ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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ロンドン行き(11年10月)―マゼール指揮フィルハーモニア管「マーラー9番」
10月1日朝、ユーロスターでロンドンへ。ユーロスターには初めて乗車したが、シートの快適さや乗り心地の点で、日本の新幹線の方がはるかに優れていると感じた。

セント・パンクラス駅に降りたその足で、ロンドンで最もにぎやかなショッピング街、オックスフォード・ストリートに向かう。ロンドンは大都会だ。デパートの中をあれこれ見て歩くだけで、うきうきしてくる。気分は、まるでお上りさん。

ショッピングを楽しんだ後、ハイ・ストリート・ケンジントンにあるTimoというイタリアンレストランへ。東京でも見かけそうなお洒落な内装で、ロンドン在住の日本人の間でそれなりに評判の良いレストランだが、トマトソースの仕上がりは平凡。ロンドンの食事情に照らすと、やむを得ないか。なお、デザートで食べたソルベは、上々の出来であった。

午後3時すぎに宿泊先であるヒルトン・ケンジントンにチェックインし、しばし休憩。ちなみに、このホテル、内装は上級ホテルの雰囲気を醸し出すが、4つ星にもかかわらず、バスタブがないことに加え、あらゆるオプションが有料で、サービスの質も良くはない。ロンドンにしては宿泊料が安いと思って予約したが、ロンドンの中心から離れていることも考え合わせると、他にもっと良い選択肢があった気がした。

さて午後6時ころホテルを出て、地下鉄を乗り継いでロイヤル・フェスティバル・ホールへ。演目は、ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管弦楽団によるマーラーの交響曲第9番。このコンビによるマーラー・チクルスも、残すところ、次週の交響曲第8番を残すのみとなり、佳境に入ってきた感がある。

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筆者に割り当てられた座席は、1階M列の中央下手側。前から13列目で、今年5月に鑑賞した座席とは、それほど条件は変わらない。

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さて、演奏の方だが、この日は、いわゆるマゼール風変態演奏とは趣の異なる超スローな変態演奏。とはいえ、単に「変態」という言葉で片付けることのできない、非常に充実した演奏であった。

第一楽章の冒頭は、何ら動きのない全くの静寂から始まった。序奏の動機は、かすかに聞こえたかと思えば、すぐに消える。
2ndヴァイオリンが第一主題を奏ではじめても、歌が沸いてこない。弦楽器は、繊細に、そして綺麗に磨かれているが、どこまでも醒めているのだ。
そして、管楽器が加勢して最初の山を築く場面では、クレッシェンドとともにどんどんテンポが遅くなり、複雑に絡み合うパートが明瞭に浮かび上がる。しかし、舞台上には、熱は帯びてこない。あたかもスコアの解剖に立ち会っているかのような、そんな不思議な感覚に陥った。

筆者が思うに、実はこれこそが、マゼールが試みたことの一つだったのではなかろうか。
従前の慣習やしきたりに拘泥せず、まずはスコア上に描かれた音符の数々をバラバラに分解した上で、それらの音符自身が潜在的に備える引力を見つめ直し、音像を再構成する。
こうすることで、この交響曲の前衛的性格が垣間見られるし、当時のマーラーの頭の中でシナプス回路がどこまで複雑に絡み合っていたのかが浮かび上がる。
こうして聴いてみると、これまで我々が耳にしてきたこの交響曲の演奏が手垢にまみれたものであったことがよく分かる。熱演という看板の下に、落としどころや決めどころに向けて大きくドライブをかけ、結果として細部の詰めが甘くなったとしても、そこは目を瞑って逃げ切るという演奏スタイルは、手堅いアプローチであり、それなりの成功を収めることが可能だが、一線を超える演奏にはなり得ないだろう。

曲が進めば進むほど、筆者の頭の中では、これまでのイメージが次々と崩壊し、交響曲第9番という作品がますます分からない代物へと変化していったが、第一楽章の中盤を過ぎたあたりから、動機の数々が相互に関連性を持って聴こえてくるようになった。そして、第一楽章の終盤になると、どこまでも醒めていた舞台上が、自然と熱を帯びるようになり、音色にも輝きが出てきた。積み上げてきた音の数々のオーラが一つの音楽として結実し、羽ばたく瞬間だ。第一楽章におけるマゼール先生による解剖実験は、見事成功に終わった。あまりの変態演奏ぶりに、楽章間の聴衆のざわつきは、普段以上に大きい。

続く第二楽章の冒頭は、機械的で、どこか忙しなさが感じられる。物理的に説明すれば、三拍子の二拍目と三拍目を少し軽めに処理し、旋律に余裕を持たせずにインテンポを貫くというアプローチ。この楽章では、田舎ののんびりした雰囲気が感じられることが多いが、そうした印象とは程遠い解釈である。しかし、このピリピリとした緊張感は、第二楽章全体に一貫性を持たせるための仕掛けであった。マゼールらしいパンチの効いた彫りの深いアクセントも随所に見られ、観ている方としては、笑いを抑えるのに必死であった。

第三楽章は、落ち着いたテンポ感で開始した。冒頭の弦楽器陣は、角の取れた奏法をあえて採用。結果として、弦楽器の厚みのみが印象に残り、この旋律のみが耳に届く状況が絶妙に回避される。その代わり、これまで意識していなかった対旋律の数々がどんどん飛び出してくる。完全な変化球に面を食らっているうちに、最初のトゥッティに到達。抜け道をすり抜けていったら、いつの間にか広場に到達していた、というような不思議な感覚に陥る。

こんな具合であるから、第三楽章の中盤で、天から差し込む光を連想させるトランペットのコラール風旋律においても、感傷的なムードは皆無。しかし、この部分を作り込みすぎないことで、逆に、第三楽章全体のバランスが保たれ、それぞれのパーツの持つ魅力が均等に浮かび上がってくるようにも感じた。

この楽章でも、マゼール先生による見事な解剖実験が繰り広げられた。勢いにまかせてテンポを撒いたりしないので、演奏自体は非常に堂々としたもの。それでいて、第三楽章の終盤では、期待に違わず、マゼール風のネタもいくつか仕込まれており、皮肉たっぷりのスペクタルは、圧巻であった。

こうしてバラバラに解体されたマーラーの交響曲第9番。最終楽章はどうなってしまうのかと不安になったが、第四楽章は、一転して、真っ向勝負で、歌に満ち溢れた演奏。力技になったり、感情過多になったりすることはない。シンプルな音楽を、一つひとつ丁寧に、そして誠実に歌い上げていくことにより生まれる美しい世界。確かに、第四楽章のスコアは、第三楽章までとは異なり、どこまでもシンプルに書かれている。このギャップを目の当たりにし、筆者の涙腺は開きっぱなしとなった。

マゼールによる旋律のコントロールは、実に素晴らしい。旋律の端々に至るまで、演奏者全員の気持ちがこもっており、しかも、それが音として、音楽として、自然に結実するよう、巧妙にアウフタクトを発信する。これだけの音楽的充実は、もう二度と出会えないかもしれない。それだけの内容を伴った演奏であった。

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フィルハーモニア管弦楽団は、純度の高い素直な演奏で、マゼールの要求に応えていた。オーケストラの音色にクセがなく、しかもロイヤル・フェスティバル・ホールというデッドな空間ゆえ、マゼールの意図がストレートに伝わってくる。マゼールがこのオーケストラとマーラーチクルスに取り組んだ理由が分かった気がした。
オーケストラとしての機動性も高い。特に、首席ホルン奏者のKaty Woolley女史が、卓越した技術に支えられた若々しくて伸びのあるサウンドで、会場を魅了した。首席ヴィオラ奏者のVicci Wardman女史や、首席フルート奏者のSamuel Coles氏、ティンパニ奏者のAndrew Smith氏ほか、首席奏者らの存在感も十分であった。

マゼールは、理知的かつ分析的な「洞察」の結果を、「演奏」というプロセスを通じて、「音楽」として昇華させることができる、数少ない巨匠のひとりである。魔術師のようだが、根底に「音楽」が流れ続けているからこそ、これだけの感動を呼び起こすことができるのだろう。凄い人だと、改めて感じた。

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カーテンコールは、クールなロンドンっ子も、大盛り上がり。でも、カーテンコール自体はあっさり終わるところも、ロンドンっぽい。

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終演後は、ピカデリー・サーカス近くの名店、ベントレーのバーカウンターで、オイスターとフィッシュパイを。食に乏しいロンドンにおける安全牌で、店内も落ち着いた雰囲気であることから、演奏会後に軽く酒食を嗜むには丁度良いが、値段は高い。午後11時ころ店を出て、地下鉄を乗り継いでホテルに戻る。

翌日は、テムズ川クルージングと、ロンドン塔見学を楽しむ。この一週間、ブラッセルもロンドンも、いわゆるインディアンサマーで、暑い日が続いている。この日も最高気温27度の夏日で、久しぶりに真夏の太陽を浴びた。午後3時ころ、ピカデリー・サーカスに戻り、「日本」を求めてロンドン三越に立ち寄る。すると、大学時代の友人とばったり再会。近くのパブでしばし談笑を楽しむ。前日にロイヤル・フェスティバル・ホールに向かう道中でも、日本での職場の同僚と鉢合わせするなど、今回の旅行は、驚きの連続でもあった。午後7時34分発のユーロスターでブリュッセルへ向かい、午後11時すぎに自宅に戻る。


(公演情報)

Symphony No. 9 in London
Saturday 1 Oct 2011 / 19:30 / Royal Festival Hall, London

Lorin Maazel conductor
Philharmonia Orchestra
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