI
Haly DAVIDE LUCIANO
Lindoro YIJIE SHI
Isabella ANNA GORYACHOVA
Taddeo MARIO CASSI
ORCHESTRA E CORO DEL TEATRO COMUNALE DI BOLOGNA
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[2013/08/31 23:57] | 海外視聴記(ペーザロ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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