ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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スクロヴァチェフスキ指揮読響―第67回みなとみらいホリデー名曲シリーズ「ベルリオーズ&ショスタコ」
10月6日午後2時前、みなとみらいホールへ。スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮読売日本交響楽団による第67回みなとみらいホリデー名曲シリーズ。ベルリオーズの劇的交響曲「ロミオとジュリエット」からの抜粋、及びショスタコーヴィチの交響曲第5番が採り上げられた。今回のプログラムに関しては、10月2日以来共演を重ねてきた両者による千秋楽となる演奏会であり、その進化が期待された。

今回は、11月の定期演奏会の振り替えでチケットを取得。割り当てられた座席は、1階席22列中央であった。座席番号を聞いた際には、ステージから若干遠いようにも思われたが、みなとみらいホールの場合、1階席にもなだらかな段差がついていることから、サントリーホールのように音が上空を飛び越えていくことはない。トロンボーンの突き刺さる音が気になったが、弦楽器の生々しいライブ感、木管楽器の美しい音色、金管楽器及び打楽器の迫力まで、それなりのバランスでまとまって伝わってくるので、よく出来たホールだと思った。

プログラム前半は、ベルリオーズの劇的交響曲「ロミオとジュリエット」からの抜粋。「序奏」「愛の情景」「ロミオひとり」「キャピュレット家の大饗宴」の四曲が採り上げられた。

全体を通じて、昨日まで耳にしてきたフランス国立放送フィルとは全く異なる腰の据わったガチっとした演奏スタイル。フランス的な色合いはおよそ感じられない。あまりの印象の違いに、個人的にはやや戸惑いを隠せなかったが、最後まで聴き通してみて、ミスターSらしい演奏だと納得した。

歯車が噛み合わさるような「序奏」を経て、演奏はこの作品における最大の聴き所である「愛の情景」へ。ドイツ郊外をイメージさせる牧歌的な印象であった。安定感のある中声部の和声進行に支えられた音楽は、淡白でありながら、均質な密度が保たれるとともに、パート間のバランスが緻密にコントロールされており、極上のハーモニーが持続した。まさに「情景」である。日本のオーケストラである以上、音色にニュアンスを求めるのはお門違いではあるが、ミスターSの要求に真面目に応えた成果が発揮されており、完成度は割と高かった。ただ、後にも述べるが、ヴァイオリンの音程の不安定さだけが心残りであった。

「ロミオひとり」では、わずかにフランス的な描写が窺われたが、続く「キャピュレット家の大饗宴」は、フランス的な華麗さとは対極にある超ドイツ風行進曲。リズム処理やフレージングなどから、確信犯であることは容易に窺われる。フランス語にも堪能であるはずのミスターSがあえてこういう演奏を志向するというのが痛快である。ミスターSと日下の相性も抜群であり、鎧が行進するかのような斬新なベルリオーズ像が余すところなく展開された。

プログラム後半は、ショスタコーヴィチの交響曲第5番。既に前評判が相当高いプログラムで、期待していたが、結論としては、それほどでもなかった。

第一楽章では、第一主題部のテーマがシャープな造型で示される。停滞しやすいこの楽章の処理としては、秀逸な判断である。ただ、導入のテンポ感は良かったが、第一主題部が進むにつれて、ヴァイオリンの音程の不安定さが気になってしまい、音楽に入り込めなくなった。静寂の中に張り詰める長い持続音やG線のハイポジションの音程がブレると興醒めである。場面が変わり、第二主題部に入ると、さざ波のような弦楽器の刻みが独特の色合いを創り出し、雰囲気は少し落ち着いてきた。展開部から再現部にかけては、通常よりもむしろ速めの展開で、緊迫感が尻上がりに高まっていったのが印象的。ミスターSは、醒めた目線で全体の温度感をコントロールしつつ、テンポ面では通常以上に手綱を締め上げ、冷徹な狂乱という末恐ろしい空間を導き出していた。コーダに入ると、伴奏型により極限のピアニシモが演出され、フルート、ピッコロ、ヴァイオリンの各ソロが清らかで美しいメロディを聴かせた。この日の演奏の白眉の一つであった。

第二楽章は、どっしりと構えた三拍子の中で、エッジの効いたリズムが炸裂。ヴァイオリン後列を除き、ミスターSの要求に存分に応えていた。ここまでやると田舎くさい感じになるリスクがあるが、この日の演奏では、響きは絶えず凝縮しており、構成に迷いもなく、男性的で隙のないレントラーに仕上がっていた。

第三楽章は、ミスターSのキャパシティに照らすと、まずまずの充実度といえようか。冒頭、悲痛な音楽の口火を切るはずの弦楽アンサンブルは、中低弦の奮闘にも関わらず、セカンドヴァイオリンの主張の薄さが裏目に出て、不完全燃焼。このバランスの悪さが後々まで尾を引いた。この後も、ヴァイオリンの音程の不安定さが随所に現れ、緊張感を削いでしまっていた。条件が揃えば、楽章全体を通じて舞台上と客席が一体になり、すすり泣きたくなる瞬間で覆われるはずなのであるが、この日はそこまでの緊迫感には包まれなかったのは、ヴァイオリンセクションの低調ぶりに起因すると思われる。指揮台のミスターSは、どう感じていたのであろうか。後半に現れる木管楽器による静かな語りにおいて、ミスターSの孤高の世界観を共有できる瞬間があっただけでも、満足すべきなのかもしれない。

第四楽章は、ロリン・マゼールもびっくりするくらいの変態ぶりであった。アゴーギクの奇怪さに加え、クライマックスを最大限に引き伸ばしてド迫力のフィナーレを構築するミスターSは、かなり憎い。ラストは、小太鼓のリズムに乗り、低音金管が呻き声を発する静寂から、豪快なフォルティッシモに至るまで、壮大なスケールで音楽が無限の広がりを見せ、読響らしい熱気にも包まれつつ、感動的な締め括りとなった。

というわけで、この日は、管打楽器の奮闘力演ぶりや、中低弦の抜群の安定感にもかかわらず、感銘は薄かった。個人的には、日下紗矢子の完璧なリードとミスターSの仕掛けた第四楽章の変態ぶりを堪能できただけで、この日の目的は達成されたのではあるが、やはり全般を通じて、ヴァイオリンセクションの低調ぶりに苦言を呈したくなる気持ちもくすぶる。日下のリードは、日本のオーケストラのコンマスとして必要十分、あるいはそれ以上の役割を果たしており、寄り添おうという意識さえ持っていれば誰でも容易につけられる素晴らしいリードであった。加えて、日下の弾いている姿からは、ミスターSの音楽を自分なりに理解し、吸収し、そしてアンサンブルに貢献しようという並々ならぬ意欲も感じられた。彼女がコンマスの席に座ると、音楽をどのように感じているかが明快に伝わってくるのが魅力である。管打楽器に対しても常にアンテナを広げ、出すぎることなく、しかし必要なザッツやアイコンタクトは欠かさず、そしてミスターSの煽りによってアンサンブルが崩壊しそうな危険を察知すると、絶妙のタイミングで全体に対してアウフタクトを出して、全体を収める。コンサートマスターとして非常に高い素養と能力を携えていることは、容易に窺われる。にもかかわらず、この日の演奏を見る限り、特にファーストヴァイオリンは、どこか斜に構えている感じで、彼女のリードに寄り添おうとしていない印象を受けた。第三楽章で露呈した表側プルトのバラバラぶりは、目に余る状況。また、首席不在のセカンドヴァイオリンは、パートとしての方向性を失っており、ミスターSの要求に対して、セクションとして全く応えられていない。近年は、セクション内での席替え等が影響して必ずしも良い雰囲気とはいえないヴァイオリンセクションではあるが、初心に戻ってもう少し素直に取り組んでみてもよいのではないだろうか。一人の読響ファンかつ定期会員として、あえてこの点は申したい。


(公演情報)

第67回みなとみらいホリデー名曲シリーズ

2013年10月 6日(日) 14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール

指揮=スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

ベルリオーズ:劇的交響曲「ロミオとジュリエット」作品17から(抜粋)
ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 作品47
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[2013/10/06 22:32] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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