ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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サロネン指揮フィルハーモニア管―バルトーク
11月14日午後8時前、パレ・デ・ボザールへ。

この日は、エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団による演奏会。オールバルトークプログラムと銘打たれており、コントラスツ、「かかし王子」組曲、舞踏組曲、ピアノ協奏曲第2番が採り上げられた。先月末から続く彼らの欧州ツアーの中でも、最も渋い曲目のセットである。

座席は、Balcon 2のサイドの最前方。右隣にある柱が邪魔だが、首から先を前に突き出せば、舞台から上がってくるサウンドをダイレクトに受け止めることができるため、立体的な音像を確保することができる。この日の来場者数は、ざっと見た感じでは、6割程度。このネームバリューでこれしか埋まらないというのは、日本はもちろん、欧州であっても、あまり想定できない。結局のところ、ブリュッセルは、街の規模からすれば、田舎町の一つにすぎないのだろう。

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プログラム前半の一曲目は、コントラスツ。ヨーゼフ・シゲティとベニー・グッドマンのために書かれた室内楽作品で、クラリネット、ヴァイオリン、ピアノの三重奏である。この日は、フィルハーモニア管の首席奏者であるマーク・ファン・デ・ヴィール、同じくコンサートマスターであるツォルト=ティハメール・ヴィゾンタイ、そして独奏者であるイェフィム・ブロンフマンの3名によって演奏された。

この作品の場合、民族舞曲の旋律の要素やジャズ的な要素が盛り込まれているため、アプローチの仕方によっては、三者の「競演」に陥ってしまう可能性もあると思われる。しかし、彼らの演奏は、実に端正な仕上がりで、格調の高さがにじみ出る。超絶技巧で華のあるクラリネットを、他の二者が包み込むようなバランスの取り方は、秀逸であった。また、三つの楽器のみによる演奏にも関わらず、響きの色合いが多彩であったことも特筆に値しよう。第二楽章における地底から聞こえてくるかのような深遠な響きは、特に印象的であった。もちろん、バルトークらしいリズムの切れもあり、充実したアンサンブルであった。

プログラム前半の二曲目は、バレエ音楽「かかし王子」から組曲。バルトークが作曲した唯一のバレエ音楽である。

こちらは、筆者の趣味には合わなかった。サロネンの指揮するバルトークは、シンフォニックな響きをスタイリッシュに聴かせる方向性で、外面は良いが、どう転んでも中身があるようには聞こえてこない。トゥッティによるアクセントが、叩きつけて散らかしたような響きになってしまうのも、大いに問題だ。無論、「かかし王子」のストーリーも全く浮かんでこない。テンポの変わり目やルバートがかかる箇所で、流れは全てぶつ切りになり、バルトークらしいテンポ感やリズム感は一切感じられず、音の洪水にしか聞こえなかった。

なお、筆者の座席は、舞台から上がってくるサウンドをダイレクトに受け止める場所であるため、音の分離がよく、それゆえ、各楽器の響きをよく聞き分けることができたのだが、全般的に管楽器の音の処理が雑であったのが気になった。弦楽器に関しては、フィルハーモニア管らしい柔らかい響きは健在だったが、プルトごとに分かれて演奏する場面において、音程に不安定な箇所が見られたのが残念であった。マゼールとマーラーの交響曲に取り組んでいた際のような、緊張感の漲った緻密な演奏は、どこに行ってしまったのだろうか。

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複雑な心境のまま、休憩に入る。例によって、座席を移動し、平土間席後方ブロック(Corbeille)最後列に陣取る。前半の場所も悪くはなかったが、この場所の場合、響きが一つにまとまって聞こえてくるので、落ち着いて鑑賞することができる。11月12日にも実感したが、この場所は、このホールの中では、最も音響の良いエリアといえる。

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プログラム後半の一曲目は、舞踏組曲。

座席を変えたことにより、聞こえてくる音像に多少の変化が生じたため、フィルハーモニア管の違った側面を聴き比べることができ、それ自体は面白かったが、音楽的な方向性は、「かかし王子」組曲と同様で、つまらない。もっとも、この作品の方がよりシンフォニックな仕立てであるため、音楽的なまとまりは、「かかし王子」組曲よりはよかったようにも思われる。いずれにせよ、根を詰めて真面目に聴くのがアホらしくなってきたので、真夏のピクニックコンサートに行ったような気分で、気楽に聞き流すことにした。それでも、ロックコンサートかポップスコンサートを遠目に眺めているような感覚には、かなりの違和感を覚えた。

なお、フィルハーモニア管は、正面で聴くと、そのよさがよくわかる。セクションごとの響きのまとまりがよく、それがステレオ効果となって、立体的に聴こえてくる。各セクションから立ち上がった音が小気味よくまとまり、それがスーッと客席の方に運ばれてくるという感じだろうか。とりわけ、弦楽器セクションに関しては、あたかも演奏者の頭上30センチ付近に幅の広い柔らかな音色の層が広がっており、そこに蓄積された響きがそのまま客席に届いてきているのではないかと思わせるような不思議な魅力を持ち合わせている。個々を見ると、実は音程にブレが見られたりもするが、総合力では、抜きん出ている。このホールと同様にデッドな響きのロイヤルフェスティバルホールで鍛えられた熟練の技といえるかもしれない。

これだけの力量があるのだから、もう少し料理の仕方はあったような気もするが、ともあれ、サロネンの指揮の下では、ロンドンのピカデリーサーカスで日々行われている俗っぽいショーの延長のようなサウンドばかりが目についてしまった。人気があるということは、こういう演奏を好む人も少なからずいるということなのだろう。また、「のだめ」を髣髴とさせるようなサロネンの指揮姿に惹かれるファンも多いと思われる。色々と考えさせられる演奏であった。

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プログラム後半の二曲目は、イェフィム・ブロンフマンを独奏者に迎え、ピアノ協奏曲第2番。

管打楽器のみで演奏される第一楽章は、オーケストラの音が荒れていて、しっくりとこない。ホールの性質上、管打楽器が打ち鳴らすと、ピアノが轟音の波に埋もれてしまう。しかし、第二楽章のコラール的な楽想に至ると、フィルハーモニア管らしい集中力の高いピアニシモが弦楽器により演出され、ようやく「音楽」が感じられるようになった。ブロンフマンも、静寂な語り口から、硬質で力強いタッチまで、自在に操り、バルトークの世界を存分に展開する。続く第三楽章は、ブロンフマンの独り舞台。このホールで、これだけメリハリのある多彩な音色を描き分け、しかも、硬質の切れ味の鋭い強音を連打しているにもかかわらず、音が埋もれずに粒がくっきりと立ち上がって聴こえてくるというのは、驚異的である。素晴らしかった。首席ティンパニ奏者アンドリュー・スミスによる、重みと深みのあるティンパニの音色も、十分に堪能することができ、この演奏を聴けただけでも、足を運んでよかったと思わせるものがあった。

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カーテンコールでは、ブロンフマンへの賞賛の拍手が鳴り止まない。聴衆の反応は素直であった。

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(公演情報)

Infernal Dance: Inside the World of Béla Bartók, Brussels

Palais des Beaux-Arts, Brussels
Mon 14 Nov 2011 8:00pm

Esa-Pekka Salonen conductor
Yefim Bronfman piano
Zsolt-Tihamér Visontay violin
Mark van de Wiel clarinet

Bartók Contrasts
Bartók Suite, The Wooden Prince
Bartók Dance Suite
Bartók Piano Concerto No. 2
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[2011/11/15 10:12] | 海外視聴記(ブリュッセル) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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