ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 |
ルツェルン・チューリッヒ行き(11年9月)③―サンティ指揮チューリッヒ歌劇場「リゴレット」
9月18日午後5時半、チューリッヒの駅前にあるブリストルホテルを出て、オペラハウスへ。この日の夕方の演目は、ネッロ・サンティ指揮によるヴェルディ「リゴレット」。ヌッチ、ダムラウ、ベチャーラの揃い踏みということで前評判も高かったが、ダムラウが降板したため、9月22日以降に出演する予定であったセン・グオが急遽代役を務める。ダムラウ目当ての聴衆が多いことを懸念してか、冒頭に説明があった。

この日の座席は、1.Rang-Loge 7 rechtsの1列目。指揮台と舞台の両睨みが可能な座席で、音響も申し分ないが、これよりも舞台側に近づくと、舞台の上手側が見切れてしまうので、要注意である。

20110918-03

今回は、DVDにもなっているデフロによる演出の再演で、配役も、ジルダ役のセン・グオ以外は、2006年収録のDVDと同じ。事前に予習済みだが、2006年の上演から5年が経過し、マエストロ・サンティの頭の中で、このプロダクションがどのように進化しているかを学ぶことが今回の最大の目的であった。

第一幕第一場冒頭のバンダは、2006年の録音と比べるとやや落ち着きのあるテンポ感。やや慎重な出だしのようにも感じられるが、この日は雨交じりの寒空であったため、これくらいの方がむしろ心地よい。マントヴァ公爵役のベチャーラの台詞が転がり気味になる箇所もあったが、サンティの的確なタクトで、瞬時に回復。

リゴレット役ヌッチの存在感はさすがだ。登場しただけで、自然とそこに目が行く。モンテローネ登場前は、キャスト、合唱、オーケストラ、バンダが入り混じるアンサンブル上の難所。しかも、合わせることに気を使うと音楽が停滞してしまうという厄介な箇所でもある。しかし、サンティのテンポ設定は、冒頭から一貫していた。若干落ち着いた雰囲気をベースにしつつ、クライマックスに向けて着実に音楽を運ぶ。もちろん、目立たない程度の多少のズレは生ずるが、流すところと決めるところの見極めが卓越しているため、全体としてみれば、ガッチリした構成の下、適度な高揚感と緊張感を保った状態で、山場が訪れる。

そして、モンテローネの登場。弦楽器のスラースタッカートによる刻みが、どこか物哀しく響く。フォルテシモも抑圧的。モンテローネを冷笑する道化リゴレットが心に秘める複雑な心境が垣間見られるようだ。
この後の展開は、淡白かつスピーディー。そして、第一場のクライマックスも秀逸な仕上がり。この場面は、快速テンポの中で、合唱とオーケストラがシンコペーションで噛み合わさる箇所ゆえ、舞台上演では、崩壊しやすいポイントの一つだが、アクセルの踏み具合が絶妙で、完璧な仕上がり。

鑑賞時にはそこまでは感じなかったが、今思い返してみると、第一場の音楽的な完成度の高さには、改めて深い感銘を受ける。

続く第二場の冒頭では、冒頭のチェロとコントラバスのソロによる素晴らしいカンタービレ、とりわけ弱音における繊細なニュアンスに心を奪われた。何故ここまで美しく、そして自然に音楽がつながるのだろうか。通常、騒がしくなりがちなクラリネット、ファゴット、中低弦、大太鼓による16分音符の伴奏音型も、単に小さいだけでなく、響きが凝縮していて、音楽の高揚感が見事に演出されていた。

呪いの存在を示唆するクラリネット、ファゴット、中低弦による全音符音型も、アタックは淡く、その後若干膨らませ、そして、息の流れに乗せてディミヌエンドをかけることにより、適度な倍音の広がりを引き出すとともに、その神秘的な雰囲気を創出していた。実際にやろうとすると、この微妙な按配が難しいのだが。

舞台上は、ヌッチの独り舞台といっても過言ではない。リゴレットの直面した複雑な心理状況が手に取るようにわかる表現力の豊かさには、感心させられる。

ジルダとリゴレットの二重唱は、ジルダが最初に登場する場面だが、ジルダ役のグオの表情がとても硬い。演技は頑張っているが、声のコントロールが十分に出来ておらず、特に高音において角のある直線的な発声に終始してしまう。テンポが上がると、前に転がる場面も散見され、精神的にかなりのプレッシャーを感じながら歌っていることが窺われた。それもそのはず、グオは、この日の前日である9月17日には、今シーズンのチューリッヒ歌劇場のプレミエの一つであるロッシーニ「絹のはしご」のジェーリア役として出演したばかりだったのだ。求められる声の性質が全く異なるため、通常であれば、準備のための調整期間を置くことは必須である。当初の登板が9月22日に設定されていたのには、それなりの理由があるのだ。加えて、客席にはダムラウ目当ての聴衆が少なからずいたわけで、プレッシャーを感じるのも無理はなかろう。サンティとヌッチが何度も助け舟を出しながら、何とかこの場面を通過。

そして舞台は、ジルダとマントヴァ公爵の二重唱へ。ここでの筆者の注目ポイントは、"È il sol dell'anima"に始まるマントヴァ公爵の歌唱部分に先立つ3小節の序奏。単なるズンチャッチャの繰り返しだが、ピット内から、ふわっとした包み込むような香りが一瞬立ち上がり、そしてすぐにそれが陰に隠れた。物理的にいえば、少し膨らまして、すぐに小さくする、というだけのことで、多くの指揮者が同様のアプローチを採るが、大抵はわざとらしくなって失敗に終わる。香りが立つのを目の当たりにしたのは、今回が初めてだ。なお、この場面では、ベチャーラは卒なく伸びのある歌唱を聴かせたが、グオは相変わらず表情が硬かった。十分に溶けきらないまま、二重唱は終了。

そして、場面は変わり、ジルダのアリア。サンティは、序奏部をやや速めのテンポで軽めに仕上げ、流れを創る。グオがフレーズの後半を膨らませ気味に歌い始めると、サンティは、すぐに路線を変えて、十分に余裕を持って歌えるだけの間を取りながらも、流れが停滞しないように、さりげなくテンポを前へと運ぶというアプローチを採用。そうすると、徐々にグオも落ち着きを取り戻し、彼女の顔に笑顔が戻ってきた。完璧とまではいえないし、溶けるような歌唱にも至らなかったが、終わってみると、この難しいアリアをキチンと歌いきれていた。

第一幕フィナーレも、2006年の録音と同様、男性的な表現だが、実演で聴くと、subito pppのエッジが効いていて、メリハリがより浮かび上がって感じられる。Zitti, Zittiに始まる合唱のピアニシシモのスタッカートは、2006年の録音よりもコントロールが及んでいて、効果抜群。そして、幕切れに向けての運びは、急ぎすぎることなく着実に、しかし高揚感が自ずと沸き上がるテンポ設定。息の長いクレッシェンドも加わり、格調の高い締めくくりであった。

やや長めの休憩を終え、第二幕へ。

オーケストラの音の舞台上への返しが若干増幅されたのだろうか。第一幕よりもオーケストラのサウンドが少し華やいで聴こえる。これに伴い、舞台上の音を拾うPAも若干増強された模様で、全体的に艶感の増した音響になっていた。

第一幕では抑え気味であったベチャーラは、ここに来てエンジン全開。乗りに乗り、冒頭のアリアがどんどん凄くなっていく。終われば、ブラボーの嵐。これにより、劇場内の雰囲気は、一気に融和した。なお、ここでも、サンティが、練習番号23番の転調箇所において、雰囲気をガラリと変え、言葉にならないくらいに切ないピアニシモの世界を演出したのを、筆者は見逃さなかった。

ヌッチ登場。ララ、ララ、ララに始まる叙唱にオーケストラの澄み切ったサウンド、特に後半のピアニシモは、リゴレットの諦めに近い心情が出ていて、心に深く沁みる。舞台上は、ヌッチの独り舞台パート2といった感じだ。さすがに、2006年の録音と比べると、衰えは隠しきれないが、その考え抜かれた演技と歌唱は、いぶし銀の輝きをもって観客に訴えかける。

そして、アリアの冒頭。劇場内に響き渡るサンティの巨大なブレスとともに、ドラマは開始。ヌッチの歌唱とのバランスを考え、2006年の録音ほどにアグレッシブにはならないが、あのブレス一つで、この場面の全てが支配されていた。

グオ登場。第一幕で感じられた硬さは、嘘のように消え、声に伸びやかさが戻ってきた。情感豊かで、直球勝負の演技は、ヌッチとも呼応しながら、どんどん凄みを増す。

モンテローネ登場後の二重唱におけるヌッチの表情は、すごい迫力であった。ここでもサンティは、歌唱とのバランスを慎重に計りつつ、具体的には、2006年の録音よりも若干保守的に構えつつ、ここぞというところでアクセルを一気に踏み込んで、クライマックスを構築。

場面転換を経て、第三幕へ。

透明感に溢れた深遠な静寂の中で開始される。最高の出だしだ。

有名なカンツォーネも、2006年の録音と同様、歌い散らかすことなく、端正に。日本風にいうと二番にあたる"È sempre misero"に始まる部分は、最初とは趣を変え、囁くような歌い出し。弱音でも活き活きとした音楽が展開するあたりがさすがだ。

これに続く四重唱は、文句なしの仕上がり。この日の中で最も音楽的に充実したアンサンブルであった。

嵐が到来し、ジルダ、スパラフチーノ、マッダレーナによる三重唱では、2006年の録音とは異なり、練習番号42番の9小節目あたりから若干粘着的に表情を付けることにより、その後のフォルテシモに向けて、ほんのわずかながらテンポの仕切り直しが挿入されていた。一気呵成に嵐のように騒々しく過ぎ去る演奏が多いが、この日のフォルテシモのTutti部分からは、どこか名残惜しさが感じられたような気がした。

幕切れも、サンティは、ヌッチを最後まで引き立てつつ、最後の最後に、これまた絶妙にスイッチを入れ、堂々とした幕切れを演出。

カーテンコールは、ブラボーの嵐。ベチャーラはもちろん、グオにも大きなブラボーが飛ぶ。ヌッチには、いつもどおり、ブラボーの合唱。そして、サンティの登場で、劇場内の興奮はマックスに。

20110918-04

4月の「仮面舞踏会」でも感じたが、2006年の録音と比べると、マエストロ・サンティの描く音楽は、より深遠な世界観に到達しており、研ぎ澄まされた弱音部における枯れた響きは、いわゆる通常のヴェルディ演奏の枠を完全に飛び越えている(なお、方向性は異なるが、先日のザルツブルク音楽祭におけるムーティ指揮の「マクベス」でも、弱音部の響きの内容の濃さを感じた。)。マエストロ・サンティの世界は、さらに進化を遂げていくのであろう。来月の再訪が楽しみである。

ところで、デフロによる演出に関しては、2006年の収録でも感じたが、チューリッヒ歌劇場の近時の傾向に照らすと、極めて保守的といえる。しかし、こうして実際の上演に接すると、こういう演出こそが、本来の姿のように思われる。DVDでは確認できなかった舞台の全景も確認できた点でも、個人的に満足。なお、第三幕で雨が降るシーンがあるが、これは、水ではなく、透明なビーズのようなものを降らせていたことが確認できた。

今回は、ダムラウのキャンセルという事態はあったが、その結果、逆に多くのことを学ぶことができた。すなわち、グオの登板経緯に照らすと、歌手陣は万全の状態とはいえなかった。そういう状況下で、サンティが試行錯誤をしながら、ベストに近い上演に仕上げていく過程を、生で観ることができたわけである。マエストロ・サンティの持つ引き出しの多さ、そしてその卓越したコントロール能力には、完全に脱帽である。

また、今回の上演におけるヌッチの存在感の大きさにも感銘を受けた。第一幕終了後のカーテンコールの際、グオはその不本意な出来を自認しており、全く笑顔がなかった。そんな中、ヌッチが彼女の手をしっかりと握って、笑顔で励ましていたのがとても印象的であった。上演中も、ヌッチは常に周囲に意識を向けていて、崩壊の兆しを感じると、すかさず何らかの助け舟を出していた。グオに対するサポートの数々は、誰もが尊敬する大先輩の成せる業といえよう。

チューリッヒ歌劇場には、皆で一致団結して最良のパフォーマンスをしようという気概が感じられる。客層も非常に落ち着いており、上演中の雑音はほとんど聞こえない。幕開き時に、ひそひそ話が続いていると、すかさず「シーッ」という制止が入る。フライング拍手もなく、音楽が終了するまで、全員が静かに余韻を楽しんでいる。この雰囲気は、他の劇場にはない。

終演は午後8時50分。徒歩にて旧市街に戻る。

20110918-05

20110918-06

前回も訪問したホテルアドラー併設のSwiss Chuchiにて、念願のチーズフォンデュを。悪くはないが、フォンデュとは、良くてもせいぜいこれぐらいなものだろう。

午後10時半ころ、ホテルに戻る。ブリストルホテルは、中央駅から徒歩5分の好立地で、チューリッヒの中でも価格が安めの三ツ星ホテル。レセプションの対応もとても感じが良かった。ベッドが安っぽいのがマイナスポイントだが、やむを得ない。

翌朝は、午前5時すぎに起床し、国鉄でチューリッヒ空港へ。そして、LX786便にてブリュッセルへ帰り、そのまま職場へ直行。


(公演情報)

Rigoletto VERDI
In italienischer Sprache mit deutscher und englischer Übertitelung

Sonntag, 18.09.11 18:00-20:45

Conductor/Nello Santi
Producer/production/Gilbert Deflo
Sen Guo (Gilda)
Katharina Peetz (Maddalena)
Liuba Chuchrova (Giovanna)
Ivana Rusko (Gräfin Ceprano)
Mariana Carnovali (Page)
Piotr Beczala (Il duca di Mantova)
Leo Nucci (Rigoletto)
Pavel Daniluk (Sparafucile)
Valeriy Murga (Monterone)
Morgan Moody (Marullo)
Miroslav Christoff (Borsa)
Tomasz Slawinski (Ceprano)
Joa Helgesson (Usciere)
スポンサーサイト
[2011/09/20 04:10] | 海外視聴記(チューリッヒ) | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<ハンブルク・ケルン行き(11年9月)①―CityNightLine乗車 | ホーム | ルツェルン・チューリッヒ行き(11年9月)②―バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン―Boulez&Wagner>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://mashi1978.blog97.fc2.com/tb.php/52-c60dcaf2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
プロフィール

mashi1978

Author:mashi1978
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。