ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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ウィーン行き(11年10月)②―エッシェンバッハ指揮ウィーンフィル定期演奏会
10月23日午前10時頃、ホテルを出てウィーン楽友協会へ。ウィーン市内は小雨交じりの曇り空で、昨日よりもさらに寒い。ウィーンフィルの定期演奏会。指揮はエッシェンバッハで、曲目はマーラーの歌曲集「子供の不思議な角笛」とベートーヴェンの交響曲第8番だ。連休でも何でもないただの週末にもかかわらず、会場内には日本人観光客の姿が多く見受けられた。

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筆者が入手できた座席は、Balcon-Loge 2 Linksの1列目。舞台真横で、眼下にはウィーンフィルの面々がずらりと並ぶ。この場所で耳にした響きは、色艶のはっきりしたウィーンフィルサウンドで、舞台上から天井に向け、柔らかな気品を纏った音色がふわりと立ち上がるのが分かる。舞台に近かったため、臨場感も感じられた。

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プログラムの前半は、マティアス・ゲルネを独唱者に迎え、マーラーの歌曲集「子供の不思議な角笛」。弦楽器のプルト数を6-5-4-3-2に絞った編成で、マーラーの描いた室内楽的な音像が浮かび上がる。

全11曲の中では、特に、3曲目、4曲目、5曲目の集中度が高かった。
第3曲「トランペットが美しく鳴り響くところ」では、「これほどそっと静かに私を起こすのは?」の台詞のとおり、恐ろしいほどの静寂が支配する中、扉を叩く音が微かに、しかしクリアに聴こえた。第4曲「この世の生活」では、鋭いナイフのような切れ味が随所に現れる。しかし、切り口は冷たくはなく、むしろ人間的な温もりが感じられた。そして、交響曲第2番第四楽章に移植された第5曲「原光(原初の光)」は、沈み込むような瞑想的悟りから永遠の救済へと向かう足取りに理的な高揚が感じられた。

エッシェンバッハは、全般を通じ、遅めのテンポをベースに据えつつ、随所で刺激的なアクセントを強調していた。それゆえ、流れがスムーズではない場面もあり、第6曲以降は、曲の長さも相まって、会場内の緊張感が削がれ気味であったが、個人的には、ウィーンフィルの各セクションの名人芸の数々を堪能することができたので、それなりに楽しめた。

ゲルネの歌唱は、今年5月にベルリンのフィルハーモニーで聴いた際には、角ばった印象であったが、楽友協会大ホールでは、まろやかな響きでホール内に溶け込んでいた。筆者の座席からは、ゲルネの美声がホール後方に向けて飛んで行くのを指を銜えて眺めることしかできなかったが、その幅広い表現力に対し、聴衆からは温かい拍手が送られていた。

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後半は、ベートーヴェンの交響曲第8番。弦楽器のプルト数を1つずつ加え、14型での演奏。

第一楽章冒頭の響きを聴くや否や、筆者の中には強烈な衝撃が走った。雷に打たれたようなショックだった。そして、全身の細胞が活性化するのを感じた。これぞウィーンフィルのベートーヴェンだ。永年思い描いてきた憧れの音色に接した瞬間である。

彼らのベートーヴェンは、自信と誇りに満ち溢れており、全てが然るべき響きでもって活き活きと浮かび上がる。気合いのこもった第一楽章は、巨大な宇宙のように感じられた。第三楽章のトリオでは、管楽器の妙技の数々や、弦楽器の野生的な合いの手も愉しめた。第四楽章では、全員が顔を真っ赤にして弾きまくり、強烈なアクセントも来襲する。後半の展開がやや能天気だったが、そういうアプローチもあり得るだろう。日本公演と同様、オーボエ奏者がエキストラであったため、木管セクションのまとまりが弱く、不安定さが露呈したのが玉に瑕だった(そもそも、オーボエ奏者がエキストラだと、楽器の種類も変わってしまうため、ウィーンフィル特有の木管サウンドにはなり得ない)が、ともあれ、ウィーンフィルらしい響きを心に刻むことはできた。

ウィーンフィルは、アンサンブルの組立てが室内楽の延長であるとよく言われるが、まさにその通りだと感じた。ウィーンフィルの音楽という時間軸を全員が共有していて、楽友協会大ホールの響きの特徴を踏まえつつ、各自が然るべきタイミングで先頭に合流し、バトンを繋いでいく。いわゆる合図(ザッツ)がほとんど表に出てこないのに驚かされる。

日本公演やオペラ上演の際と比べると、キュッヒルも落ち着いている。弓を構えながら、最後列のコントラバスから順に、管楽器、そして中低弦へと響きが重なってくるのを待ち、そして絶妙のタイミングで弓を動かす。すると、一つにブレンドされた輝かしい響きが前へと送り出される。楽友協会大ホールにおけるウィーンフィルの発音の作法だ。ほんのわずかの間ではあるが、この一瞬の捉え方が全員で共有されており、これによりあのウィーンフィルの音色が生み出されるのだろう。

エッシェンバッハのバトンテクニックは、ど素人レベルだが、ウィーンフィルにとって、マーラーとベートーヴェンという王道の演奏にあたっては、エッシェンバッハの指揮は全く無用で、実際、誰一人としてエッシェンバッハの指揮に合わせてはいなかった。面白いアイデアや音楽を引き出すオーラさえ提供してくれれば、後はこちらで勝手にやりますというスタンスである。ちょい足しはウェルカムだが、基礎からの再構成は断固拒否。こういう視点から、ウィーンフィルによく呼ばれている指揮者の面々を思い浮かべると、妙に納得がいく。実に怖いオーケストラだ。

カーテンコールは割とあっさりしていて、平土間の聴衆の多くは、早々に拍手を切り上げて出口へと向かう。彼らにとっては、日常生活の一部なのだなと感じた。

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終演後は、オペラ座近くのMartinjakで、ソーセージの前菜と、グラーシュを載せたリゾットを。いわゆるファミレスの高級版のような雰囲気に、一瞬怯むも、味はそこそこ良かった。ウィーンの伝統料理をベースにしつつ、ファッション性と若干の創作を加えた料理で、日本から来てわざわざ食べる味ではないが、何度かウィーンに来ていて少し気分を変えたいときには、一つの選択肢としてあり得るだろう。昼食後は、ホテルに戻り、しばし休憩。


(公演情報)

Sonntag, 23. Oktober 2011
11:00 - Großer Saal

Wiener Philharmoniker
Christoph Eschenbach, Dirigent
Matthias Goerne, Bariton

Programm:
Gustav Mahler / Elf Gesänge aus “Des Knaben Wunderhorn” für Singstimme und Orchester
("Der Schildwache Nachtlied" - "Rheinlegendchen" - "Wo die schönen Trompeten blasen" - "Das irdische Leben" - "Urlicht" - "Lied des Verfolgten im Turm" - "Verlorne Müh´!" - "Des Antonius von Padua Fischpredigt" - "Lob des hohen Verstands" - "Revelge" - "Der Tamboursg`sell")
Ludwig van Beethoven / Symphonie Nr. 8 F - Dur, op. 93
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[2011/10/25 07:37] | 海外視聴記(ウィーン) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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