ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルグフィル―来日公演②
2月1日朝、ANA245便にて福岡へ。一幸舎博多本店と長浜ナンバーワン祇園店で、ラーメンをハシゴする。個人的には、綺麗に仕上がった前者よりも、基本に忠実な後者の方が好みであった。

午後2時すぎ、アクロス福岡へ。ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団による日本公演の千秋楽。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番と交響曲第4番が採り上げられた。サントリーホールでの公演は、仕事の都合で行けなくなってしまったので、そのリベンジである。

会場の入りは、8割程度。この日に関しては、割と理解のある聴衆が集まったようで、演奏中のマナー違反も少なかった。ただ、東京の演奏会と比べると、客席の集中力の持続が薄かったのが残念だ。

筆者の座席は、2階バルコニーR1列6番。ステージに最も近いブロックである。上手奥に並ぶ金管セクションの雄姿を拝めないというデメリットを除くと、音の分離もよく、このホールの中で最も音響の良い場所の一つといえよう。筆者の周囲は本気モードの聴衆ばかりであり、ピリピリした空気を共有できたのが良かった。

福岡シンフォニーホールは、今回が初めてであるが、残響の長さの受容の仕方で大きく評価が分かれるホールであると感じた。よく計算された設計ではあるが、例えば、ウィーン楽友協会のムジークフェライン大ホールとは異なり、音の持続が人工的で、響きの減衰が少ない。そのため、サンクトペテルブルグ・フィルのようなパワーのあるオーケストラが演奏をすると、音が飽和し、混濁してしまうという問題が生ずる。また、鍵盤楽器の硬質な響きも、個人的には違和感を覚えた。最高音域で不思議な耳鳴りを微かに感じたのは、気のせいであろうか。

さて、プログラム前半は、ピアノ協奏曲第1番。エリソ・ヴィルサラーゼが独奏を務めた。

第一楽章冒頭では、オーケストラの体温が低く、やる気が全く感じられなかったが、展開部に入るあたりから、徐々にエンジンがかかり始める。独奏とオーケストラの掛け合いは、協奏曲の醍醐味。肉厚骨太な響きで展開される対話は、なかなか聴き応えがあった。また、大河のように雄大に流れる旋律と、その内側で渦を巻く水流との対比が、作品の構造を明晰に示していた。力強いタッチで押し進めるヴィルサラーゼの独奏も、筋が通っていた。もっとも、彼女の場合、アンコールで演奏したシューマンの作品の方が合っているように感じた。

第二楽章になって、ようやくこのホールの音響に身体が馴染んだようだ。色彩感が豊かで、心に癒しがもたらされる。彼らならではの美しさに満ちた緩徐楽章であった。

第三楽章は、ヴィルサラーゼが随所で仕掛けるが、残響が長いこのホールでは、舞台奥に並ぶ管楽器を中心に、レスポンスの遅れが露呈してしまう。スリリングさは満載であったが、崩壊の危機も散見され、手に汗を握る演奏であった。

今回の来日期間中、健康が不安視されていたテミルカーノフも、この日は、朗らかな表情で、元気いっぱい。オペラ指揮者としての掌握力が光っていた。ホールの響きに慣れていないオーケストラの内部では、色々と乱れが生じるが、ここぞという箇所で、わずかな合図とアイコンタクトにより、音楽の流れを阻害せずに、アンサンブルを立て直す技は、神の手といっても過言ではない。オーケストラ全体のテンションの高め方も秀逸。マエストロの本気を観たように思う。

休憩を挟み、プログラム後半は、交響曲第4番。これは、凄まじい演奏であった。

第一楽章の序奏部は、異様に重い。運命の動機が呻き声のように突き刺さる。たった数十小節の間に、聴き手の意識は深遠な世界へと連れて行かれた。和音の一つひとつから、ロシアの原野が眼の前に拡がるのだ。

主部に入ると、一転して快速テンポで進行する。しかし、忙しなさは全く感じさせない。長い旋律を一息で運ぶフレージングは、起伏に富んでいて、ダイナミック。8分の9拍子ともベストマッチである。内側からあふれ出る旋律の交錯と、永続的に回転する拍子感、それらを支配する淡い陰影、流れを断ち切る運命の動機。この作品の神髄を突く素晴らしさだ。

提示部では冷静さを保っていたが、展開部に入ると、演奏のテンションは一気に高まり、畳み掛けるように凄みを増した。火山帯の噴火のように、至る所からモチーフが噴出。完璧なる足し算の世界だが、足腰がふらつくことなく、足せば足すだけボリュームが増してゆくこのオーケストラのポテンシャルの大きさには驚愕。再現部直前のクライマックスは、聴き手の心を完全に打ちのめす壮絶なドラマであった。

再現部に入っても、音楽の拡がりはとどまるところを知らない。最弱音で奏される第二主題の素朴な美しさは、あまりに自然であるがゆえに、逆に恐ろしい。また、第二主題に覆いかぶさるように反復される第一主題も、この作品の奥深さを語るには十分な存在感を示していた。なお、抑制的なコーダは、第二楽章以降への期待感を高める絶妙な演出であった。コーダを煽ると、第一楽章で完結してしまうので、作品の流れにそぐわないのである。

第一楽章が終わった時点で、周囲からはため息が漏れる。期待スイッチ全開の中で迎えた第二楽章の味わい深さは、もう二度とお目にかかれないのではないかと疑わずにはいられない水準にあった。わずかなアゴーギクとディナーミクは、ロシア語のイントネーションに由来すると思われる。韻を踏んだ言い回しと和声感は、母国語とする者にしか成し得ないであろう。少なくとも記譜上は、読み取ることが不可能。とりわけ、オーボエ独奏のカンタービレには魂が宿っており、これを受け継ぐ弦楽器セクションも、哀愁に満ちた静かな語り口で、俗世とは決別する。対する中間部は、品格を保ちつつ、壮大なスケールで展開。湧き上がる旋律美は、時空を超える拡がりをみせた。

第三楽章は、弦楽器のピッツィカートが凄い。空間を最大限に活かしたディナーミクで、タテの奥行きを脳裏に刻む。合いの手を務める木管・金管楽器も、エッジが効いており、面白さが倍増。生命力にあふれるロシアンダンスである。

満を持して到達した第四楽章は、笑ってしまうくらいに驚異的なスピードだ。一糸乱れぬアンサンブルは、ムラヴィンスキー時代を彷彿とさせる。このテンポでも音が痩せないのは、彼らの凄さの一つといえようか。歓びに満ちた第一主題、自信に満ちて突き進む第二主題、絶大な存在感で鳴り響く運命のファンファーレ、終盤にみられた怒涛の追い込み。全てが結実した万感のフィナーレであった。

ホール内は、割れんばかりの拍手に包まれる。この熱狂ぶりは、本物であった。アンコールは二曲。ニュアンスに富んだ「愛のあいさつ」は、終盤のクライマックスに姿を見せた悪魔的な表情とともに、内容の濃い印象的な演奏。「プルチネッラ」から「ヴィーヴォ」では、パンチの効いた愉快な表情が愉しめた。

終演後は、久しぶりに、中洲の「寿司岩正」と「Bar Vespa」へ。短時間の滞在ながら、十分な内容の酒食に満たされる。午後8時すぎに中洲を出て、慌ただしく空港に向かい、ANA272便で帰京。充実の日帰り遠足であった。


(公演情報)

2014年2月1日(土)15:00開演
会場:福岡シンフォニーホール

指揮:ユーリ・テミルカーノフ
ピアノ:エリソ・ヴィルサラーゼ

サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番
(アンコール:シューマン:森の情景 op.82より 予言鳥)
チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 op.36
(アンコール:エルガー:愛のあいさつ op.12、ストラヴィンスキー:プルチネルラ組曲より ヴィーヴォ)
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[2014/02/02 10:44] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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