ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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ユロフスキ指揮ロンドンフィル―プロメテウスを主題にしたガラコンサート
9月7日午後7時半すぎ、パレ・デ・ボザールへ。ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルの演奏会だ。

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この日の座席は、Balcon 1の下手側3列目。舞台からの距離も近く、値段の割りに良いポジションである。なお、平土間の中央数列は、招待客と思しき200名近くの集団が陣取っており、マナーの悪さが懸念されたが、目立った問題は生じなかった。

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この日のプログラムは、プロメテウスをテーマにしたガラコンサートで、前半では、禿山の一夜(原典版)とパガニーニの主題による狂詩曲が、後半では、リストの交響詩とスクリャービンの交響曲第5番が採り上げられた。なかなか凝った趣向の選曲である。

パレ・デ・ボザールは、響きが独特だ。瞬間的には石製の壁で囲まれた会場でよく耳にするような響きを伴うが、残響はかなり短い。それゆえ、各楽器の発音時に、音の焦点が滲みやすいという問題を孕むとともに、余韻に関しても、響きの広がりが感じられない。少なくとも大編成の管弦楽作品を楽しむのには、あまり適さないといえる(もっとも、まだ数回しか足を運んでいないので、最終的な評価は、他の席も試してからとしたい。)。演奏する側にとっては、厄介なホールなのではないだろうか。

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そんな中、ユロフスキ&ロンドン・フィルは、全体としては、リズムやダイナミクスを手堅くコントロールしつつ、ロシアのオーケストラを髣髴させるような響きも引き出しており、よく健闘していたと思われる。

個々の曲に関してだが、一曲目の禿山の一夜は、原典版による演奏ということもあり、ムソルグスキーの描いた粗野なインパクトがダイレクトに伝わる演奏であった。全体のテンポ設定に関しては、見通しのよいスッキリしたものであったが、個々のパーツに関しては、リズムを強烈に刻ませたり、管楽器による長音符において真ん中を執拗に膨らませたりと、かなり濃い口の味付けで、ユロフスキの若さも加わり、メリハリの効いた演奏に仕上がっていた。ただ、フレーズの終わりの処理がやや雑になってしまう箇所が多かったようにも思えた。

二曲目は、パガニーニの主題による狂詩曲。ピアノの鍵盤が見えるポジショニングであったため、ピアニストの手にも注目してみたが、まさに超絶技巧の連続だ。
さて、演奏の方だが、今回のニコライ・ルガンスキーによる独奏では、目立ったミスタッチもなく、各変奏の表情もそれなりに描き分けられており、かなり高い水準に仕上がっていたと思われる。パレ・デ・ボザールでは、ピアノの音色に関しても、ハンマーで叩いたような響きが先行するため、音色に変化が生じにくく、それゆえ、柔らかいピアニシモのニュアンスや倍音の広がりを醸し出すことは、かなり難しそうである。その辺は、多少割り引いて聴かないといけない。
ユロフスキ&ロンドン・フィルは、切れのある伴奏で独奏を支えており、好演。第16変奏における低弦の陰鬱な雰囲気は、深みがあった。ただ、有名な第18変奏と、それ以外とで、明らかにテンションが異なった。第18変奏の部分を豊潤なカンタービレで埋め尽くすというのは、よくある手法だが、作品全体における一貫性という意味で、若干疑問を持った。

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三曲目は、リストの交響詩「プロメテウス」。この作品は、この日に見た限りでは、リズムの噛みあわせが複雑で、技術的には、結構難しそうだ。それでいて、華が開く場面もなく、努力が報われないまま終わってしまったといった印象である。演奏される機会が少ないのも分かる気がした。なお、弦楽器のカンタービレに関しては、上げ弓(アップ)から下げ弓(ダウン)に繋ぐ箇所では、旋律が豊かに繋がるが、逆に、下げ弓(ダウン)から上げ弓(アップ)に向かう箇所では、弓先でテンションが抜けてしまう傾向にあり、ムラがあった。

四曲目は、スクリャービンの交響曲第5番。「炎の詩」あるいは「火の詩」などとも言われる。ハープとオルガンを伴う大編成のオーケストラと、ヴォカリーズによる混声合唱、そして独奏ピアノが加わるというスケールの大きい作品だ。舞台上にずらっと並んだ演奏者達を見るだけでも、圧巻である。

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演奏の方だが、結論としては、アンサンブルを手堅くまとめた、まずまずの仕上がり。神秘和音の数々が響きとして完成されていれば、スクリャービンの独特の香りが生まれたと思われるが、残念ながら、そのレベルにまでは至っていなかった。しかも、終止和音は力で押し切った感じであったため、それまで延々と続いてきた事務的な処理の数々と別物に聴こえてしまった。独奏ピアノは、イゴール・レヴィットが担当したが、一晩の演奏会で二人の独奏ピアニストが登場したということもあり、若干の違和感を覚えた。

ユロフスキがシェフになったことで、ロンドン・フィルの機能性は、かなり高まったのではないかと思われた。この日のロンドン・フィルからは、重心の低い、厚みと馬力のあるサウンドを醸し出した瞬間も、幾度かは見られた。しかし、それが長続きしない。加えて、先に述べたように、弦楽器に関しては、弓先でテンションが抜けてしまったり、フレーズの終わりが雑になってしまったりといった場面があり、また、管楽器に関しても、不安定になる箇所がたまに見受けられるなど、惜しい感じの仕上がりであった。
ユロフスキは、部分を採れば、多彩で豊かなサウンドを引き出せるセンスを持った指揮者と思われ、それらの相乗効果を生み出せるようになると、音楽的な充実度が飛躍的に向上するのではないかと感じた。

終演は、午後10時すぎ。小雨が降り始める中、帰路につく。

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(公演情報)

London Philharmonic Orchestra
The Fire of Prometheus

Wednesday 07.09.2011 20:00
Centre for Fine Arts / Henry Le Boeuf Hall

Vladimir Jurowski conductor
Nikolai Lugansky piano
Igor Levit piano
London Philharmonic Orchestra
State Choir Latvija

Modest Mussorgsky, A night on the bare mountain (original version)
Sergey Rakhmaninov, Rhapsody on a theme by Paganini, op. 43
Franz Liszt, Prometheus, Symphonic poem, S. 99
Alexander Skryabin, Promethée, le poème du feu, op. 60
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[2011/09/09 05:06] | 海外視聴記(ブリュッセル) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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