ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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ミラノ・スカラ座来日公演2013「ファルスタッフ」
9月4日午後6時過ぎ、東京文化会館へ。ミラノ・スカラ座来日公演2013「ファルスタッフ」初日。売れ行きが芳しくないという声が漏れ聞こえる中、どのような手段を講じたのかはわからないが、会場内は8割程度の集客を確保できていた。

筆者の座席は、3階席正面3列目。プレミアム・エコノミー券で入手した。屋根が被ること(2列目までであれば問題はなさそうである。)、舞台から距離を感じることを考え合わせると、定価では絶対に購入する気の生じない座席であるが、プレミアム・エコノミー券であれば、価格相応と感じる程度のコストパフォーマンスは保証できる。なお、以下は3階席正面3列目で観劇したことを前提とするコメントであり、もし1階席で観劇していたらまた別の印象になっていた可能性は否定できない点をあらかじめお断りしておく。

この日の公演は、これから始まる公演に対する期待感といまだ本調子ではない演奏コンディションとが入り混じり、引っ越し公演初日らしい上演であったと言える。回数を重ねるうちに、彼らの本領もより発揮されるようになるであろう。

ロバート・カーセンによる演出は、光の使い方が効果的であった。第一幕第二場はランチに集まったレストランという設定だが、ナンネッタとフェントンの二重唱の場面では、照明が落ちてレストラン全体がストップモーションとなるという仕掛けで、横から照らす光と相まって幻想的な空間の創出に成功していた。また、第三幕第二場で、周囲を囲っていた壁が開き、遠くに星空を望むとともに、角を付けたファルスタッフに対して舞台奥から光を当てることで、壁に巨大な影を投影し、ファルスタッフが舞台上に登場する前にその存在を暗示する手法は、印象的であった。
他方で、第二幕第一場をガーター亭のラウンジとし、物語の進行に合わせて、居合わせていたイギリス風紳士たちが怒って順々に出て行くという設定や、第二幕第二場をモダンなキッチン仕立てとし、フォードがファルスタッフを探し出す際に、棚という棚が開けられて、放り出される物で床一面が埋め尽くされるという演出は、あっても無くてもどちらでもよかったように思われる。ただ、第二幕第二場幕切れのファルスタッフが川に落とされる場面で、フォードに返り水が浴びせられるのは、シナリオ上も納得のいく演出であり、分かりやすかった。
第三幕第一場で、ファルスタッフが馬小屋に寝ている(しかも、本物の馬も窓から顔を出している)という設定は、全体の流れとはあまり関係がないと思われる。第三幕第二場で、ファルスタッフが妖精や化け物に囲まれて突っつきまわされる場面で、レストランのテーブルを再出させ、テーブルの上に転がされたファルスタッフを村人らがナイフとフォークで突っつくというのも、第一幕第二場とのリンクを強引に演出しようとしたものと読め、無理があったかもしれない。
なお、第三幕第二場のフィナーレにおいて、歌手が各フーガの冒頭を歌っている最中に、舞台中央に縦に長く置かれたテーブル上を順々に歩いて行進し、最前方に到達するとそこから降りるという演技をさせていたのは、明らかに失敗であった。ちょうどテーブルから降りる箇所がフーガのフレーズの末尾と重なってしまい、音楽的に甚大な影響を生じさせていたからだ。また、フーガの場面で一時的に客席の電気を明るくするのも、発想が安易であると言わざるを得ない。
全体としては、目新しさも含め、観ていて飽きない演出プランではあるが、結局何が言いたかったのかという観点からは、必ずしも焦点が定まりきっていなかったように感じた。ただ、欧州等で話題になるような前衛的な演出ではなく、むしろスタイリッシュかつ保守的な演出であり、安心して観ることができる内容であったとはいえる。

観客の反応を見ていて勉強になったのは、喜劇において日本の観客が笑いに反応するタイミング。完全に字幕に支配されており、箇所によっては、歌詞でキーワードが発せられる前から、笑いが発生していることもあった。上演している方からすれば、非常に不可思議に見えていたであろう。ただ、今回の字幕は割とセンスが良く、笑いを取るツボを心得ていたので、公演の印象をアップするのにだいぶ貢献していたと思われる。

さて、キャスト陣は、初日ということもあり、本調子からは程遠い水準にあったと言わざるを得ない。
ファルスタッフ役のアンブロージョ・マエストリは、決め所は押さえてくるものの、流し運転的な部分も多く、次から次へと新しいアイデアが浮かんでくるような創造性や活力までは感じられなかった。フォード役のマッシモ・カヴァレッティは、ダブルキャストでこの日出演が予定されていたとされるファビオ・カピタヌッチのキャンセルに伴い、予定よりも2日早い出演となったが、絶不調のどん底で、声が伸びないどころか、要所で声がひっくり返るという惨憺たる状況。二人とも筆者が今年4月にチューリッヒで観劇したときの方が断然良かった。
アリーチェ役のバルバラ・フリットリは、可もなく不可もなく。オーラは少なかった。ナンネッタ役のイリーナ・ルングとフェントン役のアントニオ・ポーリは、若さで頑張っていたが、肝心の第三幕の歌唱部分で安定感を失う場面もあり、総合点としてはいま一歩。
ちなみに、女四人のアンサンブルや男五人のアンサンブルも、ベクトルが揃わず、バラバラ感を否めなかった。キャスティングのバランスは本当にこれで良かったのかという疑問も湧いた。
そのような中で、会場の雰囲気を動かすパワーを揺り動かすだけのエネルギーを唯一放出できていたのは、クイックリー夫人役のダニエラ・バルチェッローナ。彼女が歌い始めると、オーケストラも自然と吸い寄せられて、瑞々しい音色を奏でていた。

指揮台に立ったのは、ダニエル・ハーディング。最初からあまり期待していなかったが、改めて失望させられた。ハーディングには、スカラ座で「ファルスタッフ」を振るだけの力量は伴っていなかったように見受けられた。管弦楽作品やドイツものでは鋭敏で内容の濃い演奏を引き出せても、イタリアオペラでは話が違ったようだ。
ハーディングの指揮は、直線的で、かつ叩き込むアクションが強いため、強奏部が全てベートーヴェンのsfのような打撃音になってしまう(現在の音楽監督であるバレンボイムが好みそうなドイツ的な響きに近い。)。これには、さすがにうんざりさせられた。執拗に繰り返されると、せっかく良い雰囲気が醸成し始めても、それが全て断ち切られてしまうからだ。強奏部で音が荒れるのも問題。
また、ハーディングの指揮の下では、オーケストラピットからは、交響曲のような精緻な音が飛び出してくるのだが、反面、歌手を誘い出すアウフタクトが出ないので、舞台上は流れに乗れず、呼吸が合わない。観ていて非常に歌い辛そうではあった。第一幕フィナーレや第二幕フィナーレのように、歌手らが複雑に組み合わさるアンサンブルも、団子状になってしまい、噛み合わない。
加えて、シンフォニックなコンセプトを出発点とした音楽設計を志向しているため、人間の喜怒哀楽が複雑かつ完璧なバランスで描かれた「ファルスタッフ」のスコアの多面性が捨象されてしまっていたように感じた。生真面目すぎる音の処理も、喜劇としての「ファルスタッフ」の愉しさを減殺していた。緩急の入れ替わり時の柔軟性も乏しかったと思う。特にがっかりしたのは、第二幕第一場の「行け、年老いたジョン」で冒頭の足取りがおぼつかず音楽が浅くなった点や、第二幕フィナーレに挿入される愛の二重唱がその直前のテンポ感に飲み込まれて中途半端になった点など。また、第三幕の幻想的なシーンも音楽的な魅力は薄かった。これらは音楽進行上のキーになる部分である。
音のテンション、テンポ感、間の取り方等を通じ、歌手の様子を十分に探って、流れを呼び込みつつ、場面に応じてもっと色々な表情が窺えて然るべきであった。結局のところ、この日の上演では、キレは良いがそれ以上の含蓄のない内容の薄い音楽に止まっていたというのが筆者の正直な感想である。マエストロ・サンティであれば、こうはならない。

なお、オーケストラは、第一幕は、叩きつけるような強奏部の連続により、潰れた音が多く聴こえてきたが、第二幕に入ってからは、少しずつ調子が戻ってきて、特に弱音部においてスカラ座らしい輝きと伸びが垣間見られるようになった。第三幕は、指揮者に許容された裁量の幅が狭く、むしろ各奏者の個人プレーに依存する時間が長いため、タクトから解放されたオーケストラが本来の持ち味を発揮できる部分が相対的に増加した。とはいっても、まだ初日であり、彼らも本調子ではない。しかも、高音多湿の日本である。輝かしさと柔らかさを兼ね備えたスカラ座の独特の音色を聴けるようになるには、まだ時間がかかりそうである。

この日の上演は、悪くはなかったが、良くもなかった。上演側のコンディションは、ベストからは程遠い状況にあったが、それでも第二幕フィナーレや第三幕フィナーレには、演奏がどうであれ、音楽の力だけで、観客を説得し、圧倒するだけの凝縮力があった。これは、ヴェルディの凄いところである。しかし、筆者の中では、今年4月にチューリッヒ歌劇場で観劇したネッロ・サンティの指揮による神がかり的な「ファルスタッフ」が強く心に残っているため、この程度の「ファルスタッフ」では、世界一を誇るはずのミラノ・スカラ座による上演としては、およそ納得が出来ない。ちゃんと探せば、ハーディングよりも的確かつ柔和に音楽と音色をまとめ上げられる指揮者は、同じ世代であっても他にもいると思うが。

予想通りとはいえ、実際に生の上演に触れてしまうと、心の中に渦巻くもやもやの一つや二つは吐き出してみたい心情となる。微妙な心境のまま、カーテンコール途中で席を立ち、帰路についた。


(公演情報)

ミラノ・スカラ座来日公演2013
2013年9月4日(水)18:30開演/東京文化会館

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲
「ファルスタッフ」全3幕

指揮:ダニエル・ハーディング
演出:ロバート・カーセン

サー・ジョン・ファルスタッフ:アンブロージョ・マエストリ
フォード:マッシモ・カヴァレッティ
フェントン:アントニオ・ポーリ
医師カイウス:カルロ・ボージ
バルドルフォ:リッカルド・ボッタ
ピストラ:アレッサンドロ・グェルツォーニ
フォード夫人アリーチェ:バルバラ・フリットリ 
ナンネッタ:イリーナ・ルング
クイックリー夫人:ダニエラ・バルチェッローナ
ページ夫人メグ:ラウラ・ポルヴェレッリ

ミラノ・スカラ座管弦楽団
ミラノ・スカラ座合唱団 
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[2013/09/05 01:01] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(4) |
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コメント
はじめまして。検索からまいりました。
私は6日に行きましたが、特に指揮者についてはまったく同感です。
私が言葉にできなかったことを言葉にしていただいて感謝します。
また時々お邪魔します。よろしくお願いします。
[2013/09/08 09:29] URL | コバブー #- [ 編集 ]
コメントをいただきまして、誠にありがとうございました。
世間では絶賛されている模様ですが、スカラ座の備える潜在的な実力に照らすと、今回の「ファルスタッフ」は、引っ越し公演であるというハンディを割り引いたとしても、彼らの本来の姿からはだいぶ見劣りするレベルに止まっていると感じています。残念な限りです。
9日から始まる「リゴレット」では、ヌッチのリードの下、本来の姿の片鱗でも垣間見ることができればと期待しています。
[2013/09/08 09:52] URL | 筆者 #- [ 編集 ]
ファルスタッフ公演の感想ブログを幾つか見ましたが、私にとってはこちらで書かれているのが一番近い内容でした。ファルスタッフは本当に大好きな作品なのですが、14日の公演はとにかく退屈でしたね。演出は大いに疑問。ファルスタッフの豪快さも、女性たちのしたたかさも、その他のキャラクターたちの個性も全く生かされていない。演奏・歌唱面でも水準以上のものでは決してなかったです。あまりダメだしはしたくありませんが、日本の果てから泊りで見にきた割には、かなり期待外れでしたね。明日のリゴレットに期待します・・・
[2013/09/14 22:09] URL | よしくん #AzmySJ4g [ 編集 ]
コメントを頂戴し、ありがとうございました。遠方からお越しになったのに、期待を裏切られてしまったようで、心中お察しいたします。15日の「リゴレット」千秋楽は、ヌッチが何とか盛り上げてくれるのではないかと期待します。
来日公演ゆえ、本場と同じ水準を求めることはできませんが、実は歌手のラインナップに関しては現地公演よりも豪華なので、不発気味に終わるというのはやや寂しいようにも思います。もっとも、ここ数年の間に現地で観た公演でも、必ずしも満足がいったわけでもなかったので、これが混迷するスカラ座の現状なのかもしれません。
[2013/09/15 09:28] URL | 筆者 #- [ 編集 ]
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