ましましの音楽日記
G.ヴェルディの作品をこよなく愛するオペラ愛好家による音楽日記です。筆者が鑑賞した海外でのオペラやコンサートの模様や、筆者自身が日頃行っている音楽活動などについて、不定期に綴っていきます。
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カンブルラン指揮読響―第5回東京オペラシティプレミアムシーズ
1月8日午後6時半前、オペラシティへ。シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団による第5回東京オペラシティ・プレミアムシリーズ。シューマンとラヴェルの作品が採り上げられた。

体調が優れず、仕事も立て込んでいたことから、振替えをするか迷ったが、午後になって足を運べる見込みとなったことから、チケットセンターに電話を入れ、急遽、2月の定期公演からの振替えで来場した。筆者に割り当てられた座席は、1階5列中央。前2列がステージの拡張により取り外されていたため、実質的には3列目に相当する。ステージまでの距離が近すぎるため、全体の響きを追いかけることができないが、サントリーホールなどの最前列に近い場所よりもまとまりは良く、生音の不快感は少なかった。

ところで、このシリーズでは、本プログラムの開演前に、室内楽の演奏が催される。ロジェ・ムラロと読響メンバーによる室内楽と称して演奏されたのは、シューマンの幻想小曲集と、バルトークの6つのルーマニア民族舞曲の二曲。

一曲目の幻想小曲集のクラリネットの独奏は、首席奏者の藤井洋子が務めた。シューマンらしい理想的なピアノ伴奏に乗り、柔らかく滑らかなサウンドでシューマンの歌曲を披露。音程が定まりきらない箇所も散見されたが、オープニングとして悪くない演奏であった。

続くバルトークは、昨年の定期公演でも演奏されており、今回はそのヴァイオリン独奏ヴァージョンである。なかなか気が利いた選曲ではあるが、シリーズが異なるので、その共通性に気付いた者は少数であろう。ダニエル・ゲーデの独奏は流石の貫禄であり、理知的な設計のもとで、身体から湧き上がる舞曲の拍子感とシャープな切れ味が冴え渡る。旋律にふくよかさが感じられるとより官能的な演奏になったようにも思われるが、フランス人のムラロとドイツ人のゲーデという異なるセンスの持ち主がそれぞれの感性をぶつけ合う刺激的な演奏となった。

さて、本プログラム前半は、シューマンの二作品。

一曲目の「マンフレッド」序曲は、なかなか聴き応えがあった。読響の特長である骨太なサウンドに、中低弦の重厚な力強さが加わり、スケールの大きな造形が打ち出されたこと、その骨格の中で、響きの色分けが明快かつ的確にコントロールされ、デジタルな鮮やかさにより浮かび上がったこと、また、明るく若々しいフレージングにスピード感があったことから、垢やホコリが洗い流された気持ちの良い音楽に仕上がった。今回のプログラムに関しては、この日が2日目にあたるが、初日の演奏終了後に聞かれたような不完全燃焼といった印象はなく、読響らしい前向きで熱のこもった演奏であったと思われる。

二曲目は、ロジェ・ムラロを独奏に迎え、シューマンのピアノ協奏曲。この日は、特にムラロの独奏に魅了された。クリアなタッチで、音の芯が明快であることに加え、発音と発音の隙間にまで音色が均質に詰まっており、フレージングの素晴らしさに非常に長けていた。シューマンらしい揺らぎも、完璧な計算を基礎としつつも、人の呼吸に適った自然体で表現されており、非の打ち所がない。カンブルランやコンサートマスターのゲーデとの相性もバッチリで、天才的な賢さの3名によるアンサンブルは、この作品の魅力を語るに十分なものであった。オーケストラに関しては、第一楽章冒頭から、木管楽器のハーモニーが定まらず、冷や冷やする箇所も少なくなかったが、ゲーデの醸し出す柔らかく繊細なフレージングに助けられ、流れよく進行。第三楽章では、スケールの大きい堂々たる演奏により、ムラロの独奏をサポートしていた。作品全体を通じ、筋の通ったブレのない演奏であったといえる。

ソリストによるアンコールは、バッハ(ムラロ編)の「Bist du bei mir」と、ラヴェルのソナチネから第二楽章の二曲。シューマンの余韻を活かしつつ、若干の華を添えるというアンコールの意義を踏まえた後味の良いデザートであった。

プログラム後半は、ラヴェルの二作品。

一曲目は「高雅で感傷的なワルツ」。バランスのよい演奏で、安心して聴けた点では、悪くなかった。ただ、生真面目すぎて、面白味に欠けるようにも感じられた。ラヴェルが描いたオーケストレーションの緻密さの片鱗を、頭で理解することは出来たが、各ポーションから滲み出るはずの色合いが開花する次元にまでは到達していなかった。その原因は、おそらくオーケストラ側にある。木管楽器を中心に音程のズレが響きを濁らせ、弦楽器のプルト間に温度差が生じていたことが裏目に出ていたようだ。特に、ファーストヴァイオリンは、コンサートマスターのゲーデと、それ以外の奏者との間には、ボウイングや音程の正確さにおいて、明らかな差があった。初日の演奏終了後の評判は良かっただけに、残念である。

二曲目は、スペイン狂詩曲。こちらの印象も、前の曲と大きな違いはない。解像度はある程度は高まったが、この作品のポテンシャルを十分に引き出すには、オーケストラの状態が万全ではなかった。カンブルランのタクトの情報量の多さ、とりわけ、響きの重心とニュアンスのコントロールの的確さを、ステージ間近の座席で観察できたという意味では、得るものは大きかったが、カンブルランのタクトやゲーデのリードから感じられる音楽が、必ずしも実際の音には結びついていなかった点には、もどかしさを覚えることも多かった。最終楽章の「祭り」では、高揚感はあったが、トータルでみると、ベストな状態であれば到達できたであろう圧倒的なレベルではなかった。聴く場所によっては、オペラシティの豊かな残響に助けられ、かなり違った印象になったのではないかと思われるが、間近で聴くと、どうしても粗が目立ってしまい、今ひとつ気分が乗り切らなかった。

アンコールは、ビゼーのカルメン前奏曲。カンブルランとゲーデのフレージングの巧さが光っていたが、それ以上に見るべき点はあまりなかった。スペイン繋がりの選曲といえるが、個人的には、あってもなくてもよかった。

週明けの定期公演では、カンブルランと読響が兼ね備えるポテンシャルが十分に発揮されることを期待。


(公演情報)

第5回東京オペラシティ・プレミアムシリーズ
2014年1月 8日(水) 18:30開演

会場:東京オペラシティコンサートホール

指揮=シルヴァン・カンブルラン
ピアノ=ロジェ・ムラロ

【第1部】
ロジェ・ムラロと読響メンバーの室内楽
シューマン:幻想小曲集 作品73(クラリネット:藤井洋子)
バルトーク:ルーマニア民族舞曲(ヴァイオリン:ダニエル・ゲーデ)

【第2部】
シューマン:「マンフレッド」序曲
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ
ラヴェル:スペイン狂詩曲
[2014/01/11 20:20] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ウィーンリングアンサンブル2014
1月6日午後7時前、サントリーホールへ。ウィーン・リング・アンサンブルによる24回目の来日公演。2014年最初のコンサートに相応しいニューイヤーコンサートである。

2013年3月に67歳で逝去したヴォルフガング・シュルツのポジションは、ウィーン・フィルのソロ・フルート奏者であるカール=ハインツ・シュッツに受け継がれた。その前年に加わったダニエル・フロシャウアー、ロベルト・ナジ、ヴォルフガング・トムベックの3名も合わせると、実に9名中4名が入れ替わったことになる。無邪気に駆け回るシュッツの軽快な音色。両隣の重鎮らと呼吸の合ったアンサンブルで存在感を示したフロシャウアー。安定感抜群かつ伸びやかな音色で魅了するナジ。全体の響きの色合いを舞台照明のように地味にコントロールするトムベック。今年の来日公演では、そんな新たに加わったメンバーが巻き起こした「風」が、ウィーン・リング・アンサンブルの演奏スタイルに対して、大変面白いかたちで作用し、丁々発止の刺激的な演奏会となった。

筆者が確保した座席は、1階席4列目上手側端。ライナー・キュッヒル、ダニエル・フロシャウアー、ハインリヒ・コルまでは十分に視界に入るが、その他のメンバーは、ロベルト・ナジとミヒャエル・ブラデラーの両名の背中越しに覗くような格好になる。そのため、各楽器の音がバランスよく分離して聴こえることに加え、メンバー間のアイコンタクトや駆け引きを間近に観察できる。ペーター・シュミードルの表情を十分に拝めなかったのは心残りだが、逆に、日頃はあまり陽の当たらない中低声パート(セカンド・ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ホルン)の絶妙な間合いと職人的な技巧の数々には、ため息が出てしまった。

ところで、ウィーン・リング・アンサンブルのメンバーと、元日の夜にミュンヘンを発つ飛行機で乗り合わせたことは、既にご報告済みだが、驚いたことに、彼らは日本に到着した翌日夜のNHKニューイヤーオペラコンサートに特別ゲスト出演するとともに、1月4日には名古屋で、また1月5日には埼玉で、それぞれ公演を行っている。そのタフさには畏れ入るばかりであるが、さすがの彼らにとっても、今回の旅程は、かなりの過密スケジュールであったと思われ、この日の公演の前半プログラムでは、表情から疲労の色が窺われた。

プログラム前半は、シュトラウス一家の5作品。

オペレッタ「ジプシー男爵」序曲とワルツ「天体の音楽」は、オーケストラによる演奏に馴染んでいる耳には、9名のアンサンブルでは物足りなさも感じる。特に、旋律を一手に任されたファースト・ヴァイオリンは、名手キュッヒルをしても、そのボリューム感を表現するのは難しい。幕開きの曲ということもあり、旋律の歌い方にやや力みや硬さがあるようにも受け取れた。とはいっても、ウィーン・フィルの腕利きの主要メンバーたちによるアンサンブルの凄味は、随所に煌めく。響きの転換の鮮やかさ、重なり合う楽器の響きのふくよかさは、ウィーン・フィルによる演奏を凌ぐほどに純度が高い。少なくとも主要メンバーの間では、ウィーンの流儀が中堅や若手へと継承されていることを再確認することができた。

他方、「アンネン・ポルカ」は、作品構成がアンサンブルに適しているため、演奏に無理がない。一つひとつ丁寧にカッチリとニュアンスを付けるキュッヒルの表情は、真剣そのもので、作品の名称から読み取れる女性的なニュアンスからは程遠い。しかし、旋律の魅力は最大限かつ完璧に引き出されており、聴きごたえがあった。

続くワルツ「オーストリアの村つばめ」では、ペーター・シュミードルとヨハン・ヒントラーがそれぞれ客席から演奏をして登場するという演出で、客席を驚かせる。また、シュミードルは、鳥のさえずりを随所にちりばめ、真顔のキュッヒルと対峙するという一幕まであった。結果、会場の空気が和み、音楽自体に伸びやかさが生まれてきたようだ。活き活きとしたワルツの節回しと優雅な拍子感が実に心地よかった。

プログラム前半の締め括りは、ポルカ・シュネル「ハンガリー万歳」。あのカルロス・クライバー盤を上回るほどの超高速で、度胆を抜かれる。猛烈な勢いで煽るシュッツに、キュッヒルとコルがムキになって挑み、ナジとブラデラーが乗り遅れまいと喰らいつく。それでも動じないトムベック。外面的には綺麗にまとまって聴こえるのだが、テーブルの下ではボールの蹴り合いが繰り広げられていた。見ているだけで吹き出してしまいそうな光景であった。

休憩を挟み、演奏に落ち着きと柔軟さが加わった。

プログラム後半一曲目は、オペレッタ「くるまば草」序曲。キュッヒルの奏でるワルツの旋律に、伸びやかさと艶やかさが戻る。この日のベストともいえる充実の仕上がりであった。二曲目のプッチーニのオペラ・メドレーは、「ボエーム」の各旋律を主軸に据えつつ、他のオペラの名旋律をいくつか挟み込むという構成。ウィーン流のプッチーニは、イントネーションが独特ではあるが、響きの造り方が一貫していて、全くブレない。そして、美しい。オペラの各場面が鮮明に映像として浮かび上がっているかのような錯覚に陥ったのには、驚かされた。オーケストラ・ピットから湧き上がるような高揚感とともに、クライマックスで紅潮したコンマス・キュッヒルの一面も窺われ、印象深い演奏となった。

三曲目のワルツ「うわごと」も、冒頭のトレモロから響きの立ち方が尋常ではなかった。歌曲的な旋律の繊細さは、ニュアンスに富む。芳醇な響きの拡がりに、素直に身をゆだねることができた。続くワルツ「モーツァルト党」では、モーツァルトらしい青白く透明な響きが新鮮。ワルツのリズムに基づき改作されているのに、モーツァルトそのものが前面に現れてくるのが不思議だ。モーツァルトに対する彼らの本気モードを垣間見られた。

プログラム後半の最後に演奏されたのは、エジプト行進曲と、オペレッタ「メリー・ウィドウ」から「女・女・女のマーチ」。この2曲に関しては、仕込んだネタが炸裂。実はこれが一番やりたかったのではないかと思われるドラマー・キュッヒルによる大太鼓とシンバルに、「おんなー」という掛け声で会場を笑いの渦に導いたシュミードルの一発芸。どんなにふざけても、演奏自体が完璧なので、超一流の芸として、ネタが鮮やかに決まる。

アンコールは、ツィーラーのポルカ「気も晴れ晴れと」、J.シュトラウスIIのワルツ「美しく青きドナウ」、J.シュトラウスIのラデツキー行進曲。「美しく青きドナウ」は、泣く子も黙る神々しい演奏で、思わず襟を正したくなる。この作品を聴いて感動したのは、これが初めてだ。ラデツキー行進曲では、シュミードルが会場の手拍子をコントロールし、朗らかな雰囲気で演奏会はお開きに。

繰り返しになるが、この演奏会は、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートよりも、はるかに完成度が高いし、内容的に充実している。本当に貴重な機会だ。この日は、某社の招待客が百名近く動員されていた模様。結果として、空席は昨年よりも少なかったが、演奏会の価値が理解できない層が多数来場したことにより、会場の空気が乱れていたのが口惜しかった。もう少し小さな会場で、これらの作品と真剣に向き合える聴衆だけを集めて、演奏会が開催されることを強く望む。


(公演情報)

ウィーン・リング・アンサンブル 日本ツアー 2014
1月6日(月)19:00 サントリーホール

ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)
ダニエル・フロシャウアー(ヴァイオリン)
ハインリヒ・コル(ヴィオラ)
ロベルト・ナジ(チェロ)
ミヒャエル・ブラデラー(コントラバス)
カール=ハインツ・シュッツ(フルート)
ペーター・シュミードル(クラリネット)
ヨハン・ヒントラー(クラリネット)
ヴォルフガング・トムベック(ホルン)

J.シュトラウス II : オペレッタ「ジプシー男爵」序曲
ヨーゼフ・シュトラウス : ワルツ「天体の音楽」
J.シュトラウス II : アンネン・ポルカ
ヨーゼフ・シュトラウス : ワルツ「オーストリアの村つばめ」
J.シュトラウス II : ポルカ・シュネル「ハンガリー万歳」
J.シュトラウス II : オペレッタ「くるまば草」序曲
プッチーニ : オペラ・メドレー
(プッチーニ没後90年記念/「ラ・ボエーム」「蝶々夫人」などから)
ヨーゼフ・シュトラウス : ワルツ「うわごと」
ランナー : ワルツ「モーツァルト党」
J.シュトラウス II : エジプト行進曲
レハール : オペレッタ「メリー・ウィドウ」から「女・女・女のマーチ」
[2014/01/07 17:30] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
カンブルラン指揮読響―第532回定期演奏会「リゲティ&バルトーク」
12月10日午後7時前、サントリーホールへ。シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団による第532回定期演奏会。リゲティとバルトークの作品が採り上げられた。

筆者の座席は、指定席であるRBブロック9列目。入場者数は7割程度。ピアニスト目当ての女性客が一定数含まれることを考え合わせると、なかなか寂しい集客状況である。

プログラム前半一曲目は、リゲティの「ロンターノ」。1967年の作品で、フルートの音から始まり、オーケストラの楽器が順々に加わり、音の帯のような音像が導き出されるといういわゆる現代音楽である。

楽器の重ね方や全体のバランスの図り方は、カンブルランらしい計算し尽くされた妙技の連続で、作品の魅力が手に取るように分かる明快さであった。特に弱音部の緊張感の高さは素晴らしく、繊細な音を探るべく、自然と耳を澄ましてしまう魔力が潜んでいた。このような作品を定期演奏会で採り上げたこと自体に、まずは拍手が贈られるべきであろう。

もっとも、この作品に関しては、読響は概ね健闘していたが、オーケストラのキャパシティ不足ゆえ、複数の楽器がユニゾンで重なり合う箇所や大規模な管弦楽が発揮される箇所では、響きのベクトルに微妙なズレがあり、リゲティが意図したオーケストレーション効果が再現し切れていなかったのが惜しかった。各楽器の波長や演奏効果が見事に揃えば、舞台上から巨大な音像の塊が浮かび上がるはずである。また、曲の終盤に入って、イビキを盛大に響かせる輩が複数発生し、繊細な弱音がもたらす空気の振動が全て掻き消されてしまったのも残念であった。

プログラム前半二曲目は、人気の若手ピアニスト金子三勇士を独奏に迎え、バルトークのピアノ協奏曲第3番。最晩年の作品で、悟りを開いたかのような伝統回帰のシンプルさの中に、バルトークらしい強烈な個性が見え隠れする傑作である。選曲の巧みさから、自ずと期待が高まったが、この日の演奏は、少なくとも筆者の期待したものとは異なっていた。

第一楽章は、冒頭から明るく健康的なサウンドが展開。ピアノとオーケストラの室内楽的な響きの重ね方には、カンブルランの巧さが光る。しかし、あくまで個人的な印象にすぎないが、独奏にもオーケストラにも、バルトークと聞いて一般的に期待するような切れ味がなく、音がもっさりしているように感じた。また、スコア上では、ガラス細工のように精巧に構築されており、カンブルランも細心の注意を払って指揮をしていた様子ではあったが、ちょっとしたタイミングに不用意な音が発せられてしまうと、途端に緊張感が削がれてしまう。

第二楽章は、教会旋法による弦楽器のコラールとピアノが対話を交わしながら始められるが、少なくとも冒頭部分の対話に関しては、レガートを徹底しようとして失敗した弦楽器と、重いハンマーでゴツゴツとした音を並べる独奏ピアノとは、あまり噛み合っていなかった。もっとも、後半になると、スケールの大きな旋律の広がりも醸し出され、前半で感じた違和感は払しょくされた。

第三楽章は、熱気を帯びた演奏で、一応の盛り上がりを見せたが、バルトークの音楽に内在する鮮烈さを窺うことはできなかった。金子のピアノは、太いタッチで重厚感のあるダイナミックな響きと、明るい色彩感に溢れた指回しの両面において、個性が感じられるが、バルトークを演奏するにあたっては、断面の鮮やかさや動きの鋭敏さも感じたい。今後に期待したいところである。

プログラム後半一曲目は、バルトークの「6つのルーマニア民族舞曲」。非常に有名な作品ではあり、筆者個人としても、ヴァイオリン編曲版に取り組んだ経験があるほか、オリジナルのピアノ版や弦楽合奏版の演奏には何度も接してきているが、記憶の限りでは、今回演奏された管弦楽編曲版を聴いたのは、この日が初めてであった。

演奏が始まるや否や、弦楽器セクションから、目が覚めるような、伸びやかで、明るく、活力に溢れる音色が湧いてきたのには、正直驚かされた。先ほど演奏したピアノ協奏曲と同じオーケストラとは到底思えない変わり様。アーティキュレーションの徹底ぶりも見事で、ようやくカンブルランらしい冴えた響きが生まれてきたように感じられた。第五曲の終盤で響きが滲んでしまった点、また、第六曲が勢い任せになってしまった点が惜しかったが、この小品の魅力を何割増しにも伝えた立派な演奏であった。

そしてプログラムの最後は、バルトークの組曲「中国の不思議な役人」。舞台用作品を管弦楽用組曲版として再構成した作品である。

こちらは、カンブルランと読響の本気が見えた素晴らしい演奏であった。舞台用作品となると、カンブルランのオペラ指揮者としての才覚が存分に発揮される。オーケストラの音の一つひとつが舞台効果として劇に一体化しており、音から情景がイメージできるというのは、本当に優れた演奏からしか味わえない感覚である。純粋に管弦楽という観点からも、様々な楽器がブレンドされ、また対峙され、ステージ上で縦横無尽に組み合わさる様は、オーケストラ冥利に尽きる。カンブルランの個性の一つであるフランス的な色彩感の豊かさも、この日の演奏を上品なものに仕立てていた。巨大な蒸気機関車が車輪をフル回転させながら突進してゆくようなエンディングにおけるアンサンブルの凄みと高揚感は、近時の読響の演奏の中でも出色のクオリティであった。文句なくブラボーである。

盛大な拍手に応えて演奏されたアンコールは、ベルリオーズのラコッツィ行進曲(ハンガリー行進曲)。1月の定期演奏会への伏線かと勘繰りつつ、堂々とした熱い演奏で、素直に愉しめた。カンブルランが振ると、単なる爆演に終わらないから素晴らしい。

というわけで、プログラム前半はあまり気乗りがしなかったが、後半は盛り上がったので、全体としては良い演奏会であった。


(公演情報)

第532回定期演奏会

2013年12月10日(火) 19:00開演

会場:サントリーホール

指揮=シルヴァン・カンブルラン
ピアノ=金子三勇士

リゲティ:ロンターノ
バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番
バルトーク:6つのルーマニア民族舞曲
バルトーク:組曲「中国の不思議な役人」
[2013/12/10 23:58] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サンティ指揮N響―第1766回定期「シモン・ボッカネグラ」
11月10日午後3時前、NHKホールへ。ネルロ・サンティ指揮NHK交響楽団による第1766回定期公演。ヴェルディ生誕200年を記念し、歌劇「シモン・ボッカネグラ」が演奏会形式により採り上げられた。筆者のいた1階席から確認した感じでは、2階席サイドの後方にまとまった空席があった以外は、どのブロックもほぼ埋まったようだ。

筆者が確保した座席は、1階席L1列。マエストロ・サンティをほぼ真横から眺めるポジションで、タクトに宿る魔法の数々を存分に堪能することができた。今回の配置では、ステージがオーケストラピット部分までせり出しておらず、PAも使用されていなかったので、音響面でも好条件であった。

さて、マエストロ・サンティとN響による今回の「シモン・ボッカネグラ」は、音楽的な完成度という意味では、過去に行われたこの作品の数々の上演や演奏と比べても、異次元の水準に到達していたと評しても過言ではない。リッカルド・ムーティが昨年11月にローマ歌劇場で打ち立てた記念碑的な上演と双璧をなすほどの内容の濃さであったといえる。歌手のレベルは、欧州の一流歌劇場に名を連ねる面々と比べると、一段あるいは二段落ちることは否定できないが、今回のような演奏に接すると、(もちろん歌手に恵まれた方が良いのは当たり前であるが、)そういうことはもはやどうでもよくなってくる。スター歌手を寄せ集めた歌合戦からは、真の感動は生まれ得ない。

第一に特筆すべきは、スコア上の音符の一つひとつに描写性と精神性が宿り、活き活きとリリカルに浮かび上がっていたこと。人の息づかいと内面が繊細かつ理知的に表現され、舞台が無くても、登場人物の動きや情景を脳内でイメージすることが十分に可能であった。他方で、政治闘争や心理ドラマのスペクタルは、決して外面的になることはない。凝縮された緊迫感で、力強く雄弁に、そして圧倒的な存在感で迫ってくる。舞台付きのオペラ上演を観劇したのと同じ、あるいはそれ以上の充実感があった。無理のない緩急や、呼吸に適った拍の進行や間の取り方も、その効果を高めていたといえる。

このような台本と音楽との有機的な結合は、作品と舞台芸術に対するマエストロの深い造詣と洞察に裏打ちされている。筆者個人の中では、得たものが多すぎて収拾がついていないが、スコアの見え方が従来とは全く異なってきたことは確かだ。サンティもムーティも、楽譜と台本に忠実であるというスタンスは共通しており、弱音の繊細さと語りとしてのイントネーション、そしてカンタービレのレガートの自然さを大切にするという方向性も類似しているが、劇の魅せ方という観点からはアプローチに違いがある。2014年5月のローマ歌劇場来日公演までに、今回学んだことを自分の中でよく整理しておくことが必須と感じた。

第二に特筆すべきは、マエストロの期待と要求に応えきったN響の頑張りである。理詰めで編み出されたイタリア的な音色とフレージングは、明るく新鮮であり、ヴェルディの響きの魅力を余すことなく伝える。伝統的な演奏スタイルとの対比の観点からは、不純物や脂分が抜けたことで本質が浮かび上がった、と表現してもよいかもしれない。音量のバランスも、マエストロのコントロールの下で完璧に整えられ、歌との一体感が半端なかった。

このように、オーケストラのクオリティは段違いであり、日頃よく目にするN響の姿とは全く別物であった。とりわけ、「まろ」こと篠崎史紀のコンサートマスターとしてのリードは、実に的確かつ秀逸であった。この水準であれば、名実ともに世界トップレベルと断言できるし、欧州の一流歌劇場のオーケストラと互角、あるいはそれ以上といえるであろう。妥協のない徹底したリハーサルを通じてマエストロの意図が十分に汲み取られたことに加えて、個々のメンバーが作品をよく勉強していたことや、メンバー全員のマエストロに対するリスペクトが相まって、今回の神がかった演奏が導かれたわけであるが、オペラの経験が豊富とはいえないN響を相手に、これだけのクオリティを引き出したマエストロの手腕には、改めて驚かされる。マエストロのアプローチが普遍性を備えた方法論として確立されていることの証といえる。

ところで、マエストロ・サンティの場合、初日は、ピリッと引き締まった模範的な流れを導くが、二日目以降は、歌手のコンディションや会場の雰囲気を敏感に捉えつつ、初日に築いた基盤からの発展を志向することが多い。この日は、前々日の初日に続く二日目に当たることから、アンサンブル面で余裕と安定感が増しており、また歌手陣により自由度が与えられた結果、「劇」としての味わいも増したと思われる。手綱を若干緩めた結果として、例えば、後半の第二幕及び第三幕では、独唱陣や合唱の動きに、疲労に起因する若干の緩みが垣間見られたが、マエストロは、そのような兆候を察知するや否や、即座に舵を切り、何事もなかったかのように音楽を前に進めていたようだ。こうした芸当ができる指揮者は、現代では、マエストロ・サンティぐらいしか見当たらない。

プロローグにおけるマリアの死の悲痛さ、第一幕のシモンとアメーリアの再会の場面における深い感動、第一幕フィナーレにおける貴族派と平民派の対立の凄み、切なる愛と平和の祈り、そしてパオロに自身を呪わせる場面の緊迫感。目の前で進行する劇に夢中になり、そして心を奪われた自分がいたことが思い返される。第二幕も、シモン、アメーリア、ガブリエレの三者間の鮮烈な人間模様が圧倒的であった。第三幕の幕切れに向けての感動的な余韻と静寂の世界は、あまりに崇高であり、涙なしにはいられなかった。

最後に、N響のマエストロインタビューにおいて、マエストロ・サンティが語った次の言葉は、彼の舞台人としての本質を直截に伝えるものであるので、以下に引用する。
「オペラには表現されるべき様式があり、それは単なる伝承ではないのです。それぞれのオペラには様式があり、果敢に挑むことによってのみ表現されるものです。近年はオペラを演奏するための鍛錬に耐える指揮者があまりいません。あなたの演奏はCDで聴きますと言われて喜ぶ指揮者の方が多いでしょう。さあみなさん、ライヴの演奏を楽しんでください。」

この日集まった聴衆の多くは、マエストロのメッセージに意識的に、あるいは無意識のうちに反応し、会場内は、N響定期にしては到底考えられないほどの静寂に包まれていた。カーテンコールの盛り上がりは、熱烈であり、しかも温かかった。さらなる高みにのぼり続けるマエストロ・サンティから、ますます目が離せない。次は、年末と来春のチューリッヒ、そしてザルツブルク。筆者の追っかけは続く。


(公演情報)

第1766回 定期公演 Aプログラム
2013年11月10日(日)3:00pm
NHKホール

指揮:ネルロ・サンティ

シモン:パオロ・ルメッツ
マリア/アメーリア:アドリアーナ・マルフィージ
フィエスコ:グレゴル・ルジツキ
ガブリエレ:サンドロ・パーク
パオロ:吉原 輝
ピエトロ:フラノ・ルーフィ
射手隊長:松村英行
侍女:中島郁子
合唱:二期会合唱団

ヴェルディ/歌劇「シモン・ボッカネグラ」(演奏会形式・字幕つき)
[2013/11/11 00:31] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
東京・春・音楽祭 特別公演 ムーティ conducts ヴェルディ(第二日目)
10月31日午後7時前、前日に引き続き、すみだトリフォニーホールへ。リッカルド・ムーティ指揮東京春祭特別オーケストラによるヴェルディ生誕200年記念特別公演。二日目は、条件の悪い席を中心にやや空席が目立ったが、むしろ純粋にマエストロを敬愛する音楽ファンが集まった模様で、初日のような緊迫感までは感じられなかった。

初日は、1階席1列目中央上手というかぶりつきの座席であったが、この日は、マエストロの表情を窺いつつ、舞台全体を観察するという趣旨で、3階バルコニー席RB列という舞台真横の座席を選択した。座席前の手すりが視界を邪魔するが、舞台上の音が立体的に立ち昇るという音響上のメリットや、コストパフォーマンスも考えると、満足度は高い。

演奏については、基本的には前日と同様であるため、詳細は繰り返さない。ただ、初日と比べると、オーケストラから硬さが取れ、伸び伸びとした表情が多く見られるようになったのは、二日目の演奏の最大の特長であった。

「シチリア島の夕べの祈り」序曲は、開始から抜群の安定感で、非常にクオリティが高かった。表現のムラや凸凹が拭われ、良い意味で熟成が進んだ演奏となった。文句なしにブラボーである。続く第三幕のバレエ音楽「四季」も、視界が晴れたかのような見通しの良さで、バレエ音楽らしい躍動感も感じられるようになった。マエストロの横顔からも笑顔が漏れるようになり、タクトを振らず、オーケストラの自主性に委ねる箇所が多く見られるようになった。

初日は歯車が噛み合わなかった「運命の力」序曲も、この日は問題点がほぼ解消され、充実の演奏となった。特に、初日は上滑り気味であった弦楽器セクションの動きが然るべき場所に収まり、イタリア的な奏法とニュアンスが音色の中にうまく練り込まれた点が特筆に値する。なお、この日のマエストロのアプローチは、どちらかというと、テンポに余裕と落ち着きを持たせ、荘厳さと格調の高さを意識したもの。この作品の演奏からグランディオーソな表情を見出すというのは、個人的には意外な発見であった。

ところで、マエストロの本領発揮は、やはり歌が入ってからだ。「運命の力」第二幕フィナーレでは、マエストロの気合いが一段高まったのが感じ取れた。東京オペラシンガーズの男声合唱の巧さは、初日同様。バス・バリトンの加藤宏隆の丁寧かつ滑らかな歌唱は聴きやすく、また初日は表情の硬かったソプラノの安藤赴美子も落ち着きを取り戻し、初日よりもだいぶ完成度は上がったといえる。

続く「マクベス」第四幕より「虐げられた祖国」、そして「ナブッコ」第三幕より「行け、わが想いよ、黄金の翼にのって」は、初日同様、満足のいく仕上がり。後者に関しては、個人的には、初日よりもさらに心に迫ってくるように感じた。マエストロが合唱に対して、言葉の一つひとつを語りかけるように伝えていた姿が印象的であった。

そして、締め括りの「ナブッコ」序曲は、今回の集大成ともいえる素晴らしい演奏であった。日本人の特色である緻密なアンサンブルという基盤に支えられつつ、オーケストラ全体として、イタリア的な奏法を習得し、そしてマエストロ・ムーティとともに開放的な音楽創りを目指した成果が、ここに現れたといえる。初日に奏法上の違和感や不揃いが垣間見られた弦楽器セクションは、この日の終盤では、見違えるほどに一つに揃い、そしてエネルギーに満ち溢れていた。オーケストラが一丸となって、全力でマエストロと向き合い、そして持てる力を出し切った結果、次元の異なるレベルの音楽に仕上がったというのが正直な印象である。日本人によるヴェルディ演奏の模範例の一つを見ることができたように感じた。この演奏の出来には、マエストロもご機嫌の模様であった。

当然のようにアンコールはやらず、あっさりと閉幕。この瞬間をもって、10月26日の講演会から始まった筆者の中での「Muti Week in Japan」が終了した。充実の一週間であった。


(公演情報)

東京・春・音楽祭 特別公演 ヴェルディ生誕200年記念
ムーティ conducts ヴェルディ

2013年10月31日(木)19:00開演
すみだトリフォニーホール

指揮:リッカルド・ムーティ
管弦楽:東京春祭特別オーケストラ
ソプラノ:安藤赴美子
バス・バリトン:加藤宏隆
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:ロベルト・ガッビアーニ、宮松重紀

曲目
ヴェルディ:
歌劇《シチリア島の夕べの祈り》序曲
歌劇《シチリア島の夕べの祈り》第3幕より バレエ「四季」
歌劇《運命の力》序曲
歌劇《運命の力》第2幕より「天使の中の聖処女」
歌劇《マクベス》第4幕より「虐げられた祖国」
歌劇《ナブッコ》第3幕より「行け、わが想いよ、黄金の翼にのって」
歌劇《ナブッコ》序曲
[2013/11/02 22:10] | 国内視聴記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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