ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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イタリア行き(14年3月)①―ムーティ指揮ローマ歌劇場「マノン・レスコー」①
3月6日午前1時、NH203便にてフランクフルトへ。羽田発の深夜便は、ビジネス客を中心に、最近は特に人気が高いようだ。今回も満席に近い予約状況で、ビジネスクラスへのアップグレードが叶わず、プレミアム・エコノミー。隣が空席で、窓側2席を独占できたのが唯一の救いか。フランクフルトにてLH230便に乗り継ぎ、ローマ・フィウミチーノ空港へ。列車の接続が良く、午前10時半には宿泊先であるベストウェスタン プレミア ホテル ロイヤル サンティーナに到着。テルミニ駅前徒歩1分に位置するこのホテルは、内装がスタイリッシュかつ綺麗であり、日本の上級ビジネスホテルと遜色なく、バスタブもあり、1泊90ユーロの4つ星ホテルとして十分に満足できる水準といえる。

チェックイン時間前であったため、オスティエンセ駅脇のイータリー本店でショッピングを楽しみ、ダ・オイオ・ア・カーザ・ミア(Da Oio a Casa Mia)へ再訪。カルボナーラと仔牛肉のグリルを堪能。飾らない安定感が嬉しい。ホテルに戻り、しばし休息。

午後7時半、ローマ歌劇場へ。リッカルド・ムーティ指揮による「マノン・レスコー」。アンナ・ネトレプコ出演という話題性もあって、全公演のチケットが発売開始直後に完売になった注目の公演。今回もゲネプロ前後にストライキ騒動が勃発したが、早々に解決し、大事には至らず、一安心。このような騒動は、国際的な舞台へと転換しつつあるローマ歌劇場の現状に照らすと、時代錯誤の感を否めない。

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筆者が確保した座席は、平土間10列目中央下手側。音響的には、前方席や階上席と比べると、オーケストラの音がやや遠のき、合唱の迫力も下がる。他方、声のよく通る独唱は、明快に伝わってくるため、やや落ち着いたテンションで鑑賞するには適した場所といえよう。マエストロ・ムーティの指揮姿も視界に収めつつ、舞台上の歌手を鑑賞することが可能な角度であった。

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この日の上演であるが、声の積みあげによって構築される荘厳な様式観と、高ぶる感情がじわじわと溢れ出る二重唱、この二つの要素が見事に融合し、内容的な深さという意味では、近年稀に見るほどの名演となった。ネトレプコ登場組による上演は、2月27日の初日、3月2日に続き3回目で、この日が最終日であるが、回数を重ねたことで、演奏の質がさらに成熟してきたものと窺われる。

ミラノ・スカラ座との1998年録音と比べると、特に第一幕や第二幕のテンポ設定には余裕があった。しかしこれは、歌と語りの力を十分に引き出した結果であり、マエストロが歳を重ねたことに伴うテンポの弛緩と捉えるのはあまりに表面的である。管弦楽主体ではなく、あえて声の積み上げに注力した結果、舞台上にはエネルギーが充填されてゆき、歌い手たちの存在感が前面に表れる。従来の「マノン・レスコー」の演奏には見られなかった新境地といっても過言ではない。

また、通常であれば間延びしやすい旋律の数々において、マエストロらしいスマートな美意識が徹底されていたことも、注目に値する。例えば、第一幕のデ・グリューによるマドリガーレ、そして第三幕や第四幕の全般において、台詞やフレージングに伴う十分な揺らぎを兼ね備えつつ、基本的にはインテンポによるスムーズな運びで、音楽の流れがよくコントロールされていた。

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オーケストラが、終始一貫して歌の引き立て役に徹した点も、忘れてはならない。この作品の場合、管弦楽が雄弁に書かれているため、演奏に熱が帯びると、オーケストラが歌に勝ってしまうという事態が容易に想定される。ミラノ・スカラ座やウィーン国立歌劇場であれば、管弦楽が鳴りすぎて歌が掻き消されてしまうであろう。ローマ歌劇場らしい明るい音色を基調としつつ、周到に整理され、そして練り込まれた和声観やニュアンス付けにより、安定感のある響きの潮流が生み出されていた。転調時に響きの色合いが瞬時に遷移してゆく様子は、実に見事であった。管弦楽的な観点からは、切れ味の不足やエッジの効きの悪さが指摘され得るであろうが、これはオーケストラの技術的なポテンシャルを踏まえた上でのマエストロの判断であり、スタンスの違いともいえるであろう。オーケストラによるフォルティッシモは、ここぞという数ヶ所のポイントに絞られており、中身の詰まった充実の響きが絶大な演奏効果をもたらしていた。

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第一幕は、おとぎ話風のお芝居としてみせることで、どこか懐かしさを感じさせる仕上がりとなった。学生らと娘たちによる日常から始まり、マノンとデ・グリューによる愛の二重唱という非日常を描きつつ、最後は学生らと娘たちによる日常に戻る。第一幕だけで一つの独立した芝居として成立しており、各場面を的確に描き分けるには、プッチーニが書き残した各種の指示内容に対する深い洞察が求められる。この点において、マエストロのバランス感覚は超越していた。幕切れ前のAndante Sostenutoに至って、幕全体の設計が瞬時に腑に落ちたのは、今でも鮮明に記憶されている。

コーラスの場面の位置づけの明快さは、マノンとデ・グリューの二重唱にほとばしる感情を引き立てる。じわじわと滲み出る熱い想いは、上質な響きに支えられた管弦楽のベールをまとい、劇場全体を満たすのであった。

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第二幕は、まずは冒頭のフルートの旋律に対する細かなニュアンス付けが見事であった。ネイティブにしか出来ない節回しであり、第二幕前半の表情を瞬時に理解させる名人芸であった。マノンとレスコーの二重唱は、導入部分にハッとさせるような驚きが伴わなかった点を除けば、上々の仕上がり。そして、マノンのアリアでネトレプコがパーフェクトな歌唱により圧倒的な存在感を示すと、劇場内の空気が高揚し、大きな期待感で包まれた。楽士たちによるマドリガーレとメヌエットのレッスンの場面は、上演によっては退屈させられることもあるが、シンプルな中にも奥深さが内在する演奏で、緊張の糸が切れなかった。

第二幕後半に入ると、マノンとデ・グリューの官能的な二重唱の世界が展開。プッチーニらしいカンタービレの色合いが無限大に拡がってゆくのを感じさせられた。ジェロンテが再登場してから幕切れまでは、快調な歩みで、期待を裏切らない安定感のある演奏。幕切れにおいても、それほど煽ることなく、格調を保ったまま、綺麗にまとめ上げていた。破綻するリスクを避けたのであろうか。ここはもう少し攻めてもよかったかもしれない。

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間奏曲は、この日の上演の白眉の一つであった。旋律自体はこの世のものとは思えないほどに美しいのに、全体としては闇のどん底へと突き落とされるかような不安に駆られる。太いタッチで描かれた水墨画のような、枯れた表情として受け止められた。心の空白を打ち抜かれたかのような孤高の世界観だ。確かにこの作品の場合、第三幕以降、本当の意味での救いはなく、転落の一途なのである。そんな話の展開を暗示する見事な間奏曲であった。

第三幕前半は、間奏曲から続く闇の世界との対比で、愛の二重唱の美しさが引き立つ。マエストロの巧みなテンポ設定に導かれ、メリハリの効いた表情が活き活きと描かれる。デ・グリュー役のユージフ・エイヴァゾフに、スタミナ切れの兆候が見え隠れしたのが惜しかった。

第三幕後半は、点呼が始まってから幕切れに至るまで、音楽的な緊張感を保ったまま、ある種の儀式のように、一定の歩みで荘厳に進行。驚異的な構成力である。通常であれば、中盤のクライマックスが終わった段階で、リセットされてしまうであろう。群衆の悲しみ、嘆き、苦悩が、声の積みあげにより、ものすごいエネルギーを持って迫りゆく。デ・グリューの願いが聞き入れられる昇華の場面へと導きは、宇宙的な拡がりをみせる。現代社会の抱える矛盾に対する強い主張までもが宿っているかのように受け止められた。

第四幕は、マエストロとネトレプコの独壇場であった。果てしない荒野の中で、マノンの発する一言ひと言が、オーケストラの共感を呼び、ともに震え、そして観客の心に沁み渡る。限りない最弱音の演出するピュアな表情は、鳥肌ものであった。また、中盤の二重唱のクライマックスにおける盛り上がりも、鬼気迫るものがあった。

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ところで、今回の演出は、マエストロの娘であるキアラ・ムーティが担当したが、マエストロの志向するオーソドックスな演出スタイルであることは良いのだが、センスの光るようなアイデアが見出せなかったことに加え、幕ごとの演出コンセプトの統一感の不足や、演技面での細かな味付けの不揃いや唐突さは拭えず、中途半端な結果に終わったといわざるを得ないように思われる。もっとも、美術的にはなかなか美しい舞台であり、また、マエストロ自身の持つ作品に対するイメージがよく伝わる演出であったことは確かだ。

舞台上から感じ取れるマエストロとネトレプコの絶大なる信頼関係は、今回のプロダクションの演奏面での成功を決定づけた。ネトレプコは、マエストロとの稽古を通じ、新たな境地に足を踏み入れたと思われる。力で押し切ることもなく、音程が上ずることもない。いい具合に力が抜け、イタリアオペラにふさわしい軽やかさが備わったことに加え、声が非常によくコントロールされており、細部に至るまで、理想的な状態で歌われていた。彼女のポテンシャルの高さは誰もが知るところではあるが、それを120%引き出したマエストロの凄さは、彼女自身が最もよくわかっているのではなかろうか。

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カーテンコールでは、ネトレプコに対して割れんばかりの拍手と嵐のようなBravaが湧き上がる。そして、マエストロに対しては、劇場中から尊敬の眼差しとともに、熱い喝采が贈られた。奇跡的な名演であった。

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終演は午後11時半すぎ。ホテルに直帰し、昼に購入済みのCasale del Giglioの白ワインで、興奮を醒ましつつ、就寝。


(公演情報)

MANON LESCAUT

Teatro Costanzi
Musica di Giacomo Puccini

Giovedì 6 marzo, ore 20.00

Direttore: Riccardo Muti
Regia: Chiara Muti
Maestro del Coro: Roberto Gabbiani
ORCHESTRA E CORO DEL TEATRO DELL’OPERA
Nuovo allestimento

Interpreti
Manon: Anna Netrebko
Des Grieux: Yusif Eyvazov
Lescaut: Giorgio Caoduro
Geronte: Carlo Lepore
Edmondo: Alessandro Liberatore
Oste: Stefano Meo
Maestro di ballo: Andrea Giovannini
Un Musico: Roxana Constantinescu
Sergente: Gianfranco Montresor
Lampionaio: Giorgio Trucco
Comandante: Paolo Battaglia
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[2014/03/16 14:56] | 海外視聴記(ローマ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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